<覚悟と後悔>
しばらく黙っていた幸村が、ごろんと身体を政宗の方へ向ける。
彼の目が赤くなっているかは部屋が薄暗い所為でよく見えなかったけれど、あれだけ泣いていたら赤くなっていて当然だろう。
「Hey……okay?」
「おーけいでござる」
そう言う声が少し笑っていたから安心して、政宗は手を伸ばすと幸村の短い髪をかき乱す。
ふわふわとした手触りのそれをまさぐっていると、くすぐったいでござると幸村は笑う。
「政宗殿」
「何だ」
「見せてくださるな」
真っ直ぐに切り込まれた言葉に、政宗は声に出して笑った。
やはり、彼は真田幸村。
真っ直ぐで強くて輝いて。
「Sure」
唇を吊り上げて、政宗は眼帯に指をかける。
眼帯をつけてから、この目を見た者は数少ない。
本当に片手で数えるほどの中に、幸村を入れていいのか躊躇いはあった、けれど。
眼帯を手の中で握る。
視界が開けるわけもない。政宗の眼球は当に腐り切り取られている。
「ひらか……ぬのか」
「目の玉自体がねぇからな」
何とか答えたけれども、両目を見開いた幸村の視線に、耐え切れなくなった。
鏡に。水に。
自分の顔は何度も見ている。それが酷く醜いことも判っている。
片目を隠せば普通なのにと思ったことがなかった、などと自分を偽らない。
けれど、辛い。
動かず何も言わない幸村に、激しく後悔だけが胸の中を吹き荒れる。
その視線から顔を逸らして、何も考えず、立ち上がる。
眼帯を落としたまま政宗が立ち上がる。
「まさ、むねどの……?」
止めようと手を伸ばしたのに、彼はもう立ち去ってしまっている。
どうすればいいのかわからなくて、幸村は手を伸ばして落ちた眼帯を掴んだ。
彼の右目は、酷かった。
皮膚は黒くなり、歪んでうねって閉じて固まっている。
痛みはないのだろうとはわかったけれど、それでも痛々しかったのは。
「政宗殿!」
下半身のばねで一気に立ち上がり、幸村は眼帯を握ったまま走り出す。
部屋を出て行ってしまっているが、廊下は一本だったはず。
「政宗殿!!」
慌てて部屋を飛び出す。廊下の端に、まだ、いる。
「まさむねど」
「Shut up. 聞こえてるぜ。静かにしろよ、夜なんだからよ」
幸村のほうを向かず、けれど足は止めて政宗は言う。
「俺はもう寝る。てめぇも寝ろ。Good night」
「政宗殿!」
ひらりと政宗が上げた右手を掴んで、幸村は後ろから抱きついた。
あっさり捕まった政宗は、何も言わない。
「某は……驚いた。だが、それは」
「無理はいいぜ? 俺だって」
「某は思わない! 無論、はじめてみたから驚いた! 政宗殿が泣きそうな顔など……はじめてみたから……」
泣きそう、というよりは。
悲しむことを諦めたような顔。悲しむことすらしない顔。
感情にまかせ泣き笑い怒る幸村にはその表情が怖くすら感じる。
「……泣きそう?」
何言って、と続けようとした政宗の腰をぎゅうと締め付けて、幸村は彼の肩に顔をこすり付ける。
「申しわけ、なかった。某は……それほど、政宗殿が……厭っていたことを、無理に……」
「そういうわけじゃねーって」
「某はただ、政宗殿のことを知りたかっただけで」
「……幸村」
「申しわけない。某は……某はやはり、至らない男だ」
あんな顔をさせたかったわけではなくて。
ただ彼のことを知りたかっただけで。
何かを共有したかっただけで。
「某は、それがしは……」
「Shush」
ぐり、と頭を撫で回される。
ぐりぐりぐり、と肩に顔を押し付けられて、鼻が痛くて声を上げた。
「いたたた」
「Cool じゃねーな」
「く、くーる?」
「かっこいいって意味だ」
振り向いた政宗は、いつもの顔だった。
返せよ、といって差し出した手も。
眼帯を受け取って再び身に着けた時も。
「ん? なんだよ」
挑発するような笑みで問いかけてきた顔は、見慣れた姿になっている。
あの表情もない。片目も隠れている。
二つあるはずの目は一つしかなくて、けれどその一つの眼光は幸村を貫くほどに鋭い。
片方の目を失う怖さを、幸村は知っている。
武人ならばわかっている。視界の狭さがどれほどの足枷になるか。
けれど政宗は強い。この戦国でも有数の強さだ。
「片方だからこそ強いとも思う」
「はあ?」
「政宗殿は……きっと、独眼竜だからこそ、強いのだと思う」
勝ち続けるために必要な強さを、誰より努力して手に入れたのだと思う。
片目を閉じると、何が近くて遠いかもよくわからないと言うのに。
「だから、凄いと思う。強いと思う」
「意味不明だぜ、幸村」
「うむ……」
言葉の足りない自分にいらだって、幸村を視線を伏せる。
「幸村」
右手をつかまれ、持ち上げられる。
「なんでござるか」
「次は、自分で外せ」
指先が眼帯に引っかかる。
「自分で外せよ。Understand?」
「りょ、了解した」
「じゃあな。Good night...an' sweet dream」
背を向けて歩いていく政宗の背中を、幸村はしばらくぽかんとしたまま見送っていた。
***
適当に終わらせてしまった。
最後だけ幸村視点になったことをお許しください。
Good night...an' sweet dream→おやすみ、そしていい夢を。