<ずんだ屋事件簿3>
「今日もいねぇのか」
朝起きて朝餉を食べる部屋に来るなり小十郎はそう言った。
そーなんですよねーと佐助はお櫃からご飯をよそう。
「お仕事あるなら連れ帰ってきますけど」
「いや、特にねぇ。と言うか見越してやっていかれた」
「……才能の無駄遣いだね」
「まったくだ」
こんもりとよそわれた茶碗を受け取り、小十郎は手を合わせる。
いただきます、っと佐助も手を合わせた。
「初茄子か」
「俺様が食べるのはね」
先日献上品で初茄子が来てはいたが、それは政宗と幸村と家臣たちに振舞った。
佐助は遠慮したし、小十郎は口にしてはいたはずなのだが……
「俺は俺の畑のものを初物と考える」
そう言って茄子のおひたしを口に運ぶ。
一瞬箸がとまったので、よしよしと佐助は内心呟いた。
これは彼が気に入った証だ。
佐助の作る料理は政宗と小十郎と幸村に振舞われるが、一番味の好みが煩いのは地味に小十郎だった。
政宗は「美味けりゃいい」だったし(その代わり美味いの基準は高い)、幸村は佐助の作ったものは「美味いでござるー」とバクバク食べる。
しばらく料理を振舞って気がついたのは、小十郎は素材の味を生かす味付けを好むということだった。自然薄味になる……それは京風の味付けだ。
奥州の出身のくせにと思ったが、そういえば政宗の手製料理も味付けは薄めだった気がする。
野菜の味を大事にしてるのかなーとか考えたあたりで、どうしたと視線を向けられた。
「手が止まってるぞ」
「あ、ごめん。考え事」
「なんだ」
「家庭内の味付けの問題について」
おどけて答えると、お前の味付けは美味いと返事が返ってくる。
(ああ、どうしよう)
凄く嬉しい。
にやける顔をなんとかとどめようとしていたが、忍の力を持っても無理だ。
にやけたままで、ご飯を口にする。新米の時期はとうに終わったが、いい質の米なのでやはり美味い。
「猿飛」
「なんです?」
妙に歯切れが悪い。
「今日は暇か?」
うーん、と佐助は首をひねった。
基本的に佐助の仕事はあの二名がいないと半減する。
「忍隊に顔出すぐらいかな。すぐ終わるし」
「視察に行く。昼と夕餉は適当に外で取ろうと思うのだが」
「あ、いくいくー。どこ行くの?」
ついでに最近の流行を見てこようと心に刻む。
城の中にいてばかりで、外の情勢に疎くなってしまっては忍として問題だ。
今の甘味の流行だけは詳しいのだけど。
「……湯屋」
「………………ナルホド」
いいにくそうだった理由がわかって苦笑した。
あの二人が今首を突っ込んでいる事件は、女に入れ込んだ男が関係しているらしい。
しかし一町民が遊郭に入れる金を持つはずもなく、というセンで一応町民でも通える湯屋があがったということだろう。
「旦那がいちゃあ湯屋には入れないもんね……」
はれんちでござるうううと絶叫して倒れると思う。
大体銭湯の時点でなかなか連れて行けない。混浴だから。
「その後は芝居に連れて行く。昼餉は何がいい?」
悪いと思ってるのだろうなあさすがに。
そう思ってくすりと笑った。
「お仕事なら気にしなくていいよ」
「……せっかく休日だからな」
「じゃあ小十郎さんの行きたいとこに付き合いましょ」
そんなことを話しながら朝餉を終える。
ご馳走様と手を合わせてから、罰の悪そうな顔をしている小十郎ににっこり笑った。
「お仕事でしょ?」
「まあ、そうなんだが」
「可愛い女の子に背中流してもらえるなら儲けだね」
湯屋は普通の銭湯とは違って、背中を流す(以降のこともする)湯女と呼ばれる女性がいる。
もちろん背中を流される以上のことはしないと思うけど。それ以上お望みなら自分で行って政宗さん。
「湯女に鼻の下伸ばす小十郎さんも見て見たいなぁ」
ぽろっと言った言葉に、男の眉が動く。
伸ばしても別にいいと思うのだが。綺麗なお姉さんは好きですし。
そう言おうと思ったのに、気がついたら床に押し倒されていた。
「……あれ?」
「伸ばしてやるよ。てめぇにな」
「ん? 俺様そういう文脈で言ったんじゃ……」
ないんだけどといおうとしたけど、口付けられたので素直に受け止める。
のしかかってくる男が口戯だけではすまないなーと判ったので、小十郎の背中に手を回して彼の熱い息を首に受けながら、真上を見上げてひらひらを手を振った。
かすかにあった気配が消える。
完全に護衛を排除して、佐助は小十郎には見えない位置でにっこり笑う。
「大老様。仕事あるんだからほどほどにしてね?」
「風呂にいくんだから問題ねぇ」
「……あれ? なんか話がさっきから噛みあいませんよ?」
くすくすと笑いながら、彼の着物を引き摺り下ろした。
***
夫婦は朝っぱらから以下略。
天井にいる忍者を追い払う佐助が書きたかっただけです。
次回から子供達に戻ります。