<どうか母を>
どことなく警戒されている空気に、小十郎は喉奥で溜息を殺して茶を差し出した。
この部屋にいるのは、小十郎と幸村だけだ。
佐助も政宗も不在――たまたま席を外しているのではなく、この屋敷にすら、二人ともいない。
珍しく佐助を連れずに訪ねてきた幸村を、生憎遠乗りに出かけた政宗が戻るまでの間、小十郎が相手をするしかなかった。
以前ならばお互い含みのない、そつのない応対ができただろう。
幸村もあれこれと四方山話を振ってきたに違いない。
けれど、先日佐助とのあれそれ――あまり他人には見られたくないものであるし他人のものを見たいとも思わない行為――を見られてからというもの、どうにも向けられる視線が痛かった。
「茶の代わりがほしけりゃ言ってくれ」
「か、かたじけないでござる」
そうして二人の間には、痛い沈黙が横たわっている。
聞けばあの瞬間まで幸村は何も知らなかったらしく、なるほどあの驚きも頷けると納得したと同時に、言ってなかったのかと呆れのような複雑な思いがあった。
佐助曰く、「別にわざわざ言うことでもないし」という事だった。
あらかじめ告げていれば、こんな刺すような視線を受けずに済んだのか。
……それとも、もっと早くに向けられる羽目になったろうか。
どちらにせよ、今の状況になる事に代わりはないかと小十郎は諦めた。
正面では、幸村がじりじりと何かを言いたそうにしている。
いっそ率直に聞くなり、異論があれば唱えてくれた方がいい。
こちらから切り出す話題ではないのだから、幸村から切り込んでもらわなければ応えようがない。
幸村は、佐助が好きだ。
それは恋愛とかそういうものではなしに、純粋に親類に向けるものであるが、昔から面倒をみていたからか、母親のように慕っている節がある。
――とすると、自分は母親を奪った義理の父か。
自分で想像しておいてなんだが寒気が走った。
そう考えると、なるほど今の状況は面白くないかもしれない。
人の主君を手に入れておいて、佐助まで手放すのを惜しむのは贅沢だろうとも思う。
思うが、幸村が「駄目だ」と言えば佐助はあっさりと自分と手を切るのだろう。
例えば政宗が、佐助と切れろと命じた時の己のように。
「片倉殿は、その、佐助と……恋仲、なのであろう?」
「そうとも言えるか」
言葉にするにはどうにも曖昧な感じがする。
恋というのはもっと形振りかまわない、周りを見えなくする毒だ。
自分にも相手にもそれはない。その時になればあっさりとお互いを切り捨てられる。
けれど、だからといって何もなしに離れられるわけでもない。
それはきっと恋ではない。もっと細く薄い、それでいて無闇に切れない糸のようなものだ。
絡まって、解くまでに少し時間のかかるような。
「その、睦んでおったから……そうなのだろうと思っているの、だが」
「……ああ」
あんただってうちの主とやる事やってんだろうに、なんでそんな赤くなるんだ。
そういう免疫がないと主が常々いっている意味を理解して、小十郎は幸村の言葉の続きを待つ。
「その、某がこんな事を言うのもおかしいかもしれぬが、佐助は某にとってかけがえのない大切な存在でござる」
「ああ」
「だから……その……」
居住まいを正して幸村は真っ向から小十郎を見据える。
そして、はっきりとした口調で言った。
「どうか、佐助を幸せにしてやってほしい」
「……………………は、ぁ」
「この通りでござる!」
べっと頭を下げる幸村に、小十郎はぽかんと口をあけていた。
なんだこれは。
これではまるで――
「まるで娘を託す父親と婿みてーじゃねーか」
それとも母親を義理の父に託す息子か?
「……政宗様」
「おお、政宗殿戻っておられたのか!」
「今さっきな」
少し早く戻ってきたんだが、そのおかげで面白いモンが見れた、と政宗は至極愉快そうに笑う。
その政宗に飛びつく幸村と、あしらう政宗を見ながら、小十郎は今しがた幸村から受け取らされた言葉を考えて――深く息を吐いて、体から力を抜いた。