<あなただけに愛をこめて>
「今度、騎士団で料理をふるまうことになったんだ」
フレンのその一言に、ユーリは騎士団は集団自殺でも決行するつもりかと思った。
ついで、騎士団が機能しなくなったら俺達の仕事が増えるなぁ面倒だなぁと考えた。
そしてユーリはゆっくりと口を開いた。
「……なんでそんなことになったんだ?」
「いつも皆には助けられているからね、何か僕にできることはないだろうかと尋ねたら、一度僕の手料理を食べてみたいと言われてね」
そんな、人にふるまえるほどのものでもないと思うんだけど、と照れ笑いを浮かべるフレンはそれでも嬉しそうだ。
もともと料理は好きだし、人に喜んでもらえる事をするのも好きだから、手料理を食べたいと他ならぬ可愛い部下達に言われれば悪い気はしないに違いない。
そして。
「それでねユーリ。相談なんだけど、何を作ったらいいだろうか」
「…………」
えてしてフレンが張り切るほどに、彼の料理は兵器へと近づくのだ。
レシピに忠実に作りさえすればプロのシェフも裸足で逃げ出すほどの料理を作れるくせに、張り切って手を加えると途端にそれは世界を恐怖に陥れる劇物へと姿を変える。
もちろんそれを本人は知らない。
一番フレンの料理の威力を知っているユーリがまず指摘をしないし、彼の料理を口にして犠牲になった者達も、誰一人フレンに真実を告げなかった。告げられなかった。
だってフレンが笑うのだ。
「美味しいって言ってくれるかな。美味しいっていってもらえるといいな。頑張って僕作ったよ」と訴えかけるような純粋な眼差しと笑みを向けられて、誰が「これ食えたもんじゃねぇよ」なんて冷酷な言葉をかけられようか。
そうした結果が今のフレンであるのだけれど、一番の被害者であるユーリは後悔はしていない。
あのフレンの笑みを曇らせるくらいならば、いくらでも胃薬のお世話になろうではないか。
だがしかし、今回は規模が少し大きすぎる。
フレンの手料理とならば、あのフレンファンクラブ状態な騎士団のほとんど(下町出身の同期――つまりフレンの手料理の真髄を知っている連中――は来ないだろう。間違いなく)が押し寄せるに違いない。
間違いなく半壊する。騎士団が崩壊する。しかも内側から。他ならぬ団長の手によって。
なんだ、アレクセイの再来か。
そこでふとユーリは恐ろしい可能性に気付いて尋ねた。
「なぁフレン、そこにヨーデルとかエステルもくるのか?」
「まさか。お二人ともお忙しいんだよ。それに僕の料理は舌に合わないだろう。だいたい、今回は騎士団の内々でやる慰労会のようなものなんだから」
「……そ、そうか」
よかった、とりあえず国自体の存亡はなくなった。
まさかここまできてフレンを国王殺しの罪人にはしたくない。
心の底から安堵の息を吐いたユーリは、当初の問題へと改めて取りかかる。
普段から気に食わない連中ではあるがおいそれと見捨てるのも目覚めが悪い。
しかし張り切っているフレンに「レシピ通りに作れ。じゃなきゃ作るな」なんて言うわけにも――。
「ユーリ。ユーリってば」
「……あ、ああ」
「どうしたんだいぼーっとして」
「悪い……」
考えていた事を言うわけにもいかず、ユーリは気まずげに頬をかいて視線を逸らす。
ことりと首を傾げたフレンは、瞬きをして「もしかして」と呟いた。
「もしかしてユーリ……僕が……」
「ん?」
「あ、いや。なんでもない。……まさかね」
聞き取れずに聞き返したユーリにフレンはぱたぱたと手を振って笑う。
少しだけ顔が赤い。
「なあフレン」
「な、なんだい」
「俺も当日食いに行っていいか?」
「だめだよ、ユーリは騎士団じゃないだろ」
「いーじゃん。あいつらがどんな顔してフレンの料理食うか見てみてーし」
