<元の木阿弥>
「旦那。だーんーなー」
襖の前で再三呼んでも応えはない。
気配はあるので部屋にはきちんといる。
寝ているわけでもない。
ただ純粋に、佐助の呼びかけについて聞こえないふりをしているのだ。
「みたらし団子持ってきてるんだけどなー」
中に聞こえるようにわざとらしく言ってみる。
がさり、と室内でなにかが動く音がした。
けれど待てども襖が開く事はなく、最初の音以降、中の動きもない。
「……これでもだめか。
大好物であるはずの団子を持ってきても出てこないだなんて。
これはかなりの重症だと、佐助は天を仰いだ。
原因はたぶんきっと確実に「アレ」だ。
まあ、先日小十郎と佐助がイタしているところと政宗と幸村に見られてしまったわけで。
それで政宗のいうところの「かるちゃーしょっく」を受けた幸村は、武田に帰ってからかれこれ三日この調子だった。
宥めるにも出てこないものをどうしたら宥められるのか。
「ああもう……仕方ない」
佐助は諦めた。
できれば自分だけでなんとかしたかったが、責任の一端のある人達にも手伝ってもらおう。
なんだか自分とこの恥を晒す気分だけど……今更だ。
そうと決まれば、信玄の許可をもらうべく佐助は動いた。
「というわけでして」
「…………」
「責任の半分は政宗にもあんだよ!? あと小十郎さんも!!」
涙目で訴える佐助に、政宗は開いていた扇を閉じてそれで膝を打つ。
「OK,わかったから落ち着け……しかしこうもあいつがShock受けるとはなぁ」
「……旦那はどうだったの」
「Ah-……俺もそれなりに驚きはしたけどよ……小十郎も一人のいい大人だからなあ」
「うちの旦那が子供ですみません……」
「俺にとっての小十郎とあいつにとってのあんたとじゃ違うさ」
ああ、本当に理解のあるいい子だなぁと胸が熱くなる。
「じゃ、ちょっくら様子見に行ってくるさ」
「お願いします」
腰をあげる政宗を、サスケは頼もしく見送った。
――佐助のいうところの「手伝ってもらう」は、政宗になんとか幸村を宥めてもらおうという事だった。
信玄の許可をもらって、奥州に行くといえば、さすがに幸村も外に出て来た。
道中まったく喋らず寄り道もせず佐助の手も借りずに動く幸村は正直不気味だったし、その拗ねっぷりには悲しくもなったのだけれど、それは今は横においておく。
政宗の話であればある程度聞いてくれるだろうし、主同士で話も通じる……といいなぁと思っている。
「これで旦那の機嫌直ってくれるといいんだけど」
「お前、そんなに俺との仲が露見するのが嫌だったのか」
「俺様が困っているのは旦那が拗ねちゃった事であって、そういう事を言ってるんじゃないんですー」
もう疲れちゃった、とごろりと小十郎の横に仰向けで寝転がる。
珍しく、労わる手つきで頭を撫でられて猫のように目を細めた。
「政宗様がおっしゃるには、母親を取られたようでつまらないのだろうと」
「……それは突っ込んでいいところなのかな」
あながち的外れな例えではないと佐助自身分かっているので、苦笑に留めるしかない。
「お前が甘やかしすぎたんだろう」
「甘やかしてなんかないですー。それを言うなら小十郎さんのがよっぽどじゃないの?」
「政宗様はそれでも立派にお育ちになられている」
「……甘やかしているところの否定はないのね」
「父親と母親では勝手が違うらしいぞ」
「……ねえ、その父親と母親に例えるの、やめない?」
「それが一番しっくりすると政宗様が」
「あの人はぁ……」
「例えとしては悪くねぇと俺も思う」
「…………」
そう……かもしれない。
そろそろこの件についても否定するのを諦めようかと寝返りを打って、廊下を慌しく駆ける足音に起き上がった。
「佐助ーーーーーー!!!!」
ばたばたばったーん!
「……猿飛」
「すみません弁償します……」
凄い勢いで襖が横に動いて、その衝撃でばったんと枠が外れて襖は見事に壊れた。
凄みのある目つきで見られて、佐助はちょっと遠い目になりながら答え、それから息を切らせて立っている幸村を見る。
「ちょっと旦那、人のところの襖壊さないの。それに廊下は走るなって普段からあれほど……」
「佐助ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ某が悪かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「え、ちょっとどうしたの旦那」
部屋に突っ込んできた幸村はなぜか泣いていた。
号泣しながら突っ込んでくる幸村をかわすと、畳にぶしゃっと顔から突っ込む。
それでもえぐえぐと泣いている彼を見ていると、ぺたぺたと追いついてきた政宗がやってるやってると面白そうに笑いながら入ってきた。
「ちょっと竜の旦那、なにしたのさ」
「一通りの事情を話してから、一人立ちについて色々話してたんだが、あんまりよくわかってないみたいだったからよ。お前が拗ねてると佐助が寂しそうだからそろそろMumにちゃんと甘えてやれよっつったら」
「…………」
それ、ただの元の木阿弥ですよね?
状況は改善したぜと笑う政宗と、ボロボロになっていく畳の心配をしている小十郎を気にも留めずに、佐助ぇと情けなく泣いている幸村に、ああもうと佐助は溜息をひとつ吐いて、正座に座りなおしてから幸村を呼ぶ。
にっこりと。それはもういい笑顔で。
「旦那」
「な、んだ」
ぴっと幸村の涙が引っ込んだ。
「人の話もちゃんと聞かないで拗ねてた事はこの際許してあげるけど、人様のところの襖を壊さない。畳を汚さない。廊下を走らない。――今すぐ直す!」
「わ、わかったでござる!」
がばっと起き上がってわたわたと動き出す幸村に苦笑して、事態を終始面白がっていた政宗に、台所の使用許可を尋ねる。
「旦那が片付け終わったら、おなか減ったって騒ぐだろうから。ちゃんと修理した御褒美にお団子でも作っておこうかなって」
「Ha、見事な母親ぶりだな」
けらけらと笑う政宗に、そりゃそうですよと佐助は吹っ切った笑顔を浮かべた。
***
有耶無耶になった挙句、綺麗にまとまったといえば、なにひとつ解決していない。