<デート>

 


「町に出てみたいですわ」

そう言われた瞬間、佐助は一瞬己の耳を疑ってから、ゆっくりと姿勢を正して、愛に向き直った。
「すいませんちょっと今幻聴が聞こえたみたいなんですけど」
「忍なのに幻聴だなんて疲れているのではなくて?」
「あははー。なんか町に出たいとか聞こえちゃったんですけど」
「聞こえているじゃありませんか」
「本気ですか!?」
「本気です」
着物の袷を指で直しながら、愛は笑みを崩さずに断言した。

「なんでまた……」
「そんなに庶民の暮らしに興味を持つのはいけない事ですか?」
「いけなくはないですけどね。知りたいなら適当に見繕って持ち寄りますよ、本とか食べ物とか」
「自分の目で見てみたいのです」
「危険です」
「佐助が一緒に行ってくれるでしょう?」
それで危険がなくなるわけじゃないんですが。

ああもう、と額に手を当てて佐助は天井を仰ぎ、政宗様がいいって言ったらですからね、となんの歯止めにもならないだろう言葉を口にした。
――あの人の事だから、却下なんてしないだろう。










「護衛に佐助をつけること」を条件に、愛の外出許可はあっさり下りた。
麻の着物を調達してきて、目立たないように編み笠を被らせて、一見田舎から出て来た娘を装う。
多少きょろきょろしていても不審に思わせないための処置だが、なけなしの努力だとは佐助も重々承知していた。

どれだけ外見を装ったところで、生まれた時から武士の娘として上流生活に浸ってきた愛は庶民の中ではどうしても浮く。
それを思うと団子屋なんて開いてまったく違和感無く溶け込んでいる政宗や幸村はほとほと異例だと感じる。

何度か浮浪者に絡まれる事は承知で気構えもして、佐助と愛は城下に降りた。


「佐助、あれはなんです?」
「あれは冷やしあめですね」
「あれは?」
「あれは古着屋です」
目新しいものを見つける度に、あれはあれはと愛は佐助の袖を引いては尋ねてくる。
傍から見ると兄弟に見えるのかなー……夫婦じゃないといいなー後が怖いしーなどとつらつら考えながら、警戒は怠らない。
行きがけに何度も何度も言い含めたから、一人で店先に行ったりもせず、愛はきちんと佐助の横についている。
さすがに自分の身分はわきまえてるのかなとちょっとだけ安堵しつつ、ちらりとこちらに視線を向けていた男に牽制の視線を送っておいた。

やっぱり上流階級のお人は空気が違うのかねとごちる。
ちらちらと愛に視線が向けられているのは、愛がどことなく自分達と違うというのを皆が感じているからだろう。
かろうじて傍にいる佐助が普通の町人っぽい(ようにしているのだけれど)からなんとか群集に埋没していられるのだが。

「そろそろ帰りません?」
「まだ来たばかりではないですか。喜多に土産を買っていくと約束してしまったのです、ああ佐助、あれはなんですか?」
「……はあ」
こそりと息を吐いて、佐助はあれはですね、と灰売りの説明した。










「少し疲れましたわ」
――そりゃあれだけ歩き回れば疲れて当然です。
少し疲れた顔で呟いた愛に、むしろここまでよく歩いたと佐助は感心していた。
自分の足でこんなに歩いた事などそれこそ生まれて初めてだと言ってもいい経験だろうに……興奮していてあまり疲れを感じていなかったのかもしれないけれど。

「適当な甘味屋にでも入りますか」
「ええ。――町がこんなに活気があるだなんて初めて知りましたわ」
「お気に召しましたか」
「政宗様のお作りになる国で気に入らないものなどありません。けれど、そうね……この町はとてもいい町だと思ったわ。また連れて来てくださいましね」
愛に満足気に微笑まれて、なんだかんだで情に絆されやすい佐助は、こんなに喜んでくれるのならたまにくらい連れ出してあげてもいいかな、なんて思ってしまった。
外に出られずにずっといるというのも気が詰まるだろうし――。

「あ、佐助、あそこにずんだ餅の絵がありますよ」
「……あ」
あそこにしましょう、と愛が指し示した看板を見て――佐助は固まった。
「いや、あそこは」
「私はずんだ餅が食べたいです。行きますよ佐助」
ぐいぐいと腕を引かれて――ひとりで行かないのは佐助の言いつけを守っているからで、それは偉いのだけれど――できればあそこにだけは行きたくないのだが。

「すみません、ずんだ餅をくださいな」
「Hey,らっしゃい」
暖簾をくぐって中に入る愛と佐助に、気風のいい声が飛ぶ。
店主がひょいと奥を顔を覗かせ――一瞬その独眼が驚きに見開かれてから、にやにやとした笑みを顔に浮かべた。
「あら」
「…………」
政宗様も今日は下に降りてるんだよね……と肩を落として、佐助は開いている席を愛に勧めた。
「ずんだ餅と、そっちはどうする?」
にやついたままで、あくまで愛とは主人と客という立場を貫くつもりらしい政宗に、佐助は諦めた。
「俺は茶だけでいいです……」
「うちにきて茶だけなんてシケた事言ってんじゃねーよ佐助」
「……じゃあ俺もずんだで」
「OK」

ずんだ二つだ、と奥に叫ぶ政宗の横から、お茶を持ってきたおみよがにっこりと佐助に笑みかける。
「佐助さん、今日はずいぶんと別嬪さんと一緒だねぇ。いい人かい?」
「違う!」
「なんだいつまらないねぇ」
「今日は佐助に町を案内してもらったのです」
「ああ、このあたりの人じゃないんだね。ま、こんな綺麗な人がいたら、すぐ人の口に上がるものね」
楽しんでいってくれな、とおみよはお茶を置いて、奥に入って行く。

手が空いているのか、楽しそうに客と主人の会話を繰り広げる政宗と愛を横目に茶を啜りながら、なんで今日に限って店が空いているのだろうと、胃がきりきりと痛む思いを佐助は味わった。



――それからしばらくして客集めから帰ってきた幸村が愛を見つけて大声をあげそうになり、それを止めるのにまた肝を冷やしたのだが。