<ホットチョコレートのレシピ>


 
甘ったるい幸せにぱくつきながら、ユーリはふと視線を上げる。
先ほどまで会話をしていたフレンも片手にパウンドケーキを持ったまま首を傾げた。
「なに?」
「いや、ふと思ったんだけどさ」

先ほどフレンの可愛い八年間のバレンタインの遍歴を知ったところだったが、一つ気になることがあった。
同性の親友にチョコレートなんて渡せないフレンがユーリに毎年くれていたのは、甘いホットチョコレート。
毎年毎年ユーリはそれを何の疑いもなく飲んでいたのだが――

フレンはアレンジ好きだ。
そして極度の味音痴でもある、というか美味しいものは美味しいくせに一部の不味いものも美味しいと思ってしまう謎の味覚を持っている。
そんな彼が作る料理は「見かけは一流中身は異次元」というのがいつものことだ。
さすがに飲み物に小細工の余地はないため、お茶を入れるのはむしろ抜群に上手いし、ホットチョコレートもその延長線だと思い何の疑いもなく飲んでいた。
だがしかし、しかしである。
年に一度、本命へのバレンタインチョコレートにフレンが気合いを入れないはずもない。
そしてフレンが気合いを入れれば入れただけ、その手から生まれる食べ物は未知の境地へ食べた物を誘うのだ。

――手っ取り早く言うとこういうことになる。
八年間よく無事だったな俺。

「ずっと同じ味だったなと思って」
まさか「お前よく殺人アレンジしなかったな」とも言えず、ユーリが適当に言葉を濁して問うと、フレンはばっと頬を染める。
何その可愛い反応?
「あ、あれはねっ……あれは」
あーとかうーとかもごもご口の中で呟いてから、フレンはちらっとユーリへ視線を送る。
「わ、笑わないでくれよ……?」
「大丈夫だ」
むしろ殺人的に可愛いお前をどうにかしたい、とか腹の中では考えながらユーリは無言で先を促す。

「ユーリ、ホットチョコレート飲みたがってただろ? ほら、もうないけど、市民街にあったお店の」
「……ああ」
言われて思い出したのは小さな店のことだった。
老夫婦がやっていたその喫茶店は市民街のちょっと奥まったところにあって、隠れ家のような雰囲気だった。
家庭的な簡単な料理や素朴なお菓子を扱っていた喫茶店は、大繁盛とはいわないけど常連客がよく通う店だった。
そこの老夫婦は下町出身のユーリ達を可愛がってくれていて、夕方以降に行くと定価よりずっと安いお金で、その日余りそうなものを食べさせてくれた。
そこの味はユーリもフレンもよく覚えていて、ユーリの作る菓子の味はそこの喫茶店のとよく似ている。

けれどホットチョコレートは余るものでもなかったので、飲めたことはなかった。
メニューにはあるそれを飲みたいとユーリは思っていたけど、それを頼むほど子供ではなかった。
「あのお店なくなる時に、お願いしたんだ。レシピ教えてくださいって」
店がなくなったのは何年前だったか。確か二人が十代になった頃だったはずだ。
もう最後だよと寂しげに微笑んだ老夫婦の顔はよく覚えている。

「いつか、ユーリに作ってあげたくて」
ぼんやりと過去を思い出していたところに投げ込まれた言葉に、ユーリは目を見開く。
「俺のために?」
「僕は、君の喜ぶ顔が見たかったんだよ」
当然のことのように言ったフレンは、青の目をまたたかせて「もしかして、美味しくなかった?」と尋ねる。
そんなことはまったくなかったので首を横に振ると、よかったと顔をほころばせた。
「ユーリが気に入ってくれてたなら、嬉しい。また作るね」
ふわりと笑った表情に、ユーリの頬にも朱が差す。

「……あー……」
溜息を吐いて顔を覆うと、食べ過ぎで胸やけでもしたんじゃないかと笑われる。
「……確かに胸やけしたかもな」
「そらみろ。ユーリは一度に食べ過ぎだよ、せっかくなんだからもっとゆっくり――」
得意げな顔で説教を始めたフレンの頬に手を伸ばして、するりとなでるとピクリと肩を動かして固まる。
「お前に」
「え、ぼ、僕?」
「マジお前甘すぎ」
「ユーリのほうが甘い匂いだけど」
「匂いじゃねぇよ。分かんないならもう黙ってろ」

む、とした顔になったフレンの唇を少し強引に奪ってから、ユーリはにやりと笑った。
「胸やけしてもちゃんと食べるから安心しろよ?」
「き、みね……」
真っ赤になって口をはくはくさせていたフレンは、「どっちが甘いんだよ」とだけ言ってからユーリの髪の毛に指をからめた。





***
らぶらぶを書こうとするとユーリが変態になった。

フレン君は無自覚に甘ったるいからいけない。
ユーリ君は意図的に甘ったるいからいけない。