「どんな顔って……だめなものはだめ。君達すぐにケンカになるんだから」
それはあいつらが一方的につっかかってくるだけだっての、と反論しながら、ユーリは心に決めていた。
気に食わないがしかたがない。
今回ばかりは手を貸そう。
そして当日。
「……来るなって言ったのに」
「手伝いだって、手伝い。な、おっさん」
「そうそう。沢山の人をもてなすんだから、雑用は必要でしょ〜」
「そんな、隊長に手伝っていただくなんて!」
ユーリに対してむくれていた表情が、レイヴン相手だととたんに変わる。
それは少々面白くなかったが、まぁ今回レイヴンは人手として連れてきたのだ。
……一人前の量は少ないにこしたことはない。
「なんで俺まで連れてこられるのかしらね〜」
「おっさんはまだフレンの飯に耐性あっからな」
「ないよ! おっさんもう老体なんだよ!? 労わってよ!!」
レイヴンの悲痛な小声での叫びは華麗に無視して、ユーリは並べられた机に水を入れたコップを人数分置いていく。
やっぱりというか案の定というか、騎士団のほとんどの者がフレンの手料理食事会への参加を希望したようで、食堂は予約で満員御礼だ。
水はコップになみなみと。水差しを置く間隔はやや短めにして、個数を増やす。
そして、コップの横には白い錠剤をひとつずつ。
「ユーリ、それはなんだい?」
「胃薬」
「……そんなに僕の料理の腕が信用ないのかい?」
少し不機嫌そうな声に、違ぇよ、とユーリはあらかじめ用意しておいた理由を返した。
「食べ過ぎてダウンなんて騎士として恥ずかしいだろ?」
「……ユーリは本当によく口が回るんだから」
まったく、とフレンは照れ隠しのようにくるくると鍋の中身を掻き混ぜる。
寸胴鍋に入っているのはビーフシチューだ。
色々悩んだ結果、個数で作らなくていいシチューを選んだらしい。肉料理なのはフレンの好みか体力仕事な部下を思ってか。
とりあえずフレンの了解を得たユーリは、錠剤を全ての位置に置き終えて、部屋の端にちゃんと用意された自分の席へと戻る。
すると、こそこそとレイヴンが寄ってきた。
「胃薬まで用意してあげちゃって、優しいねぇ青年は」
「ここで騎士団が壊滅されると困るだろ」
「……そうね。でも、今日のフレンちゃんの料理が必ずしも失敗するとは限らないじゃない? 成功した時は絶品なんだし」
「あれだけ張り切ってるフレンが、レシピに忠実に作ってると思うか?」
「……思えないわね」
「覚悟を決めとけおっさん」
「……青年、先に一粒ちょうだいな」
がっくりと肩を落として、レイヴンも胃薬を求めてきた。
やがて、がやがやと騎士達が食堂へと入ってくる。
食堂に満ちる食欲をくすぐる匂いと、エプロンをつけて料理を作っているフレンを見つけて顔を緩ませ、その後ろに席を置くユーリを見つけて不愉快そうに眉を寄せ、その隣にいるレイヴンを見て表情を引き締める。
入ってくる連中全てが同じ行動をするものだから、見ている方は面白くてしかたがない。
最後の方にやってきたソディアはユーリを見つけて今にもかみつかんばかりだったけれど、フレンがいる目の前で喧嘩をふっかけるのは踏みとどまったらしい。
せっかくのフレンの手料理を食す機会に無粋な真似はしないというところか。
席についた者達は、コップの隣に置かれた錠剤に首を傾げてはいたが、声高に尋ねはしなかった。
皆、フレン手ずからよそわれた料理に釘付けだったからだ。
「皆、いつも本当に助かっている。こんなことでその礼が返せるとは思っていないけれど」
「そんなことありません隊長!」
「俺……隊長の手料理が食えて幸せです!」
「ほんとそのエプロン姿とか最高っす!!」
