<すべては心がけ次第2>
パタン、とドアを後ろ手で閉めて外に出たユーリは、両腕を上に上げて思い切り深呼吸をした。
「あー……久々のシャバの空気はうめぇ!」
まるで今までお勤め中だったといわんばかりのセリフだが、似たような状況ではあったので、あながち間違いでもない。なにせ一週間ぶりの外だ。
とはいえ部屋の窓は外に格子こそはまっていたものの景色は見えたし日光も室内に差し入っていたから、外と無縁だったわけでもないが。
それでも普段奔放に動き回るユーリにとって、一週間もの間部屋から出られないというのはなかなかに窮屈だった。
フレンがいなければキレて暴れて勝手に出て行っただろう。今回はそのフレンに閉じ込められていたわけだが。
「さーて、どうすっか」
一週間前に歩いた道を辿りながらユーリは考える。
フレンを部屋に置いていったのは軽い仕返し気分だった。
何を考えてユーリを監禁(というにはいささか……かなりぬるい)をしたかはおおよそ分かっていたが、「やられたらやりかえす」がユーリのモットーなのでとりあえずフレンを鎖につないでみた。
もちろん一週間も監禁する気はないし、一週間の間にやつれたフレンを寝かせて何か食べさせて回復させたら解放するつもりだ。
なんだか監禁の意味合いが本来のものとずれまくっている気がするが、まぁいい。
町に戻って最初に向かったのはギルドだった。
ひょいと中を覗き込むと、一番最初に気付いたのはジュディスで、奥に向かって声をあげる。
「団長さん、サボリ魔が顔をだしたわよー」
「ジュディ、その言い方はないような……」
「ユーリ! 休みはとっくに終わってるのに連絡のひとつもないってどういうこと!!」
「わ、悪かった」
「仕事詰まってるって言ったよね!? 休みが始まる前に言ったよね!?」
鬼の形相で詰め寄る若きギルドの頭にユーリは引き攣った笑みを浮かべつつ後ずさる。
連絡を取れなかったのはユーリ自身のせいではないのだが、そこは真実を言えるわけでもないのでカロルの説教を聞くしかない。
援護を求めるようにジュディスに視線を向けるが、彼女はただ静かに微笑むのみだ。
こういう時に彼女の助け舟は一切当てにしてはならない。
「もう……連絡なくて、何かあったのかって心配だったんだからね!」
最後にその言葉で締めくくられたカロルの説教に悪かった、と呟いて、ユーリは気まずげに頬をかいた。
「あのよ……休暇の延長できねーかな?」
「ええ?」
顔を歪めるカロルに、ユーリは少しだけ迷ってからその名前を出した。
「フレンが風邪ひいてよ」
「え、フレンが!?」
「けっこう酷いんで、看病をだな」
「まぁ……そんなに酷いの?」
「まあな」
嘘ではない。たぶん。
風邪ではないが、あのままほっといたらぶっ倒れるのに違いはないので。
「それなら仕方がないよね。いいよ、フレンが治るまでユーリの休暇延長ってことで」
即答されてユーリは少々面食らった。
忙しいだろうに、仕事の方は大丈夫なのだろうか……と休暇延長を申請したユーリが言える立場ではないが。
「レイヴンさん引っ張ってこればなんとかなるから大丈夫。応援でリタも呼んだしね」
ユーリはフレンの看病しっかりしてあげてね。
笑顔で送り出されてユーリはギルドを後にした。
あまりにあっさり送り出されて少々拍子抜けしながら屋台であれやこれやと買い込んで、郊外の家に戻ったのは夕暮れも近い時間だった。
最初はフレンの好きなハンバーグでも作ってやろうかと思ったが、あの様子から肉料理のような油っこい食べ物を受け付けてくれるような胃の状態ではないだろうと思って、看護の定番である粥にした。
ほかほかと湯気を立てる小鍋を手に部屋に戻ると、入り口に背中を向けてフレンは丸くなっていた。
ドアを開けたユーリに何の反応もなかったので寝ているのだろうと足音を殺して部屋へと入る。
テーブルに料理を置いて、寝顔を見るために反対側に回った。
フレンは親の仇のようにシーツを固く握り締めて、眉間に深く皺を刻んだ状態で寝ていた。
こんなのでは疲れが取れるわけもない。
そんなに切羽詰るフレンの心境がユーリには理解できなかったけれど、頬に残る涙の跡には少々心が痛んだ。
痛んだから、少し乱暴な手つきで肩を揺さぶって起こす事にした。
「おいフレン、起きろ」
「……ん」
「せっかく作った粥が冷めちまうだろ。起きろ」
がしがしと揺さぶられて、やがてフレンの瞼が開く。
少しだけ眉間の皺が取れて、空色の瞳が寝ぼけて頼りなげに動いた。
「ゆぅ、り?」
「おう。ただいま」
「……夢?」
「夢ってお前なぁ……夢じゃねえよとっとと起きろ。飯の材料買ってきたんだよ。なんだあの台所、全然材料ねーじゃん」
まだ半分寝ている目つきで、フレンはユーリがここにいる事が信じられないといわんばかりに首を振った。
「なんで……戻ってきたの?」
「あのなぁ……お前、俺が戻ってこないと思ったのか」
こくりと縦に動いたフレンに首に、ユーリは自分がそんな人でなしに思われていたのだろうかとやるせなくなった。
「俺が戻ってこなかったら、お前ここでこのままだぞ?」
「うん」
「そしたらお前、死ぬぞ?」
これは半分冗談混じりだった。
いくらこの部屋から動けないからとはいえ、窓には格子がはまっているとはいえ。
外が見える窓から大声を出せば通りがかった誰かが気付くだろうし、そもそも騎士団長であるフレンが姿を晦ませば大規模な捜索隊が組まれるだろうから、死ぬ前に見つかるに違いない。
しかしユーリの思考とはかけ離れた答えを返すのがフレンだった。
「それでいいと思ったから」
「……は?」
「そういやお前、騎士団」
「休暇をもらった。一ヶ月」
「いっか……」
いくら休みを取らない団長とはいえ、そんなに長期休暇を取って大丈夫なのだろうか。
目を丸くしたユーリにフレンは危なっかしい口調で返す。
「国も随分落ち着いたし、体調が優れないから療養したいって言ったらすんなり通してもらえたよ。だから」
残り三週間もあれば死ねるだろう?
