<その表情の意味は>


 
「はい飲め〜! おっさんももっと飲めー!!」
ケタケタと笑いながらレイヴンのグラスになみなみと酒を注いでいるユーリに、いい年のおっさんが泣きそうな顔をする。
「ちょ、青年正気……? これ四十度もあっておっさんには強すぎ、」
「あ〜ん? おっさんは俺の酒が飲めないってのか?」
「そういう意味じゃなくてね……! 強すぎるって言って」
「ほい、みんな、おっさんがイッキすんぞー!」
「せめて水割にして!?」

悲痛な叫び声を酒場に響かせたレイヴンだったが、右手に座っているのは飲ませようとしている超本人のユーリで、左手に座っているのは……
「……フレンちゃん、大丈夫?」
「はい、僕は大丈夫です」
「あの、同じお酒よね?」
「ですね?」
「……フレンちゃんもしかしてもんのすんごく強い?」
そうですか? と首を傾けるフレンの手の中にあるグラスには先ほどからずっと強い度数の酒が入っている。
それで顔色をほとんど変えないとはどれだけ強いのか。

「ほーら、おっさんのーちょっといいとこ見てみたい〜♪」
「やめて青年!?」
フレンに気を取られていた隙にコールが始まり、レイヴンはグラスを手に途方に暮れた。
なお、数秒後には腹をくくる羽目になる。





――当然、そんな飲み方をしたレイヴンは年甲斐もなくひっくり返ることとなり、彼が飲み干した量よりも飲んでいたであろうフレンはけろっとした顔で手を差し出してくれた。
真っ直ぐに歩くどころか立ち上がれる気もしなかったので、ありがたく頼ることにして店から出たはいいものの。

「うげろっ……」
「吐くだけ吐いた方がいいですよ。水飲みますか?」
「もらうわー……フレンちゃんごめんね〜」
冷たい水を飲み干して、レイヴンは眉を下げる。
飲み会は(店の客全部巻き込んで)まだ続いているのに、フレンはレイヴンに付き合って出てきてくれたのだ。
「おっさんはいいから、戻ったら? 青年まだいるし」
「いえ、部屋まで送っていきますよ」
「さすがにこれだけ吐いたら大丈夫よ。飲み足りないでしょ?」
「大丈夫です」

いつも通りの笑顔だったが、そこに有無を言わさない音を感じ取って、レイヴンは眉をひそめた。
「フレンちゃん、戻りたくないの?」
「……あ、あの」
「酒場嫌いだった? ごめんね〜」
「い、いえ、そんなことじゃなくて……僕もちょっと、酔いましたし」
しどろもどろになりながら、ぼそぼそ理由を述べたフレンの肩に置かせてもらっていた手にレイヴンは体重をかける。
「フレンちゃーん、どしたの?」
「レ、レイヴンた……さんに聞かせるようなことじゃ、ないので」
大丈夫ですよ、と言ったフレンが無理矢理笑っているようでレイヴンはどうにも引っかかったが、これ以上押しても何も言わないだろうと踏んで溜息を吐いた。

「おっさん頼られなくて寂しい」
「そ、そんなわけじゃないです! ただこれは、僕個人の問題で」
その、とかええと、とかぶつぶつ呟いてから、フレンは何かを思いついたようにぱっと顔を上げた。
「僕が自分で解決しないといけない問題なんです!」
「そーお? ならおっさんいいけどー」
酔っ払いの振りをして絡むのもかわいそうだったので、頭はそこそこ正常に戻ってきたレイヴンは肩をすくめた。

そもそもレイヴンが真っ当に戻っても、あの妙なハイテンションになったユーリの面倒もフレンが見なくてはいけないのだ。
そう思うと酒に強いのもいいこと尽くしではないだろう。
「青年が意外と弱かったわねー」
「ユーリ、は……」
何かを言いかけて口ごもったフレンの視線がまっすぐに酒場に向いていて、レイヴンはくすりと笑ってしまう。
「気になるなら様子見てきたら?」
「でも、レイヴンさんが」
「おっさん夜風にここで当たってるから。あ、水あったらお願い」
「は、はい」

空のコップを免罪符代わりに押し付けると、バタバタと店の中に戻っていく。
ただでさえ感情を殺すのは大して上手くないのに、その後ろ姿はちっとも感情を隠せていなくて、思わずレイブンは溜息を吐いた。
「あーもう、絡むのが申し訳ないくらいまっすぐなんだからねえ、フレンちゃんは」
さてもう一人の酔っ払いが出てくるまでここで寝ていようか、とか考えて横になってしまったあたり、レイヴンも結構酔いが醒めていない。


そのままふわふわした心地よさに浸っていると、唐突にぐいっと腕を引っ張られた。
「レイヴンさん、寝ちゃだめですよ、帰りましょう」
「あれえフレンちゃん……?」
腕を引っ張り上げたのは間違いなくフレンで、レイヴンは首をかしげる。
その横にユーリがいないからだ。帰ると言っても彼を置いていくわけにもいかない。
「青年はどしたのよ」
「ユーリ、は」
フレンが顔をわずかに動かした先には黒髪が揺れていて、青年大丈夫と言いかけたレイヴンの口が止まる。
「あ、おっさん。俺は遊んでくるから先に宿に戻っててくれや」
「えー、やだぁユーリ、遊びなのぉ?」
ひらひらと手を振るユーリの腕につかまっている女性が甘えるような口調で言い、言葉のあやだって、と笑って返す。

「じゃあおっさんをよろしくなフレン。あとラピードも」
「わかった。レイヴンさん、戻りましょう」
「え、ちょ……」
それ以上レイヴンが何か言う前に、フレンにずるずると引っ張られてしまう。
ユーリはすぐに踵を返して、闇の中に女性と二人で溶け込んでいく。

酔いはそれなりに回っていたはずなのに、今ので一気に醒めた。
前を足早に行くフレンの腕を掴み返して、レイヴンは引っ張って彼の歩みを止める。
「ちょ、フレンちゃん……」
いいの? と聞きかけた言葉にフレンは固い声を返す。
「いつものことですから」
「いつも?」
「二人で飲みに行っても、声をかけられたらユーリは女の人の方に行くから……だから、いつものことなんだ」
最後の方は自分に言い聞かせるように呟いたフレンは、苦笑いのような表情になりながら唇に指をあてる。
「皆さんには内緒にしてください。ユーリの悪い癖なんですけど」
「……フレンちゃん」
「僕は慣れてますけどね、エステリーゼ様とかショックを受けてしまわれるかもしれませんし」
隠してるユーリも悪いんですけど、と付け足したフレンの顔をまじまじ見て。レイヴンは思わずかすれた声を上げた。
「……大丈夫?」
「そんなに飲んでませんよ?」
「……うん……うん、そうだね」

言いたかった言葉を飲み込んで、レイヴンはフレンに預けている体重を増やす。
「おっさんもうげんかーい、早くもどりましょ〜」
「はい」
後少しですよ、とレイヴンを支えながら歩くフレンの横顔を見つつ、レイヴンは思わず言いそうになった言葉をどこに吐きだそうか困って、胸の内にしまっておくことにした。
フレンも指摘されても困るだろうし、他の誰かに言っても誰も幸せにはなれないだろう。


苦笑いの表情ではなくて、泣いているような表情だった、なんて。





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私の部活では恐怖のリレーイッキがあります。
皆の心を一つにして上手くやると、つぶしたいやつに集中的にコールを集めることができます、いっつ民主主義。

なんで私の中のユーリはこんなに最低なんだ。