<初めては好きな人 >
男だけの、しかも成人した男のみでの夜――となれば当然そっち方面へと話は進むわけで。
「ねね、青年とフレンちゃんのハツタイケンっていつ?」
「下世話なお話大好き、とはばからないおっさんらしい話題の選択だ」
「はばかってなくないよ! はばかってるよ!」
酷いよ! と叫ぶレイヴンに、ユーリは氷の入ったピッチャーを掲げて笑顔で言った。
「おっさん酔ってるなら酔い冷まさせてやるぜ?」
「な、なんでそんなにムキになるのよ!? わかった、青年実はま」
「十五にはとっくに済んでるっつの」
「あ、こらユーリ!」
ガン、氷入りのピッチャーを投げられた。冷たい。
「本当に投げる!?」
「自業自得だ」
「ユーリ、なんてことするんだい」
上着をはたいて中に入った氷を必死に出しているレイヴンを見てユーリはひとしきり笑っていたが、ピッチャーの中身が全部出てしまったのでグラスに入れる分がなくなってしまった。
「なぁ」
「ユーリ、自分でやったんだろう。自分で取っておいでよ」
フレンに先読みされて釘を刺されてしまったため、軽く舌打ちしてユーリは氷を取りに部屋を出て行く。
「…………」
この時を逃さない手はないと、レイヴンは氷の片付けもそこそこに、フレンへとにじり寄った。
「で、フレンちゃんはどーよう」
「え、あ、あの……」
水を向ければ予想通りに顔を真っ赤にして口ごもったフレンに、レイヴンはにやにやと笑いを浮かべてフレンの肩を組む。
この手の話題に疎いのは日頃の会話からも知っているし、フレンがユーリ一筋であった事も知っているので、レイヴンとしては非常に絡みやすい。
「もしかしてフレンちゃん、まだ?」
「う……そ、その……」
へにゃりと眉尻を下げて泣きそうな顔をするフレンは大層可愛らしい。
ああこれはまだなんだろうなぁと半ば予想通りの反応に微笑ましく思いながら、レイヴンはフレンのグラスに更に酒を注ぐ。
「青年との初夜は?」
「……そ……それは……」
「あ、そっちはすでに体験済みなのね」
こくり、と顔を真っ赤にして、かすかに頷く反応が楽しくてたまらない。
これは青年が戻ってくる前に色々と聞きださなければとレイヴンは更に質問を重ねつつ、フレンに酒を勧める。
こういう時はお酒に頼るのが非常に効率がいい。
「あ、あの……おうかがいしても、いいでしょうか」
「うんうんなんでも聞いてちょうだい」
「……そ、その……やっぱり、初めてじゃない方がいいんでしょうか」
「……えーと?」
なんて言えばいいのか、と困り果てた表情をしたフレンから、推測したり頑張ってもらったりしながら話をまとめると、つまりはこういう事らしい。
長年の片恋が実り、初夜も済ませたのはいいけれど、受け手であるフレンは当然突っ込まれる側なわけで、それって童貞のままなのか、という。
「…………」
おじさんにはちょっと難しすぎる問題だったわと無理矢理気味に聞き出した手前言うに言えず、レイヴンはそうねぇと腕を組む。
一番手っ取り早いのは、このままにでもそのへんのお店に連れて行って以下略なわけだけれど、フレンはやっぱりユーリが相手がいいだろう。
としたら……。
「なんだ、一番簡単な方法があるじゃない」
指を鳴らしてレイヴンはフレンに向けてとびきりの笑顔を浮かべた。
「ユーリに突っ込めばいいのよ」
ちょうどその時ユーリが戻ってきた。
――ユーリは今でも忘れない。
屋敷の中で一番広い特等室に通されて、まさに据え膳な環境でお姉様方に正座させられ説教を受けたのを。
それはフレンを無理矢理娼館に連れて行った次の日の朝だった。
「ちょっとユーリ! あの子かわいそうじゃない!」
「俺が怒られるの!?」
「あんなに嫌がってるのを無理矢理なんて……あんた私達に人でなしになれっていうの!?」
「この年で童貞って時点でかわいそうだろうが!」
「人にはタイミングってもんがあるのよ! 無駄に早熟な自分と一緒にするもんじゃないわ!」
「無駄にとか言いやがった! つかあいつもう二十歳近いんだけど!?」
「年齢の問題じゃないのよ!」
「…………」
「しかもあの子、好きな相手がいるっていうじゃないの! しかもどう考えてもユーリ、あんたにしか思えないんだけど!」
「いや、それは」
「好きな相手にこんなところに連れてこられたあの子の気持ち、わかってるの!?」
「いや、それは親友としての」
「親友としてのだったら黙ってケツの穴くらい差し出してあげなさいな!」
「…………」
泣きたかった。無性に。
ユーリとしてはこれでフレンが少しでもまともな道に戻ってくれたらなぁと思って突っ込んだのに、逆にユーリがまともな道から外れろと言われるとは。しかも女性に。
軽いトラウマとして記憶されているその日の朝の出来事が、現実になろうとしているってどういうことですか。
これが夢であればいいのにと目頭を押さえつつ、ユーリは元凶を消してしまえばいいのだと、氷の入ったピッチャーに一緒に入っていたモノを取り出した。
「痛い! なにか刺さった!!」
「今度は根元まで突き刺す」
「アイスピックは氷を割るものであって人を刺すものじゃありません!!」
「あ、おかえりユーリ」
「おう」
アイスピックを手に黒いオーラを背負っているユーリがちょっとマジだと気付いたレイヴンは音を立ててフレンから離れた。