合戦場で。
ただそう記された文を懐に、幸村は赤い鉢巻をたなびかせ、立っていた。
手にした二本の槍は最低限にしか振るわずに。
「旦那の言うとおりだったよ……ほんとに決めたんだね?」
「すまない、佐助」
「俺は旦那についていけるから」
いけどさ、と忍は声だけ聞かせながら嘆く。
「……旦那、慕われてたんだよ? 旦那のファン、たくさんいるよ? 家臣のほとんどは」
「それでも俺は決めた」
静かな声に、佐助は頷いた。
「……わかったよ、旦那」
「ああ」
「も、一つだけ」
耳にだけ響く佐助の言葉に集中する。
敵は有象無象。大将にはまだ、遠い。
「好きだから?」
短い質問に幸村は笑う。
その精悍な顔には佐助の知る幼さはなかった。
「否」
「……うん、了解」
質問より短い答えに佐助はその気配を完全に消す。
完全に消えたと確信できてから、幸村は口元をゆがめた。
「俺のことなど、あの人はもう――」
最後に会ったのは、いつだろうか。
鬼のように筆がまめな彼は書状を送ってくれるけど、それが全て自筆なのもわかっていたけれど。
状況は切迫し、書状を出すことすらできず。
「……もう、忘れてくだされ」
ゆるくつむいだ諦めの言葉は、誰に届くこともなく虚空をさ迷い。
明智光秀の謀反、織田信長の死。
それを打った豊臣秀吉。が北上するのを制そうとする真田軍。
以上が現在構図である。
「政宗様。いかがなさいますか」
少し離れた場所で馬上に構える主に小十郎は尋ねる。
兜を取っている今、彼の表情は明らかだ。
「stay, still. 忍はまだなんだろ?」
「は……」
「じゃあ待機だ」
「しかし」
「小十郎。俺は誰だ」
「……独眼竜、伊達政宗様にございます」
「Good, but not enough」
笑って、奥州筆頭は言った。
「天下を狙うぞ」
「……!」
静かに、竜は言う。
まるで時が満ちたかのように。
「天下人になってやる」
「そのお言葉……お待ちしておりました」
頭を垂れて、小十郎は言った。
あるときからぷっつりと、政宗は天下について語らなくなった。
織田が勢力を拡大したからか。
それを明智が殺したからか。
秀吉が天下統一の手前にいるからか。
理由はわからなかった。
だが、今となってはもういい。
「この小十郎……ご上洛の時まで必ずや」
「それ以降も頼むぜ」
「……はい!」
深く、強く頷くと。
政宗は小さく笑う。
「じゃあちょっくら、頼まれてくれ」
「なんでしょう」
「成実に任せてたんだがどーもあいつだと仕上げに不安だからな」
「なにをなさるので?」
尋ねた小十郎に、政宗は空を、そして合戦場を見下ろした。
「Straigh in the middle. 突っ込むぜ」
「はっ!」
最近大人しかった政宗が、好敵手がいることもあって牙をむいた。
そう解釈して小十郎は頷いた。
やっと彼が本領が発揮できると思って、胸が騒いだ。
もう一人。また一人。
朱の槍が重い。
「真田幸村だ! 手負いだぞ、倒せ!」
「そう簡単に倒れる某ではござらぬ!」
消えかけた闘志を呼び起こす。
まだだ。
彼と戦うまでは死ねない。死にたくない。
もう一度刃を交わしたい。戦いたい。生と死の間で、戦いたい。
「……独眼竜殿」
この戦いに彼が加わらないわけがない。
切り込む瞬間を待っている。
現に佐助は伊達軍を確認したとのことだし。
「真田源ニ郎幸村……心して待っておりますぞ!!」
青い空に、幸村は吠える。
最後の決着をつけるために。それが為だけに。
「Hey, long time no see」
後ろから響いた声は知っていた。
「独眼竜……殿」
「久しぶりだな」
「某……ここにお会いできたことを光栄に……」
覚悟を決めて朱槍を握りこむ。
ここで戦って、思う存分に最後の力をふるって。
そして死のう。
「Stop. 野暮するんじゃねぇ。しばらく目ぇ閉じてな」
「は? なんと……」
戸惑った幸村の前にどさり、と。
身体が落ちた。簡素な服を着て。
死体だ、みればわかる。だってそれには首がない。
「鎧を脱げよ」
「な……」
「真田幸村」
馬上から政宗は手を差し伸べる。
「来い」
「ど、どういうことで、ございますか……!」
「来いつってんだよ。他に何か聞こえたか」
伸ばされた手に刀はない。
「某は……某は、独眼竜殿と戦い打ち死にする覚悟で」
「んなこと書いてねぇ」
「某は……俺は……ただ、それだけ……思って、ここに」
何もかも忘れたくて。
別れてから永い時があった。
おやかた様が。
上杉公が。
たくさんの武将が倒れ、そして。
――砂埃が、目に入って痛い。
「俺は」
「来い、幸村」
名を呼ばれて、幸村は顔を上げる。
落ちた涙が熱くて、冷たい。
「待たせたな」
「お、おれはっ……」
政宗は馬を下りる。
かぶっていた鎧をとると、鞍の上に置く。
歩いて、立ち尽くす幸村の前まで来る。
呆然と立つ彼の前で、笑って手を伸ばした。
「幸村、迎えにきたぜ」
伸ばされた手は風に流れていた幸村の髪をすくって。
ゆっくりと房を落としながら、もう一歩近づいた。
「来い」
「な……なにを、おっしゃって」
「難しいことは気にするな。てめぇじゃ無理……でもねぇか。最近は知将と評判らしいな」
楽しそうに笑う政宗の心がわからなく、幸村は戸惑うばかりだった。
合戦場であるのは、決着をつけてくれるからだと思っていた。
それなのに彼は来いと言う。
兜まで脱いで、来いと言う。
「幸村」
名前を呼ばれると、涙が滲んだ。
「俺に最後まで言わせんのかよ」
初めて会ったときより、堀の深くなった顔で政宗は苦笑した。
髪をすくっていた手が離れて、今度は同じく風になびく鉢巻に触れて。
「共に駆け抜けようじゃねぇか」
「共、に」
「俺は天下を取る。だから、幸村」
一緒に来い、と言い放って。
政宗は幸村の鉢巻を取り去った。
風に乗った鉢巻は、どこまでもどこまでも飛んでいく。
<この世界の歴史の噺>
***
伊達政宗は恐ろしく筆マメな男だったそうです(史実)
もちろん全て自筆のわけもないけど、あの人の事だから文章は自分でちゃんと作ってそう。
史実の幸村は秀吉についたわけですが、BASARA幸村はしないだろ。てかできないだろ。考えもしないだろ。てなわけでオンリー真田家。
おやかた様が没されたのはしょうがない。生きてたら絶対この人が天下統一していらしゃるので。
武田>織田>伊達 という個人意見です。家康ホント運いいよな。