<バレンタインの遍歴>


 
ユーリは毎年この日は上機嫌だった。
なにせ街中が甘い匂いで包まれるのだから、甘党のユーリの機嫌が悪くなるわけがない。
バレンタインデーと呼ばれるこの日を作ってくれたどこかの誰か万歳、と思いながらユーリは街中を歩く。
手にはチョコの包みが沢山詰め込まれた袋を持っていた。これもまた幸せの重み。



渡す物があるからギルドまで来いと言われて行ったら、連名だと大きめのチョコの包みを渡された。
「パティからは別にもらったんでしょう?」
「ん、ああ。昨日宅配で届いた」
「これは私とエステルとリタからよ。今日は二人とも都合が合わないから代表で渡してくれって言われたの」
「リタこっちきてんのか」
「そりゃそうよ。バレンタインだもの、恋人と一緒に甘い時を過ごすのが定番でしょ?」
小首を傾げて言われてしまい、ああそうかとユーリは遅ればせながら納得した。
「表向きはエステルと友チョコの交換をするって言ってたけどね。本命が誰かなんて丸分かりだわ」
「相変わらず意地っぱりだな……」
まったくね、と笑うジュディスから視線を横にずらして、ユーリは「ところで」と一応尋ねる事にした。
「我らがギルド長はどうしたんですかね……」
「チョコが届くかどうか気が気じゃないみたいね」
「今日チョコが……くる……こない……こないかなぁ……くるといいなぁ……きてほしいなぁ……」
ぶつぶつと椅子の上で膝を抱えて呟いているカロルはなんていうか、怖い。
カロルがこうなっている相手はナンだろうが、時刻はまだ昼を少し回ったくらいだからそこまで切羽詰らなくてもいいんじゃないだろうかと思わなくもない。
「恋する乙女も大変だけど、恋する男の子も大変よねぇ……ユーリは大丈夫なの?」
「へ? 俺?」
「フレンからもうチョコはもらえたの?」
いきなりの発言に虚を突かれたユーリの反応に、ジュディスは頬杖をついて笑みを浮かべた。
さっきよりもかなりにやついた笑みを。
「まだもらってなさそうね? その割に随分と自信があるみたいだけど」
「自信も何もあいつ男だろ?」
「あら、バレンタインは女性が男性に送るだけじゃないわよ。最近じゃ友達同士や男性から渡すのだってあるんだし」
もらえるといいわねぇ、と言うジュディスは物凄く意地悪そうに見えた。





ギルドを出て、下町をぐるりと回って(チョコを回収し)自宅状態な宿屋の二階へ戻ると、一人暮らしのはずなのにユーリを出迎える声がした。
「おかえり」
「ただいま。来てたのか」
ベッドに腰掛けてラピードを構っていたフレンがユーリの持つ袋を袋を見てしみじみと息を吐く。
「相変わらず凄いね、その数」
「おう」
どさ、と音がしそうなほど膨れ上がった袋を机の上に置き、ユーリは外に出していたせいで随分と冷えた手を摩りながら、思いついた言葉を悪戯っぽく尋ねた。
「お前、妬かねぇのな」
「それだけ嬉しそうな君からチョコを奪えるほど僕は酷い男じゃないよ……」
奪ってほしいならするけど、と手をわきわきと動かすフレンに、ユーリは慌ててチョコの包みを抱きかかえた。
その様子におかしそうに笑って、フレンはベッドから腰をあげてキッチンに立った。
戻ってきたユーリに何か入れてくれるつもりらしい。
「……俺、そこまで嬉しそうか?」
「うん、ユーリって甘いもの関連だと感情だだ漏れだよね」
「…………」
俺はそこまで分かりやすい男だろうか。
チョコの山を目の前にちょっと真剣に考えていたユーリの前に、コトンとマグカップが置かれた。

立ち上る匂いと色に、ユーリは目を瞬かせる。
「紅茶?」
冬場、フレンが基本的に淹れてくれるのはユーリの好みを考慮してか圧倒的にココアが多かったので、てっきりそれが出てくると思っていたので。
別に紅茶が嫌というわけではないが、少し意外そうに返したユーリにフレンは呆れ顔だ。
「チョコを食べるのに甘いものはさすがにどうかと思うよ」
「……まあ、たしかに」
頷きながら、あれ、と思う。
なんだか頭の端の方でちりっと何かが掠めた。
なんだかこの時期、甘いものを甘いもので食べていたような……。

