<会いに来ないから会いに行く>



ここにくるのはどれだけぶりだろうか、と考えて、あの旅が終わってから一度もなかった事に気付いた時は本当に自分が情けなくなった。

本当は、会いにきちゃいけなかったのかもしれない。
中途半端な気持ちのままで会いに行くなとエステルにも言われたし(というか怒鳴られた)、いい機会じゃないかとユーリにも言われた。

だから、この扉を叩くのは気持ちの整理がついた時。
そう決めてここに来るまでに、あれから一ヶ月近く経とうとしていた。



来客を告げる音に扉を開けたリタは、酷く驚いた顔をしていた。



***



追い返されるかと思った突然の訪問はすんなりと受け入れてもらえて逆に拍子抜けした。
目の前に出されたお茶を見つめながら、さてここからどう切り出そうとレイヴンはすでに覚悟が萎みかけていた。
真正面に座っているリタは訪問の理由を尋ねる事もせず、平然とカップを傾けている。
これでいつも通りにつっかかってきてくれれば、自分だっていつも通りに――それでは本当に「いつも通り」だ。
こんな時にまでリタに頼ってはいけないだろう。
腹を決めて、レイヴンは口を開いた。

「リタっち、おっさん、リタっちに謝らないといけないことがあるんだよね」
「……そのためにわざわざ来たわけ?」
「うん。あのさ、前に会った時、リタっち「もう諦める」って言ったじゃない」
「……もう忘れたわよそんな昔のこと」
「おっさんね、てっきりそれを魔導器の寿命のことだと思ってたのよ」
「…………」
絶句、という言葉が正しく似合う様相でレイヴンを見たリタに、レイヴンは苦い笑みを浮かべる。
正しくこれは本当に謝るしかない「勘違い」だ。
自分の言った言葉の意味が正しく相手に伝わっていなかったと知ったリタの表情が除々に戻ってくる。
驚愕から、怒りへと。
「ばっっかじゃないの!?」
「はい、バカですすみません」
本当にユーリに言われた通り、リタの性格を考えればすぐに分かりそうなものだった。
負けず嫌いな少女が、殊魔導器に関しては特別に思い入れている彼女が、諦めるなんて口にするわけなかったのだ。
ではリタは何を諦めたのか。

「ねぇ、リタっちは何を諦めたの?」
「…………」
ぐっと唇を噛み締める姿が四ヶ月前の記憶と重なる。
問いかけの形を取ったのは失敗だった、と改めてレイヴンが口を開く前に、リタ自身が答えを口にした。
「おっさん」
「…………」
「もう、止めようと思ったの。こんなの何の結果も生まないし、あたしばっかり辛くて苦しくて惨めで、だからもう止めてやるって……」
突き放すような言葉はだんだんと力を失っていく。
俯いた顔は表情が見えなくて、膝の上で握り締められた拳は痛々しく震えていた。





四ヶ月前、もうメンテナンスがほとんど必要ないくらいまでに安定した魔導器の様子に、リタはずっと前から考えていた事を行動に移した。

リタはレイヴンが好きだった。
旅が終わった直後にした一度だけの告白はやんわりと避けられたけれど、それでも好きだった。
自分がレイヴンの好みとはかけ離れているのは分かっていたし、いつだって喧嘩腰のリタをレイヴンだって憎からず思うわけがない。
だからリタは考えて考えて考えて、そしてやっと決めたのだ。
魔導器がもうリタの手を離れても大丈夫だと確信した時、レイヴンへの恋を諦めようと。

「会わなきゃ大丈夫だって思ってた。だって、あたしが今までおっさんの所にいってたのは魔導器っていう理由があったわけで、それがなければ会いに行く理由もないんだもん。会わないで研究に没頭してれば忘れられるって思ってた」
「リタっち、もういいよ」
「よくない!」
震える声での告白を聞いていられなくて止めようとすると、高い悲鳴のような叫びで拒否された。
リタの震えは手だけでなく肩にまで及んでいて、拳はすっかり白くなっていた。
「よくない、よくないの……会ってないのに、気になって仕方なくて、会いたくて、でも理由がないから会いにだっていけないし、忘れようと、思ったのに……忘れるって……忘れるなんて……できるわけないじゃない」
ぽたり、と真っ白な拳に雫が落ちた。

