<ずんだ屋のはじまり>
「頭、お願いしたい事があります」
「ん?」
変にかしこまってやって来た部下の様子に、佐助は縫い物の手を止め、姿勢を正して向き直った。
「なにかあった?」
「……その……」
珍しく言いよどむ部下に、ははぁん、と佐助の目が光る。
真面目で通っている男がこれほどまでに言い淀むだなんてひとつくらいしかないだろう。
「なに? 結婚するの?」
「けけけけけけけっこんですか!?」
「あれ、違うの?」
てっきり仲人でも頼まれるのかと思った、と佐助は拍子抜けした。
――そもそも結婚していない佐助に仲人を頼むわけがないのだが、それに突っ込んでくれる人は残念な事にここにはいなかった。
「まさか任務で失敗したとか、そういう事でもないしねぇ」
そういう場合はこんな言い淀む猶予などないと日ごろからよくよく叩き込まれている。
部下はそれも違います、と首を振り、先ほどの結婚ネタでやや崩れかけていた場の空気を引き締めなおすかのように居住まいを正した。
隙のない正座で、深々と頭を下げて言う。
「忍隊を抜けさせていただきたいのです」
「……………………本気で言ってる?」
ひやりと室内の空気が冷える。
佐助の声音にも微動だにせず、部下は懇々と続けた。
「はい。本日はそのお許しをいただきたく」
「病気とか怪我……をしたって報告はないし、引退するには年が若すぎるよね」
佐助よりいくつか上である程度だ。今までこれといった大きな怪我や病にもかかっていないから、まだまだ現役でいけるはず。
「忍者が里や隊を抜けるのがどれだけ大変な事か分かって言ってるんだよね」
「重々承知しております」
「……ここでその首落とされても文句言えないよ?」
「…………」
頭を垂れたままの部下は、しばらくの沈黙の後に、それは困ります、と小さく告げる。
「やりたい事が、あるのです」
「…………」
「忍と二束の草鞋を履くには、どちらもあまりにも重く」
「それで、あんたはそっちを取るわけだ」
「……勝手な事は承知しております」
どうか、と顔を上げて言った部下に、佐助は天井を仰いでがしがしと髪を掻いた。
なんと面倒な事を言い出してくれるのかと嘆きたくなる。
フリーの雇われ忍者は別として、城に仕える忍達は、その情報の秘匿のために抜けを禁止されている場合が多い。
怪我や病、年齢のために引退して里に戻る事はあっても、抜ける事は非常に難しい。
情報漏洩を防ぐために手っ取り早いのはその場で殺してしまう事だけれど、それではそもそも抜けたいなどと言い出せるわけがなく。
かといって抜ける事を易々と許諾できるわけもなく。
「……できれば、気を変えてくれると嬉しいんだけど、ねぇ」
そんな目ぇしてちゃ無理だよな、と一人ごちて、佐助はとりあえず、理由を聞くことにした。
「……てなわけなんですけどね」
「面倒くせぇな、忍って奴は」
「……ずばっと言わないでくださいよ」
大変だったんですから、と佐助は溜息を押し込めるように、饅頭を口に入れる。
忍が抜けたいと言い出した時、真田忍隊では一つの取り決めがされていた。
「かなりの確率で死ぬ任務につけて、生きて戻る事ができれば抜けを承認する」という、まぁぶっちゃけ「お前死んでこいや」的なものなんだが。
「ぶっちゃけ俺様としては、他にやりたい事ができたんならそれもいいかなーと思うわけですけど。ま、色々情報握っちゃってますからねー」
「で、そいつがやりたかったってのが、コレか」
「そ。忍者辞めて饅頭屋始めたんですよね」
面白いよねまったく、と佐助は笑う。
もともと甘味が好きだったらしい。
任務での空き時間や、休暇であちらこちらの甘味処を巡り、そしてとうとう理想の味に巡りあったのだと。
跡継ぎがなく、このまま自分の代で閉じようとしているという主人の話を聞いて、叶う事なら自分がその味を継ぎたいと、忍者の仕事よりもやりがいを見出してしまったらしい。
「もうさー、夢を語る目が輝いてて輝いてて……でもさすがに「いいよ」とは言えないんで、まあ任務は与えたわけなんですが」
「で、生き残って無事に店を出したと」
「そういう事です」
片足ヤっちゃってたけど、それくらいなら手などに比べれば支障ないですしね、と言う佐助に頷いて、政宗もその男が作ったという饅頭にかぶりつく。
なるほど、餡の甘さが程よくて、皮の固さも政宗の好みだ。
「なかなかにdelisiousじゃねーか」
「でしょー? 旦那も気に入ってるんだよ」
でもね、と佐助はやや声のトーンを落として続ける。
「まあ、主人に免許皆伝もらって、まだまだ主人は現役だから、新しく店出したんだけど、それがなかなか流行らないみたいで」
「へえ?」
「どこにでもあるような品書きだからなのかなぁ……美味しいし、せっかくだから繁盛してほしいって思うのが元上司の心境ってところなわけです」
「……そのstoreはどこにあるんだ?」
「えーっと……店? 店は、城下にありますけど」
「……Hum」
饅頭を頬張りながらにやりと笑った政宗の思考を、残念な事に佐助は読みきれていなかった。
***
とりあえずこんな経緯があったんですという感じで。
このあと政宗によるプロデュースが開始されます。
忍者の抜けどうこうについては特に裏づけはシリマセン。