<25×18>
※時間軸はここでぶった切られるパラレルです
ユーリはバカだ。
口の中で呟いてフレンはこつりと窓枠に額を当てた。
あてがわれた部屋は個室だった。
ユーリがいれば二人部屋だったのかもしれないけど、彼は騎士団を出て行ってしまっているから、フレンしかいない。
「さむいよ、ユーリ……」
呟いて頬を涙が流れた。
誰も見ていないのだから構いやしないだろう。
「……ユーリ、ユーリ」
馬鹿みたいに名前を呼んで、フレンはその場にうずくまった。
好きだ。
そんなことも言えないくらい好きで、苦しい。
自由奔放なユーリ、自分の信念には真っ直ぐなユーリ。
適当で大ざっぱだけど、大切なものには真摯に向き合うユーリ。
ずっとずっと大好きだった。きっとこれからも好きなんだろう。
そんなことがわかってしまうから余計にフレンは苦しくなる。
忘れられない、ふっきれない。
ずっと僕はこんな思いをするんだろうか。
「ユーリ、ユーリ」
泣いても彼は来てくれない。
きっと今頃下町に戻って、みんなの中で笑っているのだと思う。
僕はここに一人なのに。
(君がそばにいてくれないから寂しくて死にそうだ)
気付いてほしくて、でも気付かないでほしい。
「ユーリ」
でもやっぱりそばにいてほしい。
どうして泣いてるんだと聞いてほしい。理由は話さなくても慰めてほしい。
「ユーリ、っく、うっ」
「なんだ、本当に泣き虫だなお前は」
「……っ!?」
一瞬、幻聴かと思った。
それほどクリアに響いた知っている声は、フレンの聞きたかったものだったから。
「しかも俺の名前呼びながら泣きやがって……まあ無視してた俺も悪ぃか」
扉にもたれかかっていたのは――
「…………ゆー、り?」
「なんだその顔は……ああ、そか」
笑った彼は「ユーリ」だった。
つややかな黒い髪も、深い色の瞳も、余裕たっぷりのその笑顔も、「ユーリ」だった。
でもそれは「ユーリ」ではあり得なくて、フレンは目を見開いて声をひきつらせる。
「君は……だ、れ」
「ユーリだ」
「う……そだ」
「嘘じゃねぇよ。ユーリ=ローウェルだ……ま、ちょっとばかし年は食ったけどな」
座りこんでいるフレンに合わせてしゃがみこんだ彼は、大好きな笑顔で顔を覗き込んでくる。
その表情が好きだ。
ドクンと胸が熱くなって、慌ててフレンは目を伏せる。
「くくっ」
「な、なんで笑う……」
思わずいつものように突っかかると、あはははっと声に出して笑った彼はぽん、とフレンの頭を撫でた。
「やっぱ可愛いなお前は」
「な……なん、な」
フレンの知るユーリはそんなこと言わない。
幼馴染で親友に「可愛い」なんて言うわけない。
顔を真っ赤にしてフレンがあたふたしていると、するりと頬を包み込まれる。
「っ!」
フレンの知るユーリよりその手は大きい気がする。
けれど同じに温かくて、うっかりまた涙が流れそうになる。
「悪かったな、フレン」
「な……に、を」
「俺がバカでガキだったから、お前をこんなに泣かせた」
「なに、を、いって」
「マジで、悪かったなフレン」
そう言った彼の顔は酷く辛そうで痛そうで、それはフレンの知るユーリではなかったのだけど、思わず首を横に振る。
「ちが……ちがう」
「違わねぇよ。俺は……お前が泣いてること、知ってたのに。放置してた」
「え」
「お前が俺のこと好きで、でも諦められなくて、泣いて苦しんで、気付かれまいとしてたこと俺は知ってた」
「……え?」
知ってた?
ユーリは僕が彼を好きなことを知ってた?
その言葉が頭をぐるぐるして何も考えられない。
「お前の気持ちを断ってお前が離れていくのは嫌で、でもお前に応える勇気もなくて。青いにしても程があるってんだ」
苦く呟いた彼は、茫然としているフレンの顔を両手で包みこむ。
近くにあるその顔は確かにユーリで、けれどその表情は苦しげなもので。
それがどうしても、どうしても嫌で、フレンは震える指先を彼の頬に伸ばす。
「いや……だ」
「フレン?」
「そんな顔、するのはいやだ……ユーリには、あなたがユーリでもそうじゃなくても、ユーリの顔には、笑っててほしいんだ……」
一瞬目を見開いた彼の顔はフレンの知るユーリにそっくりだった。
それからくしゃりとなんだか泣いているような笑っているような顔になって、ユーリと同じ色の瞳が揺らいで、伏せられる。
「……っ、おっまえ、ほんとにっ……」
「なんっ……っ!?」
いきなり息もできないほど強く抱きしめられて、フレンの肺から空気が押し出される。
そうでなくともこの状況に息を忘れるほど混乱していた。
「可愛い奴」
耳元で低い声で呟かれて、びくりと体が跳ねる。
きっと首まで真っ赤になっているんだろうと思いながら、ぎゅっと目を閉じた。
「お前ほんとに、俺のことばっかりだな、馬鹿フレン」
「ば……ばかって……」
あまりの言われようにフレンは憮然としてから、少し緩んだ抱擁の中で体を動かす。
失礼なことを言って来た彼の顔を睨みつけてやると、嬉しそうな笑顔があった。
「……っ」
ユーリじゃないけど、彼はユーリなんだ。
それがすとんと胸の中におちてきて、フレンの顔の温度が上昇する。
だってとても近い。
ユーリはユーリなのか、とても無防備にその距離は近いのだ。
「ばか、は酷いよユーリ」
「だってホントのことだからな。お前はいつも俺のことばっかり気にしてる」
ちょっとは自分のことも気にしろよ、といつものユーリの口調で言われて、フレンは思わず言い返す。
「だって、君はいつも人のことばかりで自分のことや、心配してる僕のことなんか」
「え」
きょとんとした彼の顔に、秘めておこうと思った言葉を言ってしまったことに気付いてフレンは真っ青になると思わず立ち上がろうとした。
けれど、まだ体をゆるく抱きしめられていたのでよろける。
「……っ!! わ、忘れて!」
よろけるついでに彼の胸に飛び込む格好になってしまって、それも恥ずかしくて大声で怒鳴ると、上から笑い声が降ってきた。
「やだ」
「ゆ、ユーリっ!」
「お前のそんな可愛いセリフ、絶対忘れてやんねー」
尚もくすくす笑う彼を睨みつけてやろうと思って顔をあげたけれど、見下ろしてきていた顔はからかっているものではなかった。
「か、かわいいって……きみ、ね……」
(……あ、れ)
体が動かない。
ユーリの目の色は同じはずなのに、魅入られたように動けない。
ゾクゾクと背中に走った感覚が何なのかフレンにはわからない。
「こんなお前知らなかったんて、もったいねぇ」
「ゆー、り?」
かろうじてなんとか名前を呼んだフレンの唇にゆっくりと指が走る。
感じたことのない感覚にびくりと体が跳ねて茫然としているフレンにもっと顔が近づく。
さらり、と黒髪がフレンの喉に触れる。
息がかかる距離にある彼に、心臓の早鐘が止まらない。
これはユーリじゃないけど、けれどこれはユーリで。
「なあ、フレン」
静かに聞いてきたその声色は聞いたことがない色だった。
「キスしていい?」
***
ユーリさん(25)がフレン君(18)を襲ってみたりする。
ユーリ(25)はフレンとの仲も進展・発展し落ち着いているので色いろ余裕綽々、あとエロオヤジ。