<朝ぼらけ>
 

 


しゅ、と空気を切裂く音がする。
それだけの速度で剣を捌く姿を、少し離れた縁側からぼけーと佐助は眺めていた。
昨晩あんだけ動いておいてよくこんな早朝から……と思う。

正直、起き出した小十郎に釣られて起きたけれども、まだ眠い。
明け方まで活動していたのだから、まだ朝日も低い時間なんて眠った内に入らないんじゃないか。
じりじりと痛む腰を庇うように、柱に肩をよっかからせて佐助は息を吐く。
奥州の朝方の空気はひんやりとしていて吐くとうっすらと白く曇った。

鍛錬の時上半身を脱ぐのは武士の常識なのか、佐助の記憶にある主と同じく小十郎も袖を落としている。
刀を握って振るう度に動くしなやかな筋肉はひとつの芸術品のようで、その煌く刀の軌跡同様見る者を飽きさせない。
佐助も刀は使うけれどもあんな風に綺麗には捌かない。
型の捌きは独特の美しさがあると思う。
その担い手も、また。

「……じろじろと見てんじゃねぇよ。やりにくい」
ぶん、と大きく振って刀を鞘に収めた小十郎が佐助に視線を向けてくる。
うっすらと体に白い煙をまとっているのは、動いた熱気が気温に冷やされているからだろう。
綺麗だなぁとぼんやり思っていたら、手拭いを顔にぶつけられた。

「なにすんの!」
「それくらい避けろ。仮にも忍だろうお前」
「れっきとした忍だけどね! 不意打ち喰らう事もあります!」
手ぬぐいをむしりとって佐助は叫ぶ。
縁側まで戻ってきた小十郎にぐいぐいと額を押されて、なにさと尋ねると、眠いなら寝てろと言われた。
「だって小十郎さん起きちゃったし」
「構わず寝てりゃよかっただろ」
「目が覚めちゃったんだよ」
「その割りに眠そうだが」
言われると、確かにまだ頭の芯はぼんやりしたままだし、冷たい奥州の空気も目覚ましにならない。
厚手の半纏を着物の上からまとっていればぬくぬくとするからそれも当然かもしれないが。

「んー……」
「どうせ今日は政宗様も真田の野郎も起きるのは遅いだろ。もう少し寝とけ」
暗に昨晩夜更けまであの二人が何をやっていたかを含ませた言葉にくつくつと笑いながら、佐助は近くにある小十郎の腕に頭を寄せる。
動いていた男の熱がじんわりと米神の辺りに広がった。
一晩嗅ぎ慣れた男の汗の臭いに、昨晩の事を思い出したけれど、それよりも今は眠気が勝った。

「おい、寝るなら布団で寝ろ」
「……小十郎さんは? 訓練は終わったんでしょ?」
共寝に誘ってみると、呆れたような顰め顔をされた。
「俺は仕事がある」
「政宗様も旦那も起きるの遅いんでしょ?」
だったら自分達も少しだけ寝坊したっていいじゃない。
「そういう理屈じゃねぇだろ」
「だって布団冷たいし。一人じゃ寂しいじゃない?」
すりっと猫のように髪をこすりつけて、甘えるような声を出してみる。
素面の時にはとてもじゃないができない。柄でもない。眠気で頭が緩んでいるからこそできる所業だ。

小十郎も佐助の動作に面食らったようで、数秒固まってから溜息を吐いて刀を腰に差すと、佐助の脇と膝に手を差し入れて体を持ち上げた。
「一刻だけだ」
「……んー」
短いなぁと思うのと、それだけでも付き合ってくれるんだという驚きに口元を緩ませながら、佐助は抱きかかえられるがまま室内に入った。

 

 

 




***
……きもちわる(言うに事欠いて