背中に担いで、政宗は幸村を振り返る。
「Are you ready?」
「行けるでござる」
頷いた幸村は長物を抱えていた。
布に包まれているそれは何かよくわからないが、持ち上げられたときの音は鈍い。
軽々と担ぎ上げ、幸村は日の落ちた街を見下ろす。
「無事に片付きましたら、美酒を交わしましょうぞ」
「お前は飲まねぇだろ」
下戸に近い彼を揶揄すると、嬉しそうに右手を振る。
「某は団子でお付き合いを」
「……okay」
米なのは変わりねぇのかと一人で納得して、政宗はひゅんと片手を振る。
その手は闇を一瞬切り裂いて、その中に潜んでいた気配がわずかに蠢いた。
「政宗殿……?」
「保険だ保険」
「ずいぶんと大仰ですな」
眉をしかめた幸村は、闇の中知っているはずの気配を探る。
すぐに見つかった気配は、こちらがどうこうする前にひょいっと目の前に下りてきた。
「忍隊長、猿飛佐助見参♪ なーんてね」
黒尽くめの格好をした彼の特徴ある赤髪だけが、闇に映える。
「さ、佐助!」
「……てめぇ自ら仕切れとは言ってねぇぞ」
少し低い政宗の声は、佐助の存在が想定外だったことを物語る。
「いーじゃない。今宵は「猿飛」佐助としてお供しますよっと」
「高坂の名が泣くぜbad boy」
「ばれなきゃだいじょーぶっ。それに随伴命令は大老サマからだもんねー」
チッと政宗が舌打ちすると、佐助は楽しそうに笑う。
「じゃあ俺様達はお先にねー」
ひらひらと手を振って闇に溶けた佐助を見送って、政宗は行李を担ぎなおした。
「Let's go」
「いえっさーでござる」
どことなく意気揚々と、二人は歩き出した。
町外れにある家を訪れた政宗と幸村を、江戸っ子は土下座して向かえた。ちなみに名前は定助と言う。
「Hey, 待たせたな」
「すいません政さん……!」
「Don't mind. 気にすんな。そいつが?」
「は、はい! 幼馴染です! ほら挨拶しろ!」
定助が振り返った先には、すでに額をこすりつけている男がいた。
「た、た、助けてくだせえ、政さん!」
「Okay, okay. 落ち着けや彦吉」
どうした、と問う静かな声に、彦吉はゆるゆると頭を上げる。
「金が……金がねぇつったら、お侍が金を貸してくれて……か、返せねぇつったら問屋の金を盗めって言われて!」
「さ、侍!?」
上ずった声をあげた幸村は、バンと床をたたく。
「なぜ侍が遊郭におるのだ! そ、そのような破廉恥な!」
「侍か。浪人か?」
「い、いや、そこまでは……」
Mmm, といったん考え込んでから政宗はちらっと視線を彦吉へ向ける。
「若かったか?」
「あ、ああ。まだ……そうだな、おいらより下で十七八ってところだ」
「Ha! とんだ若造もいたもんだぜ」
十年前の自分を全力で棚上げし、政宗は大仰に腕を組む。
「何人だ」
「おいらが見たのは、三人……」
「Three. I see. じゃあてめぇらはここにいろよ」
「お二人で行くのかい!」
定助が声を荒げると、野暮言ってんじゃねぇぜと政宗は笑った。
「これはもう俺らの喧嘩だ。一騒ぎ起こして同心が捕らえにきてくれればそこで終いだ」
「ど、同心が来てくれるだろうか……相手は侍だ」
「Don't worry. Rest easy and leave it all to us」
にやりとあくどい顔でそう言って、政宗と幸村は家を出る。
政宗は背中に行李を。
幸村は長物を背負って。
向かった先は先日訪れた遊郭。
の、裏側。
「ここだな」
政宗が見上げるのはごく普通の……遊郭に見える。
「場所は彦吉殿のおっしゃったとおりですが……ここで本当に正しいのですか」
「ああ。中はどうだ佐助」
唐突に二人の前に赤い髪がちらついた。
「うん、御予想をはずさず一番奥の部屋。それにしても遅かったねぇ二人とも。もう俺様暇で暇で帳簿とか盗み出しちゃったよ」
政宗は楽しそうに舌打ちする。
「余計なことを。じゃあ処理は自分でやれ」
「えー!?」
何それ理不尽ー! と叫ぶ佐助をとっとと置いて、政宗はずかずかと門の中に踏み込む。
佇まいだけは立派なそれは、しかし中に踏み込むと鮮やかさはない。
閑散とした庭を抜けて建物に行き着いてしまった政宗と幸村は、これどうしよう? とか思いつつも、がらりと扉を開ける。
「てめぇらなにしに」
「元締めを出してもらおうか」
強面の男が二人を止めようとしたがそれはかなわず、あっさりと二人は奥に踏み込んだ。
一番奥の部屋の襖を、政宗がタンッと軽々開ける。
そこにいたのは三人の、若侍。
「……Ha! Three little fools」
政宗が眉を上げて哂い、幸村は三人が座して囲んでいる箱の中を見て声を張り上げる。
「貴殿ら……その小判は!」
明らかに箱の中の小判の量は異質であった。
咎めるような幸村の声に、三人は立ち上がる。
「な、何奴!!」
「てめぇらのタネはバレてんだ」
ここらで止めときな、と政宗は言う。
「な、なんだ貴様は!」
「こいつ知ってる! 団子屋の主人だぜ!」
「団子屋の主人が侍に口を利くか!!」