フレンの言葉にあちこちから礼賛の声が飛ぶ。
一部ユーリとしては聞き逃せない単語もあったがまぁ今は聞き流しておいてやるとしよう。
「ありがとう。今日は沢山食べてくれ」
「「いただきます!!」」
食堂内に声が唱和する。
ユーリも食事の前で手を合わせて、祈りを捧げて一口。
「…………」
ああ、予想通りの味だ。
口の中に広がる味を噛み締めて、ユーリは色々なものを堪えて飲み込む。
水で一度口をすすいでから視線をあげると、そこにはユーリの予想通り、固まった屈強な戦士達の姿があった。
「……だ、団長、こ、これは」
「どうだろう。口に合うだろうか……精一杯作ったんだが」
「…………」
口を開きかけた騎士の一人は、フレンのはにかんだ笑みの前に口をつぐんだ。
ああそうだ、その笑みを向けられて「不味いです」なんて言えなかろう。
何の罰ゲームか訓練か実験かそれとも日頃至らない自分達への鞭かと疑っていた連中も、フレンのなんの裏もない表情を見てこれが彼の本気であるのだと悟ったに違いない。
やれやれとユーリは溜息を吐き、かっかとシチューをかきこむ。
流れるような動作に、静まり返った騎士団の連中が驚愕の目でユーリを見ていた。
同じ鍋からユーリの分がよそわれたのを知っている彼らにとって、平然と食べているユーリが信じられないのだろう。
だがこちとら幼年期からフレンのこの料理と付き合っているのだ。嘗めるな。
カラン、と空になった皿にスプーンを投げ入れると、ユーリはどん、とラベルが騎士団の連中に見えるようにして、瓶を机の上に置いた。
フレンの席よりも後ろにあるので、フレンからはユーリが何を取り出したのか気付かない。
しかしユーリを見ていた騎士達は気付いた。
コップの隣に置かれた白い錠剤と瓶に残っている錠剤を見て、はっとユーリを見た。
ぐっとユーリは親指を立ててみせる。
長年の経験からこの胃薬の効能は保証済みだ。
彼らの視線が感謝と賞賛に染まっていく。
騎士団からこんな目を向けられる日がこようとは思ってもみなかった。
特に嬉しくはないが、まぁ、彼らへのせめてもの手向けである。
ユーリは力強く頷いてみせた。
彼らも応えるように頷く。
そして、まるで敵の大将を前にしたかのような面持ちで、目の前にあるシチューの皿と向き合った。
ユーリは視線で語った。『死んでも残すな』と。
騎士達は視線で返した。『騎士の誇りにかけて』と。
全ては団長の笑顔のため。
騎士団は今ひとつになった。
「フレン、おかわり」
「ユーリ……だから今日は騎士の皆に作ったんであって」
「もうそんなに残ってねーじゃん」
「思った以上に来てくれたから……って、そうじゃなくて」
「俺が食べたいんだから寄こせ」
「……もう」
溜息を吐いて、それでもユーリの皿におかわりをよそうフレンはどこか嬉しそうだ。
皿を受け取りながら、ユーリはぼそっとフレンにだけ聞こえるように言った。
「お前、もう俺以外の奴に料理作んなよ」
「え。そ、それって……」
「フレンは俺のためにだけ料理作ってりゃいいんだよ」
「う、うん」
顔を真っ赤にして頷くフレンは酷く嬉しそうだった。
レイヴンが「青年男前……」と弱弱しくもからかってきたので彼の皿に残っていたシチューを押し込んでやったら静かになった。
二杯目を食べながら、ユーリはふん、と鼻を鳴らす。
フレンの料理の犠牲者を増やさないためでもあるけれど、フレンの料理を平然と食べられるのは自分だけでいいのだ。
そんなちっぽけな優越感を守るために、ユーリはこれからもフレンの料理の犠牲者役を買って出る。
***
私はフレンの料理をなんだと。
しかし、フレンの料理を食べた上でおかわりをするユーリの愛は本物だと信じています。