<18×25>

※時間軸はここでぶった切られるパラレルです



コンコン、と規則正しいノックの音がする。
そんな音を立てて扉を叩くのはこの下町にはいない。
適当に叩いて開けてくるのが常なはずなのに、それは礼儀正しく響いた後、返事を待つようにただ沈黙した。
(あいつか……いや、まさかな)
脳裏に浮かんだのはたった一人で、でも彼だとは思えなかった。
いったいなんだと思いながらも、ユーリは扉を開ける。

「なんだよこんな時間……に……?」
目の前にいたのは輝く金の色。
そこらにはまずいないその色をユーリが間違えるはずもなかったし、髪の色だけじゃなくてその雰囲気も目の色も間違えるはずもない。
はずもないけど――なんだろうこの違和感は。

「お前……フレン、だ、よな?」
着ているものが違う。表情が、雰囲気が違う。
そんなに長く会っていないわけじゃないはずなのに、ぐっと大人びたようにしか見えない親友にユーリは言葉を詰まらせる。
「そうだよユーリ。僕はフレンだ」
気付いてくれて嬉しい、と笑った顔はいつものフレンの表情でちょっとほっとする。
「僕はね、未来のフレンなんだよ」
「……は?」
唐突に電波な事を言われても理解できなかったが、なるほどそれで年上に見えるのかとどこか納得してユーリは一歩引いた。
とりあえず外は寒い。相手がフレンだろうか違おうが入り口で話している必要もないだろう。
「まあ……とりあえず中に入れよ、寒いだろ」

くすり、と彼が笑う。
その笑顔はフレンの笑顔だ。間違いない。
「ふふふ」
「なんだよ」
騎士団を出る前は怒ったような彼の顔しか見ていなかったので、笑ってる顔を見るのは嫌ではないけれど。
何に対して笑っているのかよくわからなくて、ユーリは聞き返す。
それに彼は笑うのを隠さず答えた。
「ユーリはかっこいいなって思って」
「はあ?」
「昔から、ユーリは優しくてかっこいいよね」
「……おまえ、なあ」

するりと部屋に入ってきた彼は楽しそうに繰り返すと、ふっと真顔に戻ってじっとユーリを見つめる。
その目は知っている。
言いたいことを堪えて、どう伝えようか考えている目だ。
「ユーリ」
「なんだよ」
勤めて平静を装って返すと、うん、と小さく頷いて彼は言う。
「ごめんね」
「は?」
「僕、知らなかったんだ。ユーリがずっと、僕の気持ち知ってたこと」
「……え」
「なのに僕は一人でずっと悩んで、君がわかってくれないって腹を立てて。ちゃんと言えばよかった、君は受け止めてくれたのに」
ごめんね、ごめん。
繰り返した彼は視線をだんだんと伏せていく。

「嫌いに、ならないであげて。昔の僕も、君のこと、すごく」
そこで言葉に詰まった彼を唖然として見返してから、ユーリはちょっと笑った。
「馬鹿だなフレン」
「ば、ばかって……君ね」
「俺はお前のこと嫌いになったりしねぇよ」
「今の、君もそう言ってくれるのかい」

その声が少し震えていて、ユーリは舌打ちをした。
ユーリがずっと知っていたことを知っているのなら、きっとフレンは一度はその気持ちを伝えているのだろう。
そうでなければ自分はずっとフレンの気持ちには気付かない振りをしていたのだろうから。
そしてユーリはこの先ずっとフレンへの感情が何か別のものになるのはともかくとして、友情以下のものになるなんて考える事すらできない。

「お前、俺に言ったんだろうが」
「言ったよ」
「俺は嫌いになったなんて言ったか?」
「言ってないけど……」
ぼそぼそと答えた彼につかつかと歩み寄って、ユーリはペチンとその白い頬に手を添える。
「俺はお前を嫌いになったりなんかしない。絶対に」
「ユーリ……」
「お前を嫌いになったって俺が言ったら俺がぶん殴りに行ってやる」
「い、言ってること無茶苦茶だよユーリ……」
泣いているような笑っているような顔になった彼の眦に差した赤が色っぽくて、思わずユーリは生唾を飲み込んだ。

クソ真面目な親友を綺麗だと思うことは多々あっても、色っぽいと思ったことなんかなかった。
フレンは生真面目でストイックで、その有り様が外面にまでにじんでいたから。
未来の何が――彼を変えたのだろう。
「お前、変わったな」
思ったことをそのまま言ってみると、彼はくすりと笑った。
「ユーリのせいだよ」
「俺の?」
「うん。ねえユーリ、聞いてくれる?」

親友の未来の姿だと言う彼は、半歩進んで顔を近づけて、照れくさそうな笑顔で言った。
「僕はずっとずっと、十二の時から君に恋しているよ」
思わず逆算して年数に驚いているユーリが何か返す前に、だからねと続けた。

「僕が君を好きって言うまで、もうちょっとだけ待っててくれる?」





***
どっちにしろフレンは馬鹿だなって言われるみたい。なんだそれ。
7歳差もあればフレンが攻めっぽくなるかと危惧したけどそんなこと全然なかった。