<眼帯と名前>

※思いのほかヘビーシリアス
※史実に捏造してません口調以外








伸ばされた震える指を政宗はあえて握りこむ。
「なんだ」
「……見せて、くだされ」
見上げてくる幸村の声は潤んでいる。無理もないが。
今さっき拒絶したばかりだった。説明もしてやったというのに。
「某は愚かゆえ。見なければわからない」
「見せたくないつっただろ」
「見たい」
「You」
舌打ちして、政宗は幸村の手を握ったまま床につけた。
押し倒される格好になっていながらも、彼の目は痛いほど真っ直ぐに。

「政宗殿」
駄々をこねているのは彼のほうだというのに、まるで政宗のほうが幼子であるように宥めてくる。
「話は聞いた。しかし某は見たい」
「Why? 実の母ですら嫌悪した俺の目を見てどうする」
眼帯は取らぬのかと尋ねた幸村に、政宗は淡々と説明した。

疱瘡で目が腫れ膿んだこと。
あまりに醜くなった子供を母が嫌い遠ざけたこと。
恥辱と悲しみに閉じこもった彼を小十郎が諌めたこと。
膿みを出すために自ら目を切るようにと命令したこと。
腫れは引いたものの、長らく政宗は閉じこもり人に会いたがらなかったこと。


政宗は自分を将たる者だと思っている。
しかしそう思うようになったのであり、昔からそう思っていたわけではない。
「俺の傷を抉りたいのか」
「違う」
「じゃあ見んな」
「わからぬ」
悲しげに幸村の眉がひそめられる。
両腕を床にぬいとめられて、胸の上には政宗の膝があって。
けれども彼はただただ、悲しげに。
「政宗殿はその目が嫌なのか?」
「Why I like this? 誰かが取り換えてくれるなら換えてほしいぜ」
「某は、政宗殿の目は綺麗だと思う」
「……listrn, brick wall. 見せたくねぇつっただろうが」

語気の強くなった政宗に、幸村は睫を伏せる。
くたりと身体の力を抜いて、首を横にむけて視線を逸らす。
「某は……悲しい」
「Ah?」
「政宗殿は強いのに。その目を受け入れてはおらぬのか」
「それとこれは別だ」
「某を信じてはくれぬのか……母君が許せぬか」
語尾が震えて、政宗は瞬きをした。
そういえば彼の家族のことなどよく知らなかった。
たしか父親が忠臣であったように言っていたと思っていたが。

「某は源二郎ともいう」
唐突に呟いたのは、めったに使われぬという彼の別の名だ。
通称のようなものである。政宗とて藤次郎と呼ばれることもある。
「あーん? 確か兄貴がいたな。だから二なんだろ?」
「否。某の兄者の名は源三郎という」
「……ん?」
妙な話だ。
長男に三がつくのはさほどおかしくはない。祖父・父・子と繋がっていく場合である。
しかし次男の幸村に二がついているのに、長男の兄貴が三?
「どういうことだ?」
「某は……十七と申したが」
背けられて続けている幸村の肩を掴んで、政宗は眉を吊り上げた。
「まさか……」
「某は本当は、今年で十九でござるよ。政宗殿と、同い年になる」
「……んな……」
思わず体を起こす。押し倒していた幸村が小さく笑う。
「変だと思っていた。某は同じ年の誰より体が大きく、力もあった」
「幸村……」

政宗殿、と呼ばれた。
けれど彼の視線は政宗を向かない。
「某は……身分の低い母を憎んだ」
日ごろ真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐで、その熱い闘志が固まったような彼が、誰かを憎んでいるようなことを言うのは初めてだった。
そしてとても――驚いた。
政宗は何も言えず、幸村の上からどいた。
しかし彼は身体を起こさず、横たわったまま、横に座った政宗に背を向ける。


「兄者はもちろんできた人である。しかし某も男、上を目指したいとは思った。父上の後を継げないことが口惜しかった。某はそれに相応しき者ではない。だが……某は、真田家を継いでゆきたかった」
日ごろの彼とは思えないほど小さい声で語られた言葉に、政宗はああそうかと内心納得した。
だから幸村はいつも、お館様である武田信玄に尽くすことだけに全力を注ぐのだ。
真田家は継ぐ兄がいる。本当は弟だけれども。
母の身分ゆえに跡目につけなかった幸村には、本家での居場所はないだろう。
主の下で全力で尽くすことでようやく居場所を得ているのだ。
そして跡目を継ぐ者ではないという自覚もあるがゆえに、彼は頂点に立とうとはしない。
愚直なまでに主に尽くす彼の姿は、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐだと思っていた、けれど。
「Stop……もういい」
「政宗殿……某はちゃんとお館様のお役に立てているのだろうか」
「あたりめぇだ」
「それがしは……佐助もいるのに。政宗殿と同じ年なのに、それがしは」
「……Be quiet」

涙の滲む声になった彼の頭をぐしゃりと撫でた。






 

 



***
伊達の英語をどの程度ネイティブにするかで迷っています。
私のは英国調だけど筆頭はどこ系のえい……当時は英国しかありませんでしたねすみません!!
ていうか南蛮ってオランダじゃね!? 本来ならIk ben Masamune! とか言わなきゃいけないんじゃね!?


*筆頭英語集*
You! →テメェ!
Why I like this? →何でこれが好きなんだ(好きなわけないだろ)
listern, brick wall→聞け、レンガの壁→「馬の耳に念仏」の英語版より。この場合「レンガ壁に話すように無意味」から。