※3より。三成EDネタバレ有。幸政+小十佐。
<終わりのあとに>
「……家康、なぜだ、家康……!」
絶叫した男を冷めた目で見下ろしていた男がいた。
戦はもう終わり、東軍と西軍の長が正面からぶつかり合った。
他の武将が手出しをできぬ、本当に真正面からの戦いだった。
男は東軍の一員だったが、もう戦が終われば意味はない事だ。
東軍の長は西軍の長に破れた。
最期に彼が自分より良き未来を作ってくれるようにと祈って散ったのだろうか。
「政宗様……」
傍らの右目に声をかけられ、政宗は軽く手を振った。
「幸いにも奥州はほぼ無傷だ。俺は天下を諦めちゃいねぇ」
「三成はよろしいのですか」
「……ああ」
「許されたのですか」
「俺はそんな偉かねぇ。それに……」
止めてくれてありがとうよ、と。
呟いた主に小十郎は無言を返す。
二人が立っている崖の下では、三成が慟哭の声を上げていた。
起きろと家康の首を引っ掴んで絶叫するその姿は、痛々しい以外の何者でもない。
「小十郎」
「はい」
「引き上げる準備をさせておけ」
「はっ」
それ以上は何も言わずに小十郎は政宗から離れた。
何をなさるつもりか、と聞いてこないのはもう周囲に敵がいないからだ。
東軍の武将と兵は三成が惨殺した。
そして西軍の武将も――もう、いない。
圧倒的不利でも戦い、そして勝った三成は、膝をついて何を考えているのか。
「……you're late」
ふらふらと彼はどこへ行くのか。
刀も持たずに闇へ消えていく三成を見送って、政宗は隻眼でそこに残された家康を見た。
「これが……お前の求めたものだったのか、家康」
家臣を失い、仲間を失い。
それでも家康は自ら三成を迎え撃った。
ただの天下分け目の戦いならば、伊達軍や政宗にも出撃を要請するべきだった。
なのに彼はそれをしなかった。
政宗は彼の背後を守っていただけで、それは実質何もしていないも同然だ。
「…………」
無言で竜は地に降り立った。
元来竜とは天を駆けるだけでも、地を這うだけでもない。
秋は淵に潜み、春になれば空へと昇る存在だ。
その双方をしてこそ、竜だ。
それを政宗に語ってくれた男は、今は静かに血の海に沈んで目を閉じている。
「なあ、家康」
膝を折ると、政宗は血に汚れた彼の頬をぬぐって問うた。
「これでいいのか。あいつは壊れちまうぜ……you see?」
秀吉が死んだ時にとっくに壊れていてもおかしくなかった三成は、もう目標を失ってしまった。
彼は天下を収めることに興味など示さない。
だから、きっと。
「あんたが、あんなに」
あんたがあんなに、救いたかったあの男は。
来るよ。
短く響いた声に、幸村は目を見開いた。
西軍勝利のことは知っていた。
知ってはいたが、勝利の雄たけびなどはなかった。
「佐助、誰が来るというのか」
闇に問い返したが、何も答えは返らない。
代わりに武田の陣営が奇妙な――奇妙としかいえない雑然さを帯びる。
「何事か」
痛む傷を押さえて立ち上がろうとすると、なりませんと部下に抑えられる。
「敵襲か!」
「違う……と思います。座ってください幸村様! 傷が」
「構わぬ! 某……家康殿と戦うことも叶わなんだ……!」
己の無力さに幸村は唇を噛み締める。
お館様の志を継ぐために兵を率いていたはずだった。
そして自身のために、家康と戦いたいと望んだはずだった。
それなのに幸村は政宗に深手を負わされ、同盟こそ組んだものの戦力にはならなかった。
後衛を守らされていただけで、それをしていたのは部下である。
「幸村様!」
駆け込んできた部下に、幸村ははっと顔を上げる。
「なんだ」
「そ、それが……」
「Long time, no see」
響いた涼やかな声に幸村は固まった。
「久しぶりだな、真田幸村」
怪我の調子はどうだ、と言った男は。
陣羽織はところどころ血に汚れていたが、歩き方はしっかりとしていた。
兜は被っていなかったが、顔に傷も包帯もない。
「だ……て、ま、さむ、ね」
「終わったぜ」
幸村は片身離さずそばに置いている己の武器を掴むが、傷が癒えていない体では立ち上がる事すら難しい。
彼が今刀を抜けば――きっと。
「おい、野暮なことをするな」
政宗は隻眼を細めて、一歩幸村へと近づく。
「俺は、万全のあんたとやりあいたいんだ。今のあんたと戦うつもりはねぇ」
「では……なぜ、ここに……!」
「終わったんだ」
終わったんだよ、と繰り返されて幸村は武器を持つ手に力をこめる。
振るう事はできないが、なんとか立つ自分を支えるくらいはできた。
「西軍が、三成殿が勝利した! ならば東軍の貴殿がなぜここにいる!!」
「礼を言いに来たのさ」
もう一歩進んだ政宗に、さすがに武田の軍も緊張する。
政宗はただ一人だが、幸村は怪我人だ。
この距離なら――
「幸村」
静かに呼ばれて、幸村は目を見開いた。
