<×××登場!>


 
「他に買い忘れはないか?」
「えっと……あ、まだあります!」
エステルが手にしている買い物リストを斜め上からのぞきこんだユーリは、顔をしかめる。
「おいおい、町の反対方向じゃねぇか」
「す、すみませんです……」
しゅんとなったエステルの頭をあいている手で軽く叩いて、さっさと済ませちまおうぜと歩みを早める。
「すみませんです」
「いいって。真ん中突っ切ればたいして時間もかからねーし」
「そうじゃなくて……今日、お休みだったんじゃ」

エステルが買い物に行きたいと言い出したのは昨日の夜のことで。
手が離せないフレンがエステルの護衛兼荷物持ちを依頼したのがユーリで。
本来ならギルドの仕事で世界中を飛び回っているはずのユーリが、依頼を受けた翌朝にもう到着しているなんてことはあまり考えられなくて。
「せっかくの休暇をわたしの依頼なんかでつぶしてしまって……」
「んな顔すんなよ。久しぶりにエステルに会えて俺はうれしいぜ?」
振り返りざまにさらりと言われたセリフとその笑顔に、エステルの顔が赤くなった。
「ユ、ユーリは相変わらず反則です!」
「相変わらずって……っつーか反則って」
「フレンもフレンです! ユーリに依頼しなくっても他にも」
「あー……」

ザーフィアスは帝都で中心地だ。
帝国とギルドの確執がやや薄れた今では、ザーフィアスにも堂々とギルドの依頼所が設置されている。
もちろんユーリ達が属する新星ギルド、凛々の明星へもここから依頼できるようになっている。
そしてなにぶん依頼が多いため、ザーフィアスには常に動ける人員が各ギルドより派遣され何名か逗留しているのだ。
ユーリは休暇でここにいるだけなのだから、他の面子が控えているはずである。

「いるにはいるんだが」
「人手不足です?」
「そういうわけでもないんだが」
あれは護衛兼荷物持ちにはどうかなあ、とユーリでさえ思う。
人一倍心配性で責任感の強いフレンなら言わずもがなである。
「今逗留してる責任者がおっさんでな」
「……そう、なんです」
微妙な沈黙に包まれてから、エステルは慌ててフォローを入れた。
「レイヴンは信用置ける人です!」
その言葉にユーリも重々しく頷く。
「ああ、おっさんは信用できる。エステルの護衛にかこつけて仕事ぶっちぎってサボるだろうって信用もな」
「……それは、そうです」
「あとはまあ、買い物の内容のせいだろ」
すでに買い込んだ材料を見ながらユーリが言うと、エステルは顔を赤くした。
「リタには内緒にしてください!」
「んなヤボじゃねぇよ」
「旅の間はユーリが作ってましたし……去年もユーリに作ってもらいましたけど、今年はわたしがつくるんです!」
「頑張れよ」
「はい!」

つまりは迫るリタの誕生日のケーキをエステルが作りたいということ。
何回か練習できる程度の材料を買いこむというのが今日の依頼内容だった。
それならユーリが同行するのが一番適切だ。
実際材料に迷ったエステルに適切なアドバイスをくれていることだし。
「リタ……喜んでくれるといいんですけど……」
「エステルが作ってくれたら喜ぶさ」
「でもユーリのより美味しく作る自信なんてないです」
「俺が作るより喜ぶって、絶対」

そんなほのぼのとした会話を交わしつつ、目的地の街の反対側まで来たところだった。
目当ての店を見つけ、二人が少し足早になった瞬間――


「せーいーねーんっ!!」
「エステル店に入るぞ」
「え」
聞き覚えのありすぎる声にユーリがスルーを決め込んだ瞬間、見覚えのあるおっさんが二人の目の前に滑り込む。
おっさんとか言ってる時点で一人しかいないのだが。
「無視しないでよ! ねえ青年!」
「なんだおっさん、仕事はどうした」
「おっさん仕事してたわよ!? そうじゃないのよ! 青年さっき依頼所の前にいなかった!? スカートはいて!」
レイヴンを半目で見下ろしていたユーリが最後の言葉にいい笑顔になる。
「なんだっておっさん?」
「スリットの入ったロングスカート!」
「履けってか? 寝言は寝て言え」

天誅、と言いながらユーリのくりだした蹴りを避け、だって見たんだもん! とレイヴンは引く様子はない。
「黒のロングスカートにスリット! 斜め後ろ姿だけだけどあれは青年だったね!」
「他人だろ」
「俺様が青年の後姿見間違えるわけないじゃん!」
ユーリは軽く鼻を鳴らすと、持っていた荷物を隣にいたエステルの腕に押し付ける。
「悪ぃな、ちょっと持っててくれ」
「え?」
「おっさん、遺言の準備はいいか?」
愛刀に手をかけたユーリに、待ってよ! とレイヴンは首を横に振る。
「白昼夢じゃないって!」
「ちょっと荒療治だけどすぐよくなるからなおっさん」
「違うって! ほんとに見たんだってば! じゃあ今日はどこで何してたのよ!?」

今にも刀を抜きそうなほど殺気を放っているユーリの後ろで、エステルが首を傾げた。
「レイヴン、その話おかしいです」
「なんで?」
「だってユーリは朝からずっとわたしの買い物に付き合ってくれてたんです。朝は城の前で合流して、昼も市場の近くで摂りましたし、依頼所には近づいてもないです」
「…………マジ?」
「さて、幻覚を見るかわいそうなおっさんには矯正が必要だな」
「だって本当に見たんだもん!! そのサラサラロングは帝都でも二人といないのよ!?」
絶叫したレイヴンの言葉にユーリは眉を上げた。