さらりと吐き出された言葉はまるで明日の天気の話でもするかのようにすんなりとユーリの耳に入って、そしてユーリの感情を爆発させるには十分だった。
横になっていたフレンの上半身を、襟首を掴んで起き上がらせて怒鳴った。
「お前バカか! 俺にお前の自殺の片棒担がせるつもりだったのか!!」
「違うよ、僕がただ」
「同じだろ! つーか俺がお前をここに置き去りにしてくなんて思ってたのかよ!!」
そう思われてた事が悔しくて腹ただしくてしかたがない。
激昂するユーリにフレンは弱弱しく首を振って、だって、とか細く呟く。
「……だって、僕は君をここに閉じ込めた」
「…………」
「一週間、ずっと怖くて怖くてたまらなかった。ユーリを独り占めしたくて、僕だけを見てほしくて、それが叶ったはずなのに全然嬉しくなかった。ユーリに見つめられる度に心臓が痛くなって、普段通りに振る舞ってる君が内心では怒ってるだろうって思ってた。ただ僕の機嫌を損ねないようにいつもみたいにしてるだけだって。ここを出たら、隣で眠る事も、笑いかけてくれることも、会うこと、も……なくなるって、思っ、て、だから」
だんだんと言葉が切れ切れになってきて、代わりにしゃくりあげるような息遣いが増えてくる。
フレンの目が歪んで、その縁からぼろぼろと涙が零れた。
「もう嫌なんだ……一緒にいられなくて苦しいのに、一緒にいても苦しくて、怖くて」
胸がつまって息ができなくなるんだ。
ユーリの耳に、フレンの押し殺した叫びが届いた。
身勝手な願いでどれだけ独り占めしたところで心は満たされなくて、逆にどんどん暗い感情で押しつぶされて。
次に会った時に冷たい目を向けられるくらいなら。訣別するくらいなら。嫌われるくらいなら。
このまま死んだ方がずっとよかった。
泣きじゃくりながら言ったフレンに、ユーリは目を閉じて深く息を吐いた。
その行動を怒りと取ったか呆れと取ったか、固まるフレンの頭に拳を置いて、ぐりぐりとねじ込む。
「いたいいたいいたいっ!?」
「痛くやってんだから当たり前だバカ」
目が覚めたか、と最後のしあげに頭を一発はたいて、ユーリはフレンを抱きこんだ。
「そこまで思い詰める前に一言くらい言え」
「…………」
「今度からは言えよ。いいな」
「怒って……るんじゃないのか」
「俺がお前をここに置き去りにするって思ってたことについてはな」
「……ごめん」
「よし、許す」
ここ一週間で随分薄っぺらくなった背中を叩いてユーリは溜息混じりに微笑んだ。
独占欲と、寂しさと、不安とがないまぜになってぐちゃぐちゃになったフレンの突飛な行動についてはこの際不問という事にしておく。
フレンをここまで追い詰めた理由の一端はおそらくユーリにもあると思われるので。
「とりあえず飯食え、お前全然食べてないだろ……って冷めちまったな」
「食べる。ユーリの作った料理、ずっと食べたかったんだ」
「……いつでも作ってやるって」
控えめに笑うフレンの髪を乱してユーリは体を離した。
フレンの残り休暇三週間。
その間にしっかり休息を取らせて食わせて甘やかして、それからからかって苛めて。
フレンから不安を取り除くには十分な時間だろう。
***
くっついてからになりました。というかくっついた初期でしょうか。
まだフレンが色々と自信がない時期。
おそらくこの後はユーリはうまくフレンを甘やかしたりなんだのしながらフラストレーションを発散させていくんだと思います。
しかし休暇延長三週間はおそらくギルドに戻った時に席がない。ユーリの。