<好きになる理由>
 



大家老は忙しい。
元々の「家老」でも十二分に忙しかったのだが、伊達幕府を開いた折に初代将軍が丸投……もとい全権を預けたため、実質大老が幕府をまわしている状態だ。
異を唱えるつもりはない。将軍は将軍で重責を背負っている。
各地の大名の訴え等にもみみをか……しているのも大老な気もするが。

とにかく、大老の朝は早い。
まだ日の昇る前に起きだし、当然側用人などそんな時間帯に置いていないので自分で身なりを整える。
愛刀できっちり稽古をした後は、畑で野菜の様子を見る。
井戸水で顔を洗って、髪をなでつけ、汗を引くを待ってから着替える。
ゆっくり上る朝日と共に政務へ向かう。
昨日の仕事の整理をしていると、衝立の向こうから顔がのぞいた。

「小十郎殿、お早うございます」
「おう」
ひょこりと姿を見せた幸村は単衣ではなく、すでに常の装束である。
お前には赤が似合うと政宗が無理やり仕立てた真紅の着物は、とても目立つ。似合うが。
「……本当に早うございまするな。某も朝早くに鍛錬をしますが」
まず顔を合わせることがございませぬ、と苦やしがる幸村にちらりと笑う。
「年をとると起きるのが早くなるんだよ」
朝餉か、と書を畳んで立ち上がると、幸村は頷いた。
「政宗様は」
「返事はいただきました」
「そうか」
政宗は相変わらず二度寝常習犯だったが、朝餉の用意が終わってもこないなら佐助がたたき起こしに行くだろう。
最近とみにあの忍は容赦がないが、政宗も不愉快ではないようなので小十郎は放っておくことにしている。
別に幼少期に彼が得れなかった母親の愛情を今もらっているとかは思っていない。一瞬考えたことはあるが。


いつものように部屋を出ようとすると、着物の端をつかまれる。
「お、お待ちくだされ」
「何だ」
もちろん犯人は幸村だ。
眉をひそめて振り返ると、手は離したが何か言いたげにこげ茶の目でじっと見上げられる。
「その、ご無礼なのかもしれませぬが」
躊躇った後、幸村は口を開いた。
「小十郎殿は、佐助の何処に惚れられたのですか?」
「ぶっ」
何も口に含んでいなくてよかった、と本気で思うぐらい小十郎は本気で噴出した。
惚れてるって。
「ま、真面目に答えてくだされ!」
「いや……唐突に聞かれたからな」
「どうなのですか!」
「何処って……」
何処でもねぇと言うのも微妙だ。
その前に惚れてるを正したほうがいいのだろうか。

……いや、それはやめよう。めんどくさい。
速攻で断じて、小十郎は首をひねった。


猿飛佐助は、めんどくさい男だと思う。
常は飄々として余裕ぶってるくせに、その実甘えたがりで我侭で、つまるところ余裕はない。
放置すれば駄々をこねるし、思いやればそれは平気だというし、手を打てばいやみを言われるし、明らかにこっちが振り回されていて腹が立つ。
じゃあ何で共に居るのかと聞かれると、たぶんあの男は体温が高いからじゃねぇかと思う。冬場は抱きかかえて寝るのに丁度いい。
あと、彼が恥ずかしがる姿は面白い。

素直にそれを口に出しかけたが、到底幸村の望むものでないことだけは判ったので、別の答えを考える。
「素直に言ってくださっていいのですぞ」
幸村が怪訝な顔で覗き込んでくる。
「まさか思い当たらないという訳でもありますまい」
「……適当なところじゃねぇか」
「小十郎殿」
見上げてくる幸村がにっこりと笑う。
年は食っても幼い顔つきは余りかわらないあたりが年を感じさせないが、その凄惨な笑みはうっかり主人を彷彿とさせた。

「某は真面目に質問をしているのでござるよ」
「わかんねぇからって適当に答えて怒るのかよ」
「心配しているのでござる。か、か、体の欲ばかり先に立つのは、よ、よろしくないでござる」
まぁた誰かになんか吹き込まれたな……
耳まで真っ赤にしてそう言った幸村に、内心げっそりとため息をつく。
誰かというか政宗か愛姫のどちらかだとは思うが。本当にあの夫婦はたちが悪い。
「いいだろうが別に」
「よくない! 佐助は某にとって大事な家臣でございまするぞ!」
佐助を愚弄するのは某を愚弄するのと同じだ! と叫びだした幸村に、小十郎は朝から暑苦しいと遠い目になった。

ので、適当に答える。

「楽だからな」
「らく?」
「俺が何より政宗様を優先することを判ってる。そうとしか生きれねぇ俺をわかってる」
自分が人と関係を築くのに難儀な男であることはわかっていた。
小十郎は、主がそうと命じれば姉ですら斬るに違いない。
すべてを主中心にしか考えられぬ、そんな小十郎の想いをいちいち説明しなくとも佐助は汲み取る。

ふいと思いついた説明をすると幸村は満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「いや……」
「朝餉は焼き魚にございますよー!」
佐助ぇ、俺が一番大きいのが欲しい〜!
そう叫びながらどたどたと走っていく幸村を、小十郎はあっけに取られて見送った。




 

 

 


***
「誰かを好きな理由」って。
実は3つ目がホントの理由らしいよ。