<ずんだ屋事件簿>
 


「政さん! 政さん!」
慌てふためいた様子で駆けて来た町民に、団子を揚げる手を休めて「どうした」と店主は答えた。
彼は江戸の団子屋「ずんだ屋」の店長である。
その名のとおり、一番の売れ筋は彼が考案した「ずんだ餅」であったが、他にも手広く扱っていた。
「よ、よかったぁ、政さん今日はいたんスね」
「おう。最近とんとこっちにこれてなかったからな」
話しながら揚げる手を進め、綺麗な狐色になったところで網に上げる。
「そーですよぅ。店主がいないと売り上げた違うのなんの」
表から入って来た看板娘のおみよがにこにこしながら、揚がった団子をさらによそう。

「売り上げを伸ばすのは看板娘の仕事じゃねーのか」
揚がった団子が置いてある網の上ににゅうっと伸びてきた手をぴしゃりとはたいて、店主は残りの団子を油の中に入れる。
「うふふ、店主の仕事です」
「……そうか。おいコラ、つまむなそれは客のだ!」
性懲りもなく網の上に伸ばされている手をつまむと、いたいでござる〜と情けない声が響いた。
「てめぇさっき俺様お手製の団子を十串は食っただろうが!」
「美味しかったでござる! のでその揚げ団子も……」
くにくにと伸びてくる手をもう一度叩き落として、彼は叫ぶ。
「朝餉も人の倍食っといて何言ってんだ!」
「政殿の団子は美味いのでござる〜」
「だからって無尽蔵に食うな! てめぇの給料から差し引くぞ!」
「某、自分の給料は知りませぬ。佐助が全部管理しております故」
「………………Damn.とりあえず禁止だ禁止。これ以上うちの商品食ったら佐助に頼んで団子抜き一ヶ月の……」
「いーやーでーごーざーる!」
店の奥だったがその絶叫は客席にも聞こえたのか、くすくすと客が笑い声がする。

急いで店主は厨房の扉を開けて、すまんと頭を下げた。
「いいんだよぅ、幸村ちゃんが元気だとアタシらも元気になれるしねえ」
「ほうれ、幸村。わしの団子を一つ分けよう」
近くの問屋の隠居である好々爺が笑顔で手招きしながら団子を一串差し出すと、それに顔を輝かせてぱたぱたと走り寄る。
「ありがとうでござるー!」
「客のを取るな!」

店主の絶叫に全くめげず、笑顔で団子を頬張るのはずんだ屋の看板……看板男の幸村である。
その名も団子の幸村。
両手に団子を持ち見る者が唖然とするほどたらふく食べる。
この店が開く時、記念として行われた「団子大食い競争」では堂々の優勝だった。というか圧巻すぎて店主が止めに入った。

ちなみに店主は色男と評判の片目の好青年である。
ふらっと店に来てまたふらっといなくなりということを繰り返している、非常に謎の多い人物だ。なお団子は界隈随一美味い。
名前は政。
彼の作る団子をはじめ甘味はとても美味い上に、茶まで美味しいときているのでいつも客足が途絶えない。

本名は政宗というらしいが誰も呼ばない。


「Sorry.待たせたな。何だって?」
忘れずにいてもらえた江戸っ子は、はらはらと涙を流しながら事の次第を説明した。


彼には親友がいる。
問屋で真面目に働いていて、そろそろ可愛い子を嫁にもらうんじゃないかと思っていた。
それなのに。

「遊女だぁ?」
「はい……何度もおいらは忠告したんですけど、聞いてくれなくて。有り金も全部はたいて、それでも……」
「チッめんどくせーな。んなの本人のせいじゃ……」
正論を言い出した政宗の隣で聞いていた幸村が、立ち上がって叫ぶ。
「政殿! そのような冷たいことを申されるか!」
「……はじまったよ……」
ウンザリとした顔になった政宗に、幸村は「この方は友のために心を痛めていらっしゃるのですぞ!」と説教しだした。
説教というか興奮しているだけなのだが。

どうしようとおどおどしている依頼人をちらりと見て、政宗はAll rightと溜息をついた。
「ちょっくら調べてみる。だが何もなかった場合は手を貸さねぇぞ」
「は、はい! おいらにもどうもあいつがそんな女にはまるとは思えなくて……それで」
「OK,okay. いくぜ幸村」
「了解!」

立ち上がった青と赤は意気揚々と団子屋の暖簾をくぐる。
「あーっ、店主! また出かけるんですか!?」
「I leave it to you. 頼んだぜおみよ」
「今日はお客さんいっぱいいるのにー!」
待ってくださいよー! との声を無視して、二人は歩調を合わせて江戸の町へと繰り出した。



 

 

 

***

ずんだ屋の主人と看板男の二人が織り成す下町ストーリー。
に見せかけた暴れん坊将軍。

なんで江戸なのかは追々。いや語呂いいしね。