<空から降ってきた客人>
ドスン ガシャンッ
鈍い音が響き、ガイは手にしていた箒を投げ捨てて慌てて中庭へと走った。
そこでは可愛い可愛いルークが一人で譜術の練習をしていたはずだ。
立ち尽くしている焔が無事なことを確認して、引っ掴んだ剣を抜く。
ガイが駆け付けるのから少し遅れて、そこになだれ込んできた護衛達も剣を抜く。
中庭には――突如不審者が出現していた。
「ユ、ユーリの馬鹿!!」
金髪、白い鎧と――
「先に入ったのはお前だ!」
怒鳴り返した黒髪黒服。
「こんな場所ないよね!?」
「っていうか……どこだここ」
不審者達は怒鳴りあうのをやめて、顔を見合わせる。
とても対照的な容姿を持つ二人の青年は、周囲を見回して、片方は困ったように眉を寄せ、片方はめんどくさそうに目を細めた。
「ルーク様、無事ですか!?」
不審者達がそれ以上動かないのを確認してから、ガイはひらりとルークの前まで駆け寄った。
後は護衛が適当にするだろう。ガイにとっては不審者が誰かよりも、七年間慈しんできた子供が無事であることのほうがはるかに重要だ。
「び、びっくりした」
眼をぱちくりさせながら呟いたルークの頭をゆっくりなでると、ふるふると首を振ってから見上げてくる。
「いきなり空から降ってきたんだぜ」
「空から……?」
「ん、あそこに穴が開いて、落ちて来た」
ルークが指し示す場所へ目をやったが当然のように何もない。
彼が嘘を言っているとは思えないが、空から落ちて来た不審者にガイは興味が全くないのでスルーした。
「怪我はないか? びっくりしたな」
「あいつら誰?」
「不審者だ。ルークが気にする事じゃない」
「でも、空から降ってきたんだぜ」
ガイ、と上目遣いとセットで袖をひかれて眩暈を起こしそうになった。
可愛らしく育ったとは(我ながら)思うが、そういう可愛さをそうやって発揮しないでほしい。
「あいつらあぶねぇ奴らじゃねぇ気がする」
「そ……そういうことは護衛が決め、」
「俺が話してーの。……ダメ?」
「〜〜っ」
ここの屋敷でのルークの序列は両親に次いで三番目だし、彼のわがままは「屋敷の外に出る」以外はことごとく叶うようになっている。
だから本当に不審者と話したければルークはそう命じればいいわけで、いちいちガイの許可を取る必要なんてないし、護衛達より使用人のガイは立場が下だからガイが話を通せるわけでもない。
それなのにルークがこうやって必要ないはずの許可を求めてくるのは、ガイが正しいと信じているからだ。
ああそりゃあ正しいさ。
お前を楽しませるだけとか、笑わせるだけとか、めんどくさくないようにとか。
そんな自分本位な事は考えないで、お前がきちんと成長して物事をちゃんと考えて理解できるようにと、この七年間必死にお前の周りを整えてきたんだから、そりゃあ正しいに決まっている。
「心配ならガイも一緒に会えばいーんじゃね?」
ついに強行すると言うのに等しい事を言い出した育て子で主の笑顔にガイは折れた。
「……わかった。でもちゃんと捕えてからな。あと公爵様の許可をいただいてからだ。わかったな?」
「うんっ」
どうか許可がおりませんようにと必死に願ったガイだったが、そんな願いは虚しくルークの「捕縛された二名に会いたい」というわがままはいつものようにするっと通ってしまったのだった。
「はじめまして。突然のご無礼お詫びいたします」
牢屋なんてものはこの屋敷になかったので、とりあえず倉庫として使われている地下室に放りこまれていた二人からルークに十分な距離を取らせ、ガイは剣から手を離さない。
ちょっとでも妙なまねをしたら(両手足縛られていては無理だろうが)殺してやるという物騒な視線を向けていたが、金髪の方はいたって礼儀正しかった。
「僕……私はフレン=シーフォと言います」
「フレンな! 俺はルーク。んでこっちはガイ!」
誰かに自己紹介などする機会など皆無なので、名乗れるのが嬉しいのかもしれない。
そんなルークをほほえましく見つめていたら、あっさり自分も紹介されてガイは慌てる。
「あのルーク様」
「よろしくお願いします。ほら、ユーリ」
フレンにせかされて、ユーリはその口を開く。
「……なぁ、あんたここの坊っちゃんか?」
口の悪さに一言注意しようとガイが口を開きかけると、まったく君は! とフレンが叫ぶ。
「こんなときでも礼儀は投げ捨てたままなのか!」
「いきなり人をひっとらえて地下に投げ込んだ方にも礼儀はないだろ」
「僕らは明らかに不審者だからしょうがないだろう! それを君は!」
「あーもうっ、わかったよこんなときでもうるせぇなお前……ええっと、あんたここの坊っちゃんだよな」
「変わってないよ!」
再度注意を重ねたフレンに、うるせえっての、とユーリは返す。
そんなやりとりを見ていたルークがいきなり笑いだし、きょとんとしている三人を尻目にあははははと笑い続けた。
「あの……ルーク様……?」
「あははは! お前らおもしれーの!」
「面白いってさ、よかったなフレン」
「どこを喜べばいいのかな……」
赤髪を揺らして散々笑ったルークは、床に座らされている二人の前にひょいっと腰を下ろす。
「ちょ……」
主のこの極めて天然なところに思わずガイはずっこけそうになった。
一応武装は解いてあるが(二人ともなかなか物騒なものをお持ちだった)しゃがみこむ必要はないだろう。
綺麗に整えている赤い髪が床につく。
またあとで洗ってとかさないと。
「フレンにユーリ、だよなっ」
「はい」
「お前ら悪い奴?」
「本当に悪い奴だったら悪いなんて自己申告しねーぜ」
くつりと笑ったユーリの言葉はもっともだったが、ルークは首を傾けた。
「どこから来た?」
「言って信じてもらえるかどうか……」
視線を泳がせた二人を見ていたルークは、満足気に頷いてからガイを見上げた。
きらきらした翠の目に見つめられて、ガイは嫌な予感を覚えたけれど、自分がその目に逆らえないことは知っている。
「こいつらしばらくこのここにいてもらっていいよな? 俺の客ってことでさ!」
「……ルーク坊っちゃん、とりあえずそれは伯爵様に了解をとってから考えましょうね?」
ああ、何を言い出すんだこの天然は。
空を仰ぎたくなった自分はちっとも間違っていないはずだ。
***
OP前のアビスにED後のユリフレ召喚してみた。