<その身は誰のもの?>
いささかスリリングだった長期休暇(後半は本当にただの休暇だったけど)が終わって久しぶりにユーリが溜まり場に顔を出すと、おっさんの干物ができていた。
フレンとユーリがそろって休みを取っていた以上、その両方に関わっているレイヴンが割りを食うのは大方予想がついていたのでユーリはそれほど驚かない。
多少申し訳ないと思った部分もあったり、休暇を早めに切り上げようという意見もフレンからあったけれど(長期で休む事に罪悪感を感じたらしい)、最後まできっちり休ませていただいた。
今後そうそうこんなに休める事などあるまい。次あるとしたら新婚旅行時か……いや、それはないか。
ともあれ今回一番二人の休暇に振り回されたであろう二足のわらじを履いたレイヴンとほぼ一ヶ月ぶりに会ったユーリは、机に突っ伏している彼の頭に白い布を被せて手を合わせる。
「おっさん、安らかに眠ってくれ」
「勝手に殺さないで!?」
蘇った。
ひらりと布が舞うのを空中でキャッチして自分のポケットにしまい、ユーリはまったく悪びれずに笑う。
「随分と有意義な休暇を過ごされたようで……」
「おう。楽しかったぜ」
「いいわねぇ、愛する人と一ヶ月間いっちゃいちゃと……」
「はははー……」
最初の一週間くらいはそうでもなかったんだけどな、と心の中で呟いて、ユーリはレイヴンのナナメの位置に腰掛けた。
「ギルドにも全然顔見せないしー薄情よねー」
「…………」
後半の半月は、ただだらだらしているのはもともとの性に合わないのもあって、二人でモンスター退治の依頼とか素材集めとか――まぁ、ギルドの細々とした仕事をカロルから回してもらったりしていたのだが、顔を合わせると絶対に何かしら言われると思ったから休暇終わるまで顔合わせたくなかったのだ。
とこれまた心の中で答える。
余談だが、フレンの看病が嘘だとカロルにばれた時は二時間ほど説教された。
フレンをダシに使うなと。ちょっと理不尽だと思った。
「あーもうほんと羨ましいー……」
ぐちぐちとくだを巻いてくるレイヴンが少々うっとうしくなってきたユーリは、レイヴンの前に置かれているボトルを取り上げて匂いを嗅ぐ。
酒の匂いはしない。まぁこんな真昼間から飲んでるのも問題か。
……ということは、素面でこれか。余計うっとうしいな。
そこでユーリはレイヴンがこれだけくだを巻いてくる理由に思い当たった。
カロルは言っていたではないか、ユーリがいない間の助っ人として、レイヴンともう一人、リタを呼ぶと。
せっかくリタが帝都に来ていたというのに、おそらくレイヴンはろくに構いもできなかったのだろう。
むしろリタが来てギルドに余裕ができる分、城の方にいる期間が多かったんじゃないだろうか。
つまり久々に会える機会を見事に潰された挙句、その原因である二人がそろって休暇を過ごしていたのが気に食わないと。
人の幸せは自分の不幸、ひいては人の不幸は自分の幸せだよなと納得して、ユーリはにやりと笑った。
不在の間助けてもらった事には感謝しているが、それはそれ。これはこれだ。
ついでにこの間(といってももう一ヶ月以上前)ジュディスから聞かされたあの言葉も伝えてやらなければ。
「悪かったなおっさん、埋め合わせに今晩酒奢ってやんよ」
「……青年が優しい。なんか裏があるでしょ」
「俺はいつだって優しいぜ?」
「…………」
疑いの目を向けてくるレイヴンに、ユーリはきらめく笑顔を向けてやる。
余計に疑いの色が濃くなった。失礼な。
「俺ばっかいい思いすんのも悪ぃしな。じゃ、今晩ここでな」
ちゃんといろよ、と言い残してユーリは席を立つ。
背中に感じる疑惑の視線を振り払い、ギルドを出たところでユーリは伝令屋を捕まえて、目当ての連中への連絡を託した。
というわけで、夜。
「……本当に青年が奢ってくれるとはね」
「信じてなかったのかよ。そんなに信用ねぇか?」
「日頃の行い振り返ってみてよ」
「心当たりねぇな」
「その返答の間からして、振り返ってないわよね!?」
「レイヴン、落ち着いてくださいです」
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
ユーリの声かけで集まったのは、レイヴン、エステル、フレン。
当初は休暇明けという事で残業するつもりだったフレンは、エステルが護衛という名目で連れ出してきた。
カロルとジュディスは現在バウルで遠方への依頼へと赴いているので不在である。
そしてリタについては、今頃王宮に与えられた自分の部屋で研究書でも読んでいるのだろう。
今夜の集まりにリタは呼んでいない。
なぜなら。
フレンとエステルが休暇中のお互いの出来事等をほんわかとした空気の中で話しているのを横目で確認して、ユーリはレイヴンの肩を掴んで引き寄せると耳元で囁いた。
「おっさんに世話になったからな、リタとのこと、なんとかしてやるよ」
にやけ顔で言ったユーリに、レイヴンは今夜のユーリの目的を瞬時に悟ったらしい。
さすが元隊長。勘がいい。
ばっとユーリから体を離してレイヴンはぶんぶんと首を横に振る。