「……おっさん」
「信じてくれた!?」
「よーく思いだしてほしいんだけど。そいつ、俺と同じ髪型だったんだな?」
「青年と同じ黒髪でサラサラで腰までのロング! 結ってもない!」
「服は黒っぽくてロングスカートだったんだな?」
「そう!」
「……ヒール履いてなかったか?」
「あ、履いてた」
「おっさん、それ見たのいつ?」
やっぱり青年なのね!? と叫んだレイヴンにユーリはにっこりとほほ笑んで顔を近づけた。

「いつか、って聞いてんだけど?」
「つ、ついさっき……後を追いかけようと思ったら見失って、それからすぐに青年見つけたから」
「ってことはこの辺にいるのか……」
こうしちゃいられねえ、と呟いてユーリは抜きかけていた刀を収めると、悪ぃなとエステルに一声かける。
「仕事中だけどちょっとだけ抜ける。また戻るからそれまでおっさんについててもらえ」
「え? え? は、はいです」
後には何が何だか分からないエステルとレイヴンが残された。





ついさっきとレイヴンは言った。
人込みをかき分けて進みつつ、ユーリは左右に目を配る。
人より背の高いユーリだったが、これだけごった返していると難しい。
しかし幸いにも探し人も人込みの中では目立つ存在であり――見つけるのにそれほど時間はかからなかった。

「何してるんだよっ」
捜し人の腕を掴んではなった第一声に、背中を向けていた相手が振り返る。
さらりと(レイヴン曰く帝都でも二人といないらしい)黒髪がなびき、明るい色の紫の目がユーリを見据えた。
「魔導器が世界からなくなって、不便になったんだけど」
平坦な声でそう言った相手に、だからなんだという顔をするとくすりと笑われた。
「その原因が騎士団と聞いて。よくよく調べてみると凛々の明星というギルドも一枚かんでいるみたいで」
「…………」
「騎士団長はフレンだというし、ギルドにはあんたが所属してたしで。気になって久しぶりに戻ってきたのだけど」
おかえりの一言もないの? と問われてユーリは溜息を吐いた。










血相を変えて(ようにみえた)飛んで行ったユーリを店の近くのカフェで待っていたエステルとレイヴンは、なんとなく何かを言い出し損ねて無言だった。
ユーリがあんなふうに余裕を失う行動をすることは珍しい。
「レイヴン」
「ん、なあに嬢ちゃん」
「本当にユーリじゃないと思うんです。見間違いじゃないです?」
「でも青年そのものだったわよ。ちらっと見えた顔立ちも青年にしか見えなかったし……そりゃ遠目だったけど」
「でもスカートって……女の人だったんじゃないです?」
「女の人でもあんな美人が帝都にいたら大騒ぎになるに決まってるでしょー」
「それは……そうです」

とはいえユーリが戻ってこないことには始まらないし、これ以上憶測も出てこなかった。
レイヴンはユーリにしか見えなかったと言うし、見ていないエステルには何とも言えない。
顔がよく似た人は何人かいるともいうし、その類なんだろうか。
しかしそうだとすればユーリがあんな反応を示すとも思えない――フレン似ならともかく。

カランカランと来客を告げるベルが鳴る。
「おっ、悪い。待たせたな」
スタスタとこちらへ近づいてくるユーリに、結果を聞こうと思ってエステルとレイヴンは顔を上げる。
「まったく君は、護衛をほっぽり出すなんて」
聞こえてくる小言はフレンの声だ。
「フレン! どうしたんです?」
驚いたエステルが目を丸くすると、仕事が片付いたものでと答えが返ってくる。
騎士団長の服ではなく、私服のようなラフな格好なので仕事で町に降りて来たわけではなさそうだ。
「っていうかなんで町にき、」
言いかけたレイヴンの言葉は遮られた。

「はじめまして」

「「!?」」
そして二人はユーリの後ろにいる人物に言葉を失った。


「おっさん、見たのこれだろ?」
ユーリがくいっと親指で指したのはどこからどう見てもユーリだった。スカートだけど。
流れる黒い髪も珍しい色の紫の目も、綺麗な目鼻立ちも瓜二つだ。
しかしこの距離から見れば――わずかな差異にも気付ける。
「あ……あれ……? じょ、女性?」
「スカートとヒールはいてりゃ普通女だろ……」
溜息を吐いたユーリの前で、エステルも目を白黒させている。
「あ、あれ、ユーリが二人……です? で、でもユーリは男性でこちらは女性で……」
「落ち着けエステル」

頭からぷしゅぷしゅと煙を出して二人が起動停止しているのを見かねて、フレンは苦笑しつつも二人の後ろにいた女性を改めて紹介した。
「紹介します。レーラ=ローウェルさん。ユーリのお母さんです」
「愚息共がお世話になってるそうで」
「フレンまで含めんのかよ……」

「「………………えぇぇぇぇぇ!?」」


ピッタリのタイミングで声をそろえてエステルとレイヴンは絶叫した。





***

やっちゃった。
後悔はない。

オフィシャルで「母親死亡」になってるけど、いたらどんな人なのかなー妄想。
ユーリにそっくりだといい。
年齢? 女性は永遠に20代なのだよ。