<最後の一歩4>


 
戸惑いながらも近づいてきたフレンは、ユーリの前で足を止めた。
手を伸ばしても届かない距離、それが今の二人の距離感だ。
「フレン」
もう一度ユーリは名前を呼び、呼ばれたフレンは顔を伏せる。

座れと言わんばかりにユーリは隣を叩いたが、フレンはそれをしなかった。
ユーリにしても一度促しただけにとどまり、それ以上求めたわけではない。
「話しておこうと思ってさ」
「な、んだい」
「――ごめんな?」
ユーリは困ったように笑っていたので、フレンは自然と呼吸を止める。
そんな顔を向けられる意味がわからなくて静かにパニックになっている間に、ユーリは先の言葉を紡いだ。

「回りくどいの苦手だからさ、言うけど」
なあ、フレン。
「お前、俺のこと好きだろ?」
「……っ!!」
(ひてい……否定しなきゃ、違うって笑い飛ばさなきゃ……!)
焦れば焦るほどフレンの口から声は出てこない。
喉が苦しくてつまりそうで、胸を無意識に掴んだけれどそれでも答えは出てこなかった。

顔をゆがめて口を開こうとするフレンを見ながら、ユーリは静かに続ける。
「もう、いいって。ちゃんと知ってる、お前の気持ちは届いてる」
「な、に、いっ……」
「……考えたんだ。俺がお前とどうありたいかって」

フレンのためにではなくて、ユーリのために。
そばにいたい理由、そばにいたくない理由。
どうして断らなかったのか、今まで彼を突き放す機会ならたくさんあったはずなのに。
どうして親友を失うことをこれほどに恐れているのか。

「フレン、俺はお前の親友でいたい」
「…………」
親友でいたいならどうしてそんなこと言うんだ。
そんな思いに揺れる青の目を見上げて、ユーリは笑う。
きっと情けない笑顔なのだろうけど、それでもいい。
「お前の一番じゃなくてもいいけど、お前が離れていくのは嫌だ」

言われた言葉の意味がわからなくて、フレンは茫然とユーリを見返す。
それはつまりどういう意味だろう。
フレンだってユーリの親友でいたい。
離れるのは堪えられない。一番じゃなくても――
「い……いやだ」
「フレン?」
優しくかけられたユーリの声に感情が爆発した。

「いやだ……僕は嫌だ、ユーリの一番じゃなきゃ、僕は嫌だ!」

諦めようと思った、何度も思った。
でもそんな思いで諦められるほど、ユーリの輝きは弱くない。

「でも僕らはどんどん離れてく……君が、どんどん離れてく!!」
一度出し始めた声はおさまりがつかなくて、フレンの感情も共に高まっていく。
まずいと思った時にはすでに目から涙が零れていた。
「酷いよユーリ、君は酷い……知ってたなら、もっと早く……」
君を諦められないと僕が諦めて、追い詰められているこんな時にしなくても。
「もっと早く断ってよ!! 諦めさせてよ、だめだって教えてよっ!!」

希望がないのだと突きつけて。
お前は馬鹿だと嘲って。
そして親友になら戻れると教えて。
そうしたらこんな馬鹿な悩みなんて放り投げて、一生気持ちを封印するから。
君の一番になれないことに絶望しながらも、親友という位置にしがみつけるから。


「親友でいいよ、一番じゃなきゃ嫌だけど、そこでいい、それ以上離れないでユーリ……お願い、お願い……」
泣きじゃくりながらへたり込んだフレンはまるで子供のようだ。
騎士団長としての凛とした彼も、ユーリを叱り飛ばすおせっかいな彼でもない。

ベッドから腰を少し上げて、ユーリは手を伸ばす。
床にへたり込んでしまったフレンの髪に指先が触れる。
「言ってること無茶苦茶だぞお前」
「お願いユーリ……離れないで、そばにいて……」
「俺の言ってること聞いてたのかお前」
こっちに来いと手首を掴んで引っ張っても、いやいやと首を横に振る。
本当に子供か。

