<露草>
「旦那ぁ〜?」
普段は外を飛び回っているか謙信と殴り合っているかのどちらかである幸村が珍しく室内にいたので、興味を持って佐助は首を突っ込んだ。
途端、バタンだのガシャンだの盛大な音が立ち、情けないうめき声がその後に響く。
何があったんだと音のした方向を見てみれば、机に突っ伏している幸村。
「な、な、なんだ佐助……」
「……なんだってのはこっちのセリフじゃない? どうしたの旦那」
突っ伏した彼の周りには筆や紙が散っている。
部屋を墨で汚したら大変だ。拾い上げながらふと違和感に気がついた。
「ん? なんで旦那が筆と紙なんて使ってるの?」
佐助の疑問はもっともであり真っ当でもあった。
筋肉バカと言うと某坊主に被るので誰も言わないが、真田幸村は武に突出しており、知の面ではかなりすっぽ抜けている。
読み書きは問題ないが、字のほうは誰もが絶句する程度には酷い。
当人もそのあたりは承知しているようで、文字を書くことなどめったにしない。
そんな彼がなぜ筆を。
違和感を持ちつつ、散らばったものは全て拾い終える。
数枚には文字が書かれている。
「旦那」
微妙な顔になった佐助は拾ったうちの一枚を、いまだ突っ伏している幸村へと向けた。
「これ、誰からの手紙? 旦那の字じゃな」
「返せ!!」
飛びついてきた幸村に紙をひったくられ、佐助は肩をすくめる。
「約束を果たせなくてすまなかったって? 男字みたいだけど、旦那は外にご友人でもいたの?」
「よ、よ、読んだのか!」
取り戻して安堵のため息をついていたところ、佐助が書いてあったことを諳んじだして、幸村は蒼白になる。
「なになに? 男の代筆でホントは彼女?」
くすくすと笑った佐助に答えず、幸村は一枚を残りに重ねる。
覆いかぶさった所為で少しよれてしまっていたけれど、くしゃくしゃになったわけでもない。
「よかった」
綺麗な字で綴られた手紙に触れて、幸村は少し微笑んだ。
「……だん」
旦那、と呼びかけようとして、佐助は気がついた。
筆や紙よりも違和感のあったもの。
(なんか俺、図星?)
そろえた文を柔らかい表情でまとめながら、幸村の耳は仄かに赤かった。
話し終えると、謙信は一度だけ頷いた。
「構わぬ」
「そ、そうですか? 御館様がいいなら俺はいいんですけど」
万が一、軍の様子でもうっかり文に書いていると事である。
なんて深いことを佐助は考えたわけではなく、単に幸村にいいひとが出来たらしいという噂を主と共有したかっただけだった。
一連のことを説明しても、謙信は特に思うこともなかったらしい。
「しかし代筆をさせる女子か……それなりの身分なのかあるいは読み書きができないのか」
ふむ、と言いながらくいっと酒を飲む謙信に、佐助は答える。
「上質な紙でしたからねぇ。たぶん身分が高い人なんでしょう」
「素直に明かせばよいものを」
一つわしが、と言い出しそうな気がして慌てて佐助は首を横に振る。
「いやいやいや、恋路は本人に任せましょうよ! それなりの道のりがありますから!」
「はははは。当然だ」
「は、はあ……」
「どのような女子なのか。まあよい、いつか幸村がつれてくるだろう」
ぐいっと酒を干した謙信の前から引いて、佐助は記憶をたどった。
(うーん、確か差出人は「露草」だったなあ。名前かそれとも……ふーん、なんか楽しそうじゃん)
にまにまとしまらない顔をしながら、忍者は夜の空を飛んでいく。