「肩の力を抜け、戦は終わった」
「そ……それがしは」
ふらついた幸村は前のめりに倒れこみそうになり、誰より早く政宗が彼の肩をつかんで支える。
刀を抜こうとした武田軍を止めたのは、無音でそこに現れた一人の忍だ。
「……久しぶりだね、竜の旦那」
「ああ、久しぶりだな」
迷彩に身を包んだ佐助は自軍の兵士達に下がりなよと命じる。
「し、しかし……」
「いいんだ。全員、外に出な。……だから、任せたよ」
俺じゃあだめなんだ、と呟いた佐助の肩を軽く叩いて、政宗は頷く。
「某は……」
「ああ」
「なにも、できなんだ……」
「んなこたぁねぇ。あんたを見て、俺は目が覚めた」
「まさ、むねどのっ……!」
「さすがだったぜ、甲斐の大将。立派なもんだ」
「まさむね、どの……政宗殿、政宗殿っ!」
誰もいなくなったそこで、幸村の手が緩んで槍が落ちる。
政宗の肩に顔を押し付けて嗚咽を漏らす。
壊れたように名前を繰り返し呼ぶ幸村を撫でて、政宗は目を細めた。
「政宗殿……っ」
「ああ」
「某……某、某は、何もできず、お館様の想いに答えられず」
うわぁあああああと声を上げた幸村を抱きとめたまま、政宗はゆっくり腰をおろす。
地面に座り込む形となった幸村は、顔を政宗の肩に押し当てて呟いた。
「辛う、ござった」
「だろうな」
「お館様の大きさ、佐助の優しさを、某は、これまで……」
「だが気付けた、そうだろ?」
「辛い……苦しいことばかりでござった……!」
しゃがれた声に政宗は視線を伏せて、聞けよ幸村、と呟く。
「最初はそれでいいんだ」
「某……某は」
「俺もmissばっかして学んで、でもまだたくさん学ぶことがある。信玄公もそうやってbigになったんだ」
「うううううううう」
辛かったな、と政宗が囁くと、幸村は頷いて、何度も頷いてずっとそこで泣いていた。
「――よかったのか」
「通せって俺様に刃突きつけておいてよく言うよ」
呆れた顔で返した佐助は、小十郎の横顔をちらっと見てから視線を戻す。
並んで座っていた二人は、主達以上に久しぶりの邂逅であった。
ここも人払いを済ませてあるので、周囲には誰もいない。
「武田は――大変だったな」
「大変だったよ。俺の前で、泣いてくれないんだから。泣かせちゃ、いけないんだから」
大変だったよ、と繰り返した佐助はごしごしと両手で顔をこする。
「……泣いているのか」
「なんで俺様が!」
「泣いているだろう」
低い声で言われるとまるでそうと決まっているようだ。
佐助は無言でごしごしごしと顔をこするが、途中でその手を押さえられて止められた。
「やめろ」
「……手ぇ放してくれませんかね右目の旦那」
「断わる」
「俺様、怒るよ?」
「知るか」
勝手にしろ、と言われて佐助は小十郎につかまれている自分の手を下ろす。
それにくっついてきた彼の手の平が、途中で佐助の手を放して、するりと頬をつかんで顎を持ち上げる。
「猿飛」
傷の走る強面の顔が、佐助を真っ直ぐ見下ろしていた。
いつもは鋭い眦が、どうしてだろう、緩んで見えるのは久しぶりに見たせいか。
「…………生きていて、よかった」
零された男の言葉に佐助の目が見開かれる。
「え、なんで」
「テメェはしぶとく見えるがあっさり死にそうだからな」
「だって俺、武田の忍で」
「俺は猿飛佐助が生きていてよかったと、言っている」
頬を撫でる優しい声と指に、佐助の涙腺が緩みそうになった。
この男が、こんな言葉をかけてきた事があっただろうか。
こんな目で、こんな声で。
「かたくらさん……」
「ああ」
「旦那は、頑張ったよね……? これでよかったんだよね? 俺は、忍としても猿飛佐助としても、少しは旦那の役に立てたよね……?」
「ああ」
辛かったな、と囁かれるのと抱きしめられるのが同時で。
佐助は息の詰まったような出来損ないの返事しか返せなかったが、小十郎は何も尋ねてはこなかった。
***
実は三成ENDを見ていなかったので、幸村・伊達ENDを見てから三成ENDに臨みました。
そうしたらなんか崖上から三成を見下ろす筆頭が見えました。心の目で。
そしたらなぜか蒼紅とオトンオカンになりました。
たまにはと思って小十郎に頑張ってもらいました。
佐助は頑張ったんだからこれくらいいいことがあってもいいはずだ。
家康と三成の間柄は「切なく絶望的な一方通行両思い」でしょうか。
それにしても家康は三成との絆を成就させたがりすぎです。その心はなんだ。
最も三成が家康を顧みるのは彼が死んでしまった後だけ。
今更その思いに気付いて後悔しても、遅いだけ。
「……you're too late……遅すぎだぜ」という筆頭のセリフが被って聞こえた三成EDでした。
それにしても幸村へのトドメをささんとした筆頭を止めた小十郎さんがGJすぎる。
(あと筆頭ルートだと家康×筆頭もうっすら見えました。総攻め主人公家康すげえ)