<ずんだ餅>
なんで俺様こんなことになってるんだろうねえ、と考えながら俺は縁側で足をぶらつかせる。
一歩中へ入ったところで座り込んで、すさまじいとしかいえない勢いでずんだ餅を頬張っているのは自分の主だ。正直直視したくない。ので目を逸らしています。
目を逸らしながら俺はずんだ餅を頬張る。うん、確かに旦那の気持ちもわかる。これは美味い。
さすが料理が趣味と言い切る独眼竜お手製なだけはある。というかこれ、甲斐のほうで販売したら儲かるんじゃないかな。
「そんなにがっつくなよ、喉に詰まらせるぜ」
笑いながら旦那が食べているのを見ているのは奥州の双竜だ。
何がどうなって俺達がこんなところでのんきに座って日向ぼっこしてずんだ餅を食べているのだろうか。
まあ考えてもしょうがないからいいんだけどさ。
「美味しいですねー」
薄味で甘さも控えめ。もちは柔らかくって豆は適度に歯ごたえがあって。
ついでにお茶はちょっぴり渋めで温め。極楽極楽。
旦那じゃないけど、こりゃ幾つでもいけるね。夕餉があるからほどほどにしとくけど。
そう思いながら至福を味わっていたのに、旦那の頬にくっついてる餡を拭いながら独眼竜がにやりと笑う。
「共食いだな」
いきなり言われて目を丸くした俺に、続けてくれた。
「色が」
「なんでまたそういうこと言うの!?」
ずんだは緑。
俺様も緑の迷彩。
たしかに色は似通っているがそんなこと言うなよ人がせっかく至福の時を味わっていたのに!!
そんな俺の必死の訴えは当然というか、明らかに無視された。
「幸村、美味いか?」
独眼竜は笑顔で餅を頬張る旦那の顔を見る。
口いっぱいに頬張っていた餅を飲み込んで、旦那は絶叫した。
「美味でござるーーーーーーー!!」
その素直な言葉と満面の笑顔に独眼竜は顔を綻ばせた。
「そうかそうか、豆を作ったのは小十郎だからな、礼を言っとけよ」
嬉しそうにそう言いながら旦那の頭を撫でている様子は、とても戦場の好敵手とかそんな風には見えない。
たとえるなら、ヤンチャな末っ子を可愛がる長男。
或いは幼い甥っ子を可愛がるおじさん。
そこまで考えて、そういえば竜の旦那には弟がいたっけと思い出す。
まあ、諸事情あって仲はよくないらしいけど。
そんなこんなで独眼竜は長男で、旦那はいろいろあるが結局のところは次男だ。
……しょうがないか。いやよくないんだけど。
頭を撫でられながら旦那はこくりと頷いてから、パッと顔を上げて、少しはなれたところで木だか空だかを見上げていた右目の旦那に笑顔でお礼を言った。
「片倉殿、美味な豆をありがとうございまするー」
「ああほんと旦那の扱いがうまくなって……」
おかしいな、旦那と右目の旦那はそんなに仲良しさんだったっけ?
俺様が記憶をたどっていると、右目の旦那はこちらへ、というか旦那の方へ近づいて、その大きな手でわしわしと栗色の髪を撫でた。
「ああ。ま、たんと食ってけ」
すでに口に餅を突っ込んでいる旦那は無言で首肯する。
それを独眼竜は楽しそうに見ている。
ぽつり、と俺の口から言葉が漏れた。
「……ナニこの疎外感」
本気ですねたわけではないのだけど、俺様のその言葉を独眼竜が聞き漏らすはずもなく、即座に反応してきた。
「佐助もなでてほしいのか?」
違うわ!
「そういう意味じゃなくて……ああずんだ餅が美味しいなあ」
自分でもよくわからないのを説明するのはめんどくさい。
という訳で俺様はもう一つ餅を取ってついばむ。
そこで丁度口の中のものがなくなった(だけだとホント思う)旦那がこっち見て叫んだ。
旦那、口から欠片が飛ぶからこっち見て叫ばないで、独眼竜のほう向いてて。
「某、佐助のつくるみたらし団子も大好きでござるよ!!」
「そういうフォローが欲しいんじゃないの!」
やっぱりそう来たか!
アンタがどっち好きでもどうでもいいよ!
「じゃあ佐助も撫でてほしいのか?」
ことりと首を傾けてから、こっちへずんだまみれの手を伸ばしてくる。
ダメ! それはヤメテ!
俺は慌てて身を引くと、一気にしかりつけた。
「ダメ! 旦那その汚い手で周りのもの触っちゃダメだよ! もちろん俺の髪もダメ!」
「う、む」
すまぬ、と謝って手を引っ込める。あーあぶない。
そう思って一息ついたのに、今度は独眼竜がにやついた顔で言いやがった。
「じゃあ小十郎、お前が撫でてやれ」
「いいよ! 別になでてほしいわけじゃないってば!!」
慌てて否定したってーのに、右目の旦那は聞いちゃいない。
それとも竜の旦那の言葉の従ったのかな。まあどっちでもいいんだけど……
さっき、旦那を撫でた大きな手が、俺の頭にやわしく降りる。
「……」
頭巾を取っていたので露になっている俺の髪をわしわしと撫でて、手がゆっくりと離れていった。
……ああもう、竜の旦那のバカ。
「うう……」
イロイロな感情がない交ぜになってうめくしかない俺に、政宗様はそりゃあもう爽やかで楽しそうな笑みを向けられた。
ちくしょう、さすが加虐性愛者だよアンタ。今度は否定させねぇ。
「よかったなあ、佐助」
「…………」
悪かった、とはいえないのが判っていてやらせて言うなんて卑怯だ、卑怯すぎる。
震える拳を握り締めて、隠す。ソレしかできない自分が情けないが……逆らうまい。
とか考えつつ手にした餅を俺が食べ終えているころ、とんでもなく情けない声が横から上がった。
あぶない、今口にモノ含んでたら噴出してるよコレ。
「政宗殿ー……なくなってしまいました」
え、まって旦那。
竜の旦那は山盛りに作ってきたよね?
俺様それ始めてみたときに「お供え物?」とか思わず聞いたぐらいにてんこもりだったよね?
アンタまさかそれもう全部食べたの!?
「……よく食うな。もうちょい作るか。hey佐助、手伝え」
いきなりご指名か。
まあでも、作り方を前に教わったし、食ったのはほとんど旦那だし、手伝うのはやぶさかじゃないけどね。
「はーい」
答えて俺様は腰を上げた。
なんか背後で「ずんだー」という声が聞こえているが、聞こえない。
聞こえないったら聞こえない。