三人の削がれていた勢いが戻ってくる。しかし政宗と幸村の余裕は崩れない。
「偽の遊郭を作って安い賃金で辻君を遊女に仕立て、普通の遊郭になかなかいけない奴らから金をとる……盲点を突いた良いideaだ。Ideaはな」
その後がお粗末過ぎる、と政宗は片目を細める。
「勝手に金を貸して首が回らなくなったら盗みをそそのかし、それをネタに延々とゆする……悪事働くならもっと上手くやれ」
「そもそも悪事を働いてはなりませぬ」
即効で反論した幸村は、そろりそろりと一人が箱を持ち上げて背を向けたのに気がつき、ひたりと静かな声を出す。
「待て」
「!」
「汚れた金を手に入れてなんとする」
「う、う、うるせぇ!」
「親御殿は知っておられるのか。悲しまれるのではないか」
幸村の場合は、まっすぐな目が一際こたえる。
「その箱を置き悔い改めよ!!」
「くっ……こ、この無礼者めが……!!」
一人が腰に手をやると、二名もそれに習う。
「我らは門下生の中でも腕利きよ!」
声高にそう言って、三人は抜刀した。
一番幸村の近くにいた甲(仮)がまっすぐに切りかかる。
その刃を手にしていた長物で受け止めて、幸村は瞬時に後ろへ飛び退った。
政宗も乙(仮)の攻撃をよけ、中庭へと出る。次の真横からの丙(仮)の一撃を受け止めた行李がぴきりと割れる。
「で、出て来い野郎共!!」
叫んだ甲(仮)の声に呼ばれ、どこからともなくわらわらと浪人風情の面々が集まってきた。
浪人ですらないかもしれない。ただの無頼漢か。
「数だけはいやがるな……」
呟いた政宗の背中に、とんっと幸村が自身の背中を合わせる。
「どうされる」
「Party time と行こうぜ!!」
「心得た」
幸村は静かに返してから、するりと長物を覆っていた布を地面に落とす。
現れたのは、槍。二槍。
それを両手に一本ずつ。
「天・覇・絶・槍!!」
叫んで掲げた瞬間に、その両方に炎が宿る。
その炎に微笑んでから、政宗はかたりと行李を開ける。
現れたのは、刀。
「Here we go!!」
じゃきりと構え、政宗はその刃に雷を纏わせた。
「あれあれー、俺様いらないんじゃなーい?」
柱の影から顔を出した佐助は、くすくす笑いながら様子を窺う。
「……大丈夫、でしょうかね」
部下の忍が少し不安げだったので、だいじょーぶだいじょーぶと言っておく。
「これぽっちの敵、敵じゃないよ」
「それは、そうかもしれませんが……御身を大切にしていただきたいものですな」
「それは俺様もそう思う」
けどねえ、と佐助は快刀乱麻な二人の戦いっぷりを眺める。
ほれぼれしちゃうねえ、とのんびり呟いてから、これでいいんだよぅと頷いた。
「たまにはこうやって暴れておかないと、ね」
「はあ……」
そういうものですか、と首をかしげたのとは違う忍が佐助の横に下りてくる。
「なに、どうしたの?」
「証拠はすべて押さえました。いかがしますか」
「うーん、それじゃあ俺達は撤収! そろそろこっちも決着がつくからね」
お決まり文句はそろそろかねえ、とのほほんしていた佐助の前で、三人を打ち伏せた幸村の前で、今更六爪を構えた政宗が真顔で言い放った。
「六爪、知らねぇとは言わせねぇぜ?」
「ろ……六爪……」
ごくりと甲乙丙の喉が鳴る。
それもそのはず、六爪流といえば一人しかいない。
いや、しかし、まさか、そんな。
葛藤が三人を支配する。
それ以上に押しつぶされそうに強いのは恐怖。
瀬戸際にある三人に、薄く笑った支配者は一片の「現実」を突きつける。
「独眼竜は伊達じゃねえ……you see?」
***
えーと、いろいろ決めずにぶっ飛ばしたのでなんかいろいろおかしいです。
処女作なんてソンナモンダネ!
とりあえず六爪を行李に入れて持ち運びなんてしたら松永がすごく怒ると思います。
幸村の槍を組み立て式にしたかったです(死
カツン、とおかれた杯に定助はなみなみと酒を注ぐ。
「ささ、飲んでおくれ政さん!」
「ありがたくもらっとくぜ。仕事はどうだ彦吉」
「は、はい! 皆さんのおかげでなんとかなりそうです。借金は、ちゃんと働いて返していくんで」
「それは俺らのおかげじゃねぇよ」
笑って酒を飲み干す政宗の正面で、団子を頬張っていた幸村がこくこくと頷く。
「そうだ彦吉殿。勤め先の金には手を出さなかった貴殿の心の強さが貴殿を救ったのだ」
「かたじけねぇっ……!」
お前も飲めよ、と政宗に酒を勧められ、ありがたく頂戴しますと彦吉は酒を飲む。
「それにしても、あいつらどうしちゃったんですかねえ」
いきなりドロンって、何したんですか政さん。
定助にそう問われて、何もしてねーよなあと政宗はとぼける。
「なー、幸村。俺達なにしたっけ?」
「盗みなどと不埒なことを進めるのはよせと大声で申しただけでございますな」
しれっと幸村も口裏を合わせる。
もっとも彼は実際にそう叫んでいたこともあったので、嘘というわけではないのだが。
「ま、俺達もよく知らねぇが、終わったんだからよかったじゃねぇか」
なあ? と笑って政宗は杯を傾ける。
幸村もカランと串を皿の上に転がした。