「だって好きなんだもん……諦めたくなんてない……!!」



その言葉を聞いた時には、レイヴンはリタを自分の腕の中に抱えていた。
びくりと一際大きく震えた後、縮こまる体を抱きしめて、レイヴンはごめんね、と何度も謝った。
「ごめんね、おっさん、リタっちにそんな悲しい顔させたくて来たわけじゃないのよ」
「……っ、は、なして……」
「やだ」
「いらない……あたしの気持ち知ってるくせに……半端な優しさなんてほしくない……!!」
突っぱねようとする腕を、背中に回した腕に力を込める事で押さえ込んで、あらためて思う。

いつだってツンケンしながらも目一杯の好意を向けてくるリタに、レイヴンは甘えていた。
一度はその好意を跳ね除けたくせに、向けられ続ける好意に甘えて浸って、だけど何も返さない。
返すつもりがないならいっそ本当に切り捨ててしまえばよかったのに。
年齢差だとか過去だとか心臓代わりに埋まっている魔導器だとか、理由を適当につけてのらりくらりとかわし続けて、そうして手放されそうになった手を無理矢理掴んで引き戻すのだから本当に酷い大人だ。
だけど並べ立てた理由なんてリタは全部知っているわけで、それでも好きだと言ってくれている時点で障害なんてないに等しかったのだ。
ただレイヴンが逃げていただけの話。

「やだ……もう苦しいのも辛いのもやだ……」
顔を伏せているリタを引き寄せて、耳元へと口を近づける。
目を瞑って逸る魔導器の鼓動を感じながら、こんな思いをずっとリタにさせていたのかと情けなくなった。
「好きだよ」
ひ、と小さく息を呑む声が聞こえた。
「逃げててごめん。辛い思いさせてごめんな。こんなくたびれた中年だけど、まだ諦めてないってんなら、俺の残りの一生もらってください」
我ながら回りくどい言い方である。
けれどこれが精一杯なので許してください。
まさかこの歳になって本気で恋愛するとは思っていなかったので、どうしても防衛本能が先立ってしまうのです。

「……それ、告白のつもり?」
長い長い沈黙の後に、リタは緩められたレイヴンの腕の中でようやく顔を上げた。
体の震えは止まっていて、声も少しだけ掠れ気味ではあるけれど、口調はいつも通りだ。
目尻に残る涙の跡を拭いながらレイヴンは情けない笑みを作って答えた。
「えーっと……プロポーズのつもりデス」
「……やり直し」
「ええー? おっさんの精一杯よこれ」
「一世一代のイベントなんだから、もっと格好よく言いなさいよ」
やり直し、とレイヴンの腕をべしべし叩くリタはどこか楽しそうだ。

うんうん唸っているレイヴンの中からするりと抜けて、リタはすっかり冷めてしまったお茶を淹れ直すためにポットを手に持つ。
わきわきと寂しくなった両手で宙を掴みながら一生懸命考えているレイヴンを振り返った。
「ちゃんと考えなさいよ!」
「うぅ……」
「あたしが納得するまで何度でもダメ出しするからね」
「そしたらちゃんとOKしてくれる?」
「そしたら責任持って幸せにしてあげるわよ」
そう言ったリタはレイヴンが見たかった笑顔を浮かべていた。








***
降って湧いたレイリタ。
本当にレイヴンが酷い。


ユ「なんだおっさん戻ってきたのかよ」
レ「え」
ユ「結婚式の日取り決めるまで戻ってこなくていーぞ」
レ「Σ( ̄□ ̄|||)」
ユ「騎士団とギルドはフレンと俺に任せとけ☆」

☆☆☆

ユ「さってと、騎士団中に触れ回るとすっか」
エ「そうですね。「シュヴァーン隊長、ロリコン結婚」って大々的に垂れ幕を作らないとです」
ジ「いいわね、作るの手伝うわ」
カ「……エステルの背中にないはずの黒い羽根が見えるよ」