「い、いいわよ! このお酒で十分!」
「それじゃあ俺の気がおさまらねぇよ」
それにだな、とユーリはまるで長い戦いを制した後の戦士のような目つきで言った。
「男には逃しちゃならないタイミングってのがあるんだ。そこを逃したらもう一生取り戻せないようなのがな。俺はギリギリで気付けたけど、おっさんはどうかなあ……」
「……超上から目線ね青年……」
「一回り以上下の俺から上から目線に言われるくらいおっさんヤバいって自覚ある?」
「…………」
ざっくりと胸に突き刺さる言葉を向けられてレイヴンは何の反論もできない。
ちなみにリタはレイヴンが好きである。これは公然の秘密。
ついでにレイヴンもリタが好きである。これはリタ以外が知っている暗黙の了解。
なのにいつまでもくっつかないのはお互いが恥ずかしがって告白をしないから……なんて可愛らしいものではなく、つまりはレイヴンがヘタレなのである。
「なにこの敵意あふれるモノローグ」
「事実だろ。くだんねぇことに拘ってぐだぐだしてんじゃねぇか」
「くだんなくないわよ」
「くだんねぇよ。リタにとっても俺達にとっても」
「……なんで言い切れんのよ」
「だってリタ、おっさんの年齢も過去も知ってて好きだっつってんだぜ?」
「…………」
黙り込んだレイヴンに、ユーリは溜息を吐いて空になったグラスを置いた。
今日はそんな深刻な顔をしたところで終わってやるわけにはいかないのである。
「告れ。それができないなら消えろ」
「なにその二択!?」
「冗談抜きで。ジュディスがいい加減見て見ぬふり止めるらしいからな。ここらが潮時だろ……」
まぁそれを言っていたのが一ヶ月ほど前なので、実際のところ本気で猶予はないだろう。
告白するか。あるいはジュディスの手によって闇に葬られるか。選択肢はどちらかである。
「え、ちょ……今まで見て見ぬふりだったの!? あれで!?」
「竜槍ドラグネス研いでたぞ」
「凶器は恋愛にはご法度だとおもうの!」
「串刺しか惨殺か滅多打ちか……」
指折り数え上げてやると、さめざめと泣く真似をしている。
なんだ、まだ余裕があるじゃないか。
鼻を鳴らして新しく酒を注いでいると、レイヴンがぼそりと呟いた。
「……皆そんなにリタを不幸にしたいの?」
「はっ」
それこそ鼻笑いものだ。
「おっさんはリタを不幸にするのか?」
「……こんな死に損ないが、将来有望な若い子の未来もらったらだめでしょ」
「ふむ……」
だからヘタレだというのだ。
ここでユーリが一喝してもいいのだが、それよりも今のレイヴンの言葉が逆鱗に触れたらしい人物が目の前の席にいたので、ユーリは水を向けてやる事にした。
途中から内緒話でもなんでもなくなっていたので、二人もしっかりレイヴンの言い分は聞いていただろう。
「だそうだがコメントがあるなら言っていいと思うぞフレンにエステル」
「え」
「レイヴン。リタの将来をもらうなんておこがましい考えは捨ててください。リタがレイヴンをもらうのであって、レイヴンがリタをもらうんじゃありません!」
ダン、と普段の彼女からは想像できないほど乱暴にグラスを机に叩きつけたエステルが顔を赤くしてレイヴンに詰め寄った。
ああ、酔ってるな。
「本当は私もすごくすごく残念ですけど、リタがレイヴンがいいって言うんですから諦めて身も心も捧げてください!」
「もっと言えエステル!!」
面白ぇ、とユーリが囃し立てる。
対してまさかエステルからそんな言葉を突きつけられるとは夢にも思っていなかったであろうレイヴンは、ちょっと本気で泣きそうだ。
「隊長」
「フ、フレンちゃんは俺の気持ちわかってくれるよね……?」
「好きな相手から求められているのに悩むなんで贅沢もいいところです」
「フレンちゃん!?」
「そうです、フレンの言う通りです!!」
酔っているエステルは何も気付かず同意しているが、フレンの醸しだしているオーラが恐ろしくてたまらない。
「フレンちゃんキャラ違わない……?」
「僕はいたっていつも通りですよ?」
にこりと微笑む神々しさはいつもと変わらず、しかし背後のオーラがどす黒く見えるのは気のせいでしょうか。
レイヴンが助けを求めるように視線を向けてきたが、ユーリは巻き込まれまいと椅子を少しレイヴンから離した。
***
よそ様のレイリタが眩しくて最近まっすぐ見れない……(遠い目
ま、我が家ではくっついたところでレイヴンは今度はロリコンと呼ばれる事になるんですけどね。
レイヴン「……エステルやジュデスからむけられる殺気の理由は何なの?」
エステル「リタをもらうなら当然です!」
ジュディ「右に同じくv」
レイヴン「けしかけたのそっちじゃないΣ( ̄□ ̄|||)」
エステル「だってリタがレイヴンのこと好きなんですからしょうがないです! しょうがないんです!(>◇<)」
ユーリ 「おいおいおっさん、リタがいんのにエステルまで泣かせるなよ」
レイヴン「ちょ……何この四面楚歌煤i゚▽゚;ノ)ノ」
ジュディ「なにを驚いているかわからないのだけれど、おじさまはいつもこんな扱いでしょ?」
レイヴン「……………………orz(それもそうだった」