<ご指南>
 



「佐助。相談がある」
「はいはいなんでしょね」
主に対しての返答としてこれ以上ないくらいにおざなりに返して、それでも一応最低限の礼儀として、佐助は忍具の手入れをしていた手を止めた。

幸村が佐助に相談を持ちかける時、碌な事はない。
軍事的な事はまず信玄に相談しにいくもしくは軍儀で上がるものである。
そういう場でもない限り、幸村がそのような問いを佐助に向けてくる事は経験からして滅多になかった。

では経験から何が導かれるか。
お使いかそれとも奥州に行ってこいなのかはたまた連れて行けなのか。
どれにしたって忍の仕事ではないのだけれど。
が、どこぞの独眼竜をして「忍の仕事じゃなくてもあんたの仕事なんだろ」と断言されてしまったので、それもまた佐助の仕事らしい。

幸村はこれまた珍しい事に正座をして、殊勝にしている。
もじもじと膝を擦りあわせ――別に可愛らしくもなんともないので早く本題に入ってほしいものである。
「旦那、で、今回はどうしたの」
「――口吸いの仕方を教えてほしい」

……今、忍具の手入れしてたら確実に手を切ってたね。
手を止めててよかったぁと佐助は現実逃避混じりに胸を撫で下ろす。
そして深呼吸を三回してから、にっこりと笑みを浮かべて言った。
「竜の旦那に聞いといで」
「む、いや……そのだな」
佐助の笑みに怯みつつ、それでも幸村はめげなかった。

曰く、最近ちょくちょく唇を重ねたり抱きしめる機会があったりするのだけれど、政宗がどこか物足りなさそうにしているものだから、一度尋ねた。

――なんだ。お前この先を知らないのか?
――……先でござるか?
――Yes。……本当にしらねぇのか。

その時の驚きと呆れと笑いが一緒になったような表情を見て、これは挽回をしなければならないと思ったらしい。
そんな事思わなくていいのにと佐助は思った。
ついでにそのまま政宗に聞いてくれれば楽だったのにとも思った。

「あのさぁ……そこでなんで俺に聞いてくるのかね」
「政宗殿は、佐助ならば知っていると言ったぞ! 忍は色々な事を知っているからな!」
ああうんそういう問題じゃないからね、一般男性なら知ってる事だからね、育て方どこかで間違えたかねやっぱり。


腹の底から息を吐き出して、佐助は仕方がないと幸村に近寄った。
過去を悔やんでも仕方がない。
「あのね、旦那……」
ごにょごにょごにょと耳打ちして、顔を真っ赤にした幸村に対して、恥ずかしがらずにやっといでと佐助は背中を押した。















数日後。
手合わせの名目で奥州から呼び出された。
一通りどころか三通りくらい打ち合って、汗を流して部屋に戻ってきたら、簡単な茶と菓子の用意がされていた。

しばらくは菓子と茶を堪能しながら適当な話をしていて……ふと、幸村の視線が政宗に注がれている事に気付いた。
「政宗殿」
「Ah?」
「某、あれから佐助に色々聞いたでござる」
「……Yeah」
本当に聞いたのか。
さぞやその時の佐助は見物だったろうと喉奥で笑っていると、ふと影が差した。

正面から押し倒されて、畳の目が背中に触れる。
口元に薄い笑みを捌けたままにどうしたと問えば、唇に温かい感触が当たった。

触れた唇を舐められて、緩く隙間を開ければ、どこか躊躇いがちに滑り込んでくるものがある。
たどたどしい動きに笑いを堪えながら、応えるように動かせば、やがて堪えかねたように幸村は口を離した。
「……政宗殿」
じっと至近距離で見つめてくる幸村に、政宗は息を詰めた。
触れそうで触れない距離にある、少しぼやけた顔の中で、まっすぐにこちらに向けられた目だけがはっきりとしている。

する、と着物の合わせ目から手が差し入れられる。
ゆっくりと焦れったい動きで腹から脇へと移動する手つきに、くすぐったいような煽られるような気分になった。
「政宗殿」
「なんだ幸村」
随分と勉強してきたんじゃねぇかと内心で笑って、続きを強請るように圧し掛かる体を足で突ついた。

「この後はまだ教えてもらってないのでござるが」
「…………」
「佐助は『ここから先は旦那の本能でなんとかなるんじゃない?』と言っておったのだが、さっぱり分からぬ」

――佐助としては、ここまでこればあとは男としての本能とかそういうものでなんとなく流されてくれるんじゃないかなーっていうか俺様そこまで教えたくないから寧ろ竜の旦那自分で好きなようにしたらいいじゃん。という思いからの言葉だったのだが――

忠実に、教えてもらったところまでをこなしたところで首を傾げてしまった幸村に、政宗は凄惨が笑みと共に、刀六本を掴む握力を持ってして、頭をわしづかみにした。





 

 

 



***
なにかしらのオチをつけたかった。