「あと……これ」
ぽん、と追加でマグカップの横に置かれた包みにユーリは思考を中断もとい停止させた。
薄い水色の箱に白いリボンのラッピング。
角までぴしっと折られたそれは手作りではないとは思うが、今日この日に渡される包みといえばチョコ以外にはないだろう。
確認とばかりにフレンに視線をやれば、彼は顔を真っ赤にして椅子に座り込むところだった。
「せ、せっかくだから……その……」
「あー……うん、サンキュ」
視線を逸らして言うフレンに、ユーリは妙に気恥ずかしくなって口元を覆った。
今日一日で少女から年配の女性から、それこそ顔を真っ赤にした同じ年くらいの女性までからチョコをもらったが、こんなにこっぱずかしくなったのはこれが初めてだ。
「忙しくて手作りはできなかったんだけど……」
「いや、十分に嬉しい」
「来年は頑張るね」
「…………」
頑張らなくていいと言うにはあまりにフレンが必死なものだから、ユーリは心の中だけで来年も騎士団が忙しくありますようにと祈った。
チョコは基本溶かして固めるだけだが、中に入れるもののバリエーションはかなり富んでいる。
そしてフレンは凝り出すと、おそらくとんでもないものを突っ込むに違いない。
チョコはシンプルに限る。
シンプル・イズ・ザ・ベストだ。

ややテンションが落ち着いたので、ユーリはフレンからもらったチョコから食べる事にした。
包みを丁寧にほどくなんて面倒でやらないので適当に破いていくのを、フレンは嬉しそうに見ている。
「……嬉しそうだな?」
「堂々と渡せるのは初めてだからね」
「?」
堂々と渡すのは初めてという事は、こっそりは渡した事があるという事だろうか?
けどフレンからもらったのは記憶の中でも今年が最初だし……手渡しもされず名前もなしに置かれたチョコはさすがに何が入っているか怖くてさすがのユーリも口をつけた事はない。
なんだかもやもやしたものを抱えつつ、ユーリはチョコで粘ついた口内を潤すために紅茶を口に入れて。

――甘いものを甘いもので。

「あ!」
いきなり大声をあげたユーリに、フレンはびくりと肩を震わせた。
「な、なんだい、いきなり」
「お前、もしかしてこっそりって……これか?」
チンチン、と爪先でマグカップを鳴らして示してみせると、フレンの顔がたちまち赤くなった。


答えを言うと、フレンは毎年この日になるとユーリの下宿先を訪れて、ユーリのチョコの数と幸せそうな表情に笑って、そしてその日だけココアでもなくホットチョコレートを淹れていたのだ。
ユーリは今までちっとも気付いていなかったが。
それが、今年からは真正面から渡せるからその必要もなくなって、紅茶に変わったと。

いじましい、とかこっそりしすぎだろ、とか色々とうずまく思考回路から出た言葉は簡潔だった。
「いつからだ?」
「え。えーっと……たぶん、八年くらい?」
「…………」
つまり八年間、こっそりフレンはユーリにバレンタインのチョコを渡していて、ユーリは何も知らずに受け取っていたわけだ。
当然なんのお返しもなしに。
「フレン、来月何がいい?」
「え?」
「八年分、まとめて返す」
「い、いいよ。僕が自己満足でやってたことなんだから……!」
「知っちまってはいそうですかって忘れられるかよ。もらったら三倍返しが基本なんだろバレンタインは」
「……じゃあ、来月、ホワイトデー、ギルドの仕事休んで……?」
控えめに言われてユーリは分かった、と即答した。
「で、どうすりゃいい?」
「来月まで考える……」
自分の分のマグカップを抱えて必死に何かを考えているフレンを可愛いなぁなどと思ってしまって、照れ隠しにユーリは箱に残っていた最後の一個を口に放り投げた。





***
ちなみに作中で出せなかったのですがフレンのもらったチョコについて。
@ユーリと半分こ(ユーリ喜びそうですが通常フレンとしては想いのこもったものをもらったのに人にあげるのはどーよとなりそう)
A断る(通常フレンならするでしょうね。ヤンデレフレンもするかもしれませんね)
B捨てた(ぶっちゃけこれが一番ありえそうだと思いました。どさどさっとチョコを捨てる時のフレンの表情を想像するとVDの甘い空気がぶっ飛びます)