<長男が生まれました>
おぎゃあおぎゃあと泣くばかりの赤ん坊を、政宗は楽しげにあやす。
しばらくすると泣き疲れたのかうつらうつらしだした赤ん坊を、名残惜しそうに手放した。
「あー、見てて危なっかしいよ政宗様」
「あんま泣かねぇな」
ぷにぷにと赤ん坊の頬を指でつついていた政宗は、ふっと隣で硬直している幸村を見やった。
「……どうした幸村」
「あ、赤子は苦手なのです……」
「Why?」
眉を上げた政宗に、そ、それがし、とどもりながら言う。
「どうにも、力加減が不得手ですので、赤子のようにか弱き者は」
「……I see」
愛おしいとは思うのですが。
悲しげに言った幸村に、大丈夫だよと佐助は笑う。
「もうちょっと大きくなったらいっぱい遊んであげれるよ」
「遊ぶのは得意ですぞ!」
急に元気になった幸村の声に、赤ん坊がうぎゃあうぎゃあと泣き出す。
「そりゃそうだろ」
苦笑している政宗の後ろの襖がすっと開く。
「あらあら、結局佐助にお任せになられたのですか政宗様」
喜多に手を引かれ部屋に入って来た彼女の姿に、ほうらおかあさんだよーと佐助は泣いている赤ん坊をあやす。
「落としちまいそうでな。少しはさっぱりしたか愛」
はい、と微笑んだ愛姫の長い黒髪はまだ濡れている。
立ち上がった政宗は彼女の手をとってゆっくりと座らせる。
産後初めての湯船だ。そりゃあさっぱりしただろう。
「まだ身体が重うございましたが、でてくれてほっとしておりますわ」
「ありがとうよ」
頬に張り付いている長い髪をゆっくり取りながら言えば、まだまだ産めますわよと笑われた。
「め、愛殿。本当に大丈夫でございまするか」
「大丈夫ですわよ。お腹もほぼ元に戻りましたもの」
「……女子は神秘的ですな」
しみじみと幸村が言ったので、場の全員が笑う。
赤ん坊はまた佐助にあやされながらうとうとしていた。
そういえば、と改めて赤ん坊の頬をつついている夫に愛姫は尋ねる。
「弟……小次郎にはお知らせしましたの?」
「ああ」
先日書状をな、と言った政宗の筆まめっぷりは全員が承知するところであったから、特になにもいわない。
「義姫様には」
「……一応な。読んでいただいているかは知らねぇが」
「お会いにいかれては?」
せっかくですもの、と愛姫はぽつりと言った。
先日、彼女の親戚筋はわざわざ足を運び嫡子の生まれを祝ってくれている。
そのことを思い出したのか。
「追い返されるんじゃねぇのか」
「そんなことは……」
珍しく言葉を濁した愛姫を喜多が補う。
「義姫様も待望の世継ぎに和解してくださるかもしれませぬ」
「母上は俺をそもそも跡継ぎだと認めてねぇよ」
小さく笑った政宗を見ている幸村の胸が痛む。
邪険にされたと聞いた。遠ざけられたと。恨み言も言われたと。
それでも政宗は母親を敬愛するのをやめることはない。
書も定期的に送っているという。読まれることもないかも知れぬのに。
「行きましょうぞ、政宗殿」
動かない横顔にそう呼びかけて、幸村は政宗の手を取った。
「某も政宗殿の弟君に会いとうございます」
「あいつは顔も頭も性格もいいぜ」
会って凹むなよ? と言われて、幸村はちょっと笑いながらこっくり頷いた。
弟は黒川城にいる、と馬を駆りながら政宗は笑った。
「一つ下だからな。妹は小さい頃に死んだしもう一人の弟は早々に寺にはいったしで、俺の弟っつたら竺丸だけだ」
「竺丸殿ですか」
「あ、元服したから小次郎か。最後に話したのは元服前だからな」
書はやり取りしてるんだが、と政宗が少しだけ言葉少なになる。
「小次郎殿がうらやましいですな」
かっぽかっぽと馬を進めながら幸村は言う。
「Why?]
「政宗殿のような兄上がいるなど。む、むろん、某の兄上も素晴らしい方ではありますが」
「I know。半分でも似てりゃ良かったのにな」
「む、むう……」
猪突猛進(の自覚もある)幸村と違い、兄の信幸は穏やかで誠実で明朗な人である。
武人としての物理的な強さは持たぬが、その知恵は素晴らしいと幸村も思っていた。
「ま、知恵の回る真田幸村はなんかちげぇな」
「それはほめていらっしゃいませんぞ」
「気のせいだ。少し急ぐか」
空を見上げて政宗は笑う。
頷いて幸村は少し強く馬の腹を蹴った。
***
真田幸村もとい信繁の兄は「信之」ですが、これは改名後で元々元服時は「信幸」ですよ!
まあ幸村が幸村な時点でアレですが。
当家は真田幸村実は長男説を押していますが、ゆっきーは骨の髄まで次男坊です。