かわりにユーリがフレンの前にしゃがみこんだ。
「おい、フレン」
「やだ、やだやだやだっ」
「フーレーン。誰がお前から離れるなんて言った?」
「……ユーリ、が」
「俺はお前が離れるのは嫌だつったぞ。聞いてたか?」
伏せられている顔を覗き込むと、ぱたぱたと青から水滴が落ちる。
泣き虫なのは昔から変わらない。
「フレン、顔上げろ。俺の話は終わってない」
「……ん」

少しは落ち着いたのか、頷いて顔を上げたフレンの目元をぬぐって、ユーリは伝えた。
それは矛盾はあってもごまかしのない彼の本音。


「応えるの遅くなって、ごめんな」
「な……に、に?」
「俺はお前のこと、恋愛感情で好きなわけじゃない。でも、お前がそう思ってるなら応えてみたいと思ってる」
「は……え? い、みわから、ないよ、ユーリ」
戸惑いの表情を浮かべるフレンを引っ張って立たせて、ユーリは気まずそうに視線をそらす。
あーとかえーとか呟いてから、がしがしと髪を乱して言った。

「だからなフレン」
「うん」
「……お前のこと、好きになりたいって思ったんだ。お前のためじゃない、俺がお前を好きになって、傍にいたいって思うんだ。なんっつーか、まだそういうものに育ってないだけで、俺はお前のこと――ああもうっ!」
上手く言えないことに苛立ってユーリは声を上げると、フレンの肩を掴んで引き寄せる。

乱暴に重ねられた唇に、フレンは目を大きく見開くばかりだ。
何が起きているのか全く分からない。
「これでいいだろ! 後は汲め!」
「ちょ……な、何を勝手なこと言ってるんだ君は!? こんなの――わけ、わかんな……」
唇に手を当ててボッと赤くなったフレンは、ユーリにつられて怒鳴ったのが嘘のように目じりを下げる。
「わかんないよユーリ……ちゃんと言ってよ」
か細い声にユーリはうっと言葉に詰まってから、溜息を吐き出した。

「俺はお前のこと、好きになりたいんだ」
「……いみ、わかんないよ」
「じゃあこう言えばわかるか。俺はお前のこと、好きになりそうなんだが自覚がないんだ」
「よけい、わけわかんない」
「……クソ、天然め」
舌打ちしてユーリはもう一度フレンを引っ張る。
今度は先程よりゆっくりだったのでフレンも近づくユーリの顔を見ていられた。

ぶつかるような衝撃はなくて、一度、二度、唇が合わさる。
「これ……ゆ、ゆめ?」
鼻があたる距離にある顔を思わず包んで問うと、ようやくユーリがいつもの余裕のある笑みを浮かべた。
「そうやってなんでも夢にするなよ。……今度はお望み通り抱いてやる、覚悟しとけ」
「っ!?」
ボソリと耳に囁かれた低音でも十分だったのに、その意味を理解してフレンは真っ赤になった。

「きききききみ、ああああのとき、ゆゆゆめだって……!」
羞恥と怒りに震える声で問いつめようとしたものの、素早いユーリはもう窓の外。
「意外ととっととなんとかなりそうだ。おやすみ、フレン」
ひらりと手を振ってユーリが夜の闇の中に消えて、思わずフレンはその場にへたり込んだ。
「は、はんそくだ……」
あの声も、あの顔も。

夢だとしか思えなかった出来事だったけど、どくどく打つ心臓が、熱を持った顔があれが真実だと主張している。
一晩寝たら消えてしまう幻だったのかもしれないけれど、それでも。
「……ユーリ……ずるいよ」
これ以上僕に君のことを好きにさせて、どうしようって言うんだろう。

(ああけれど今までの人生で一番幸せだから、許してあげる)





***
「最後の一歩」はユーリからでした、きっとね……たぶんね?
じゃないとユリフレじゃなくてフレユリる。
というか最後以外の一歩は全部フレンからですからね!