<最後の一歩3>
心の整理。
ジュディスにはああは言われたものの、ユーリにとって心とは整理するものと言うよりは投げ込むものだ。
ごっちゃになるほどユーリの心は複雑になってはいない。
いつだって線が引けて並べることのできるもの。
それはユーリにとって「大切なもの」が明確だからだ。
色々抱え込みすぎだと仲間たちには言われているけど、ユーリにとってそれらはきちんと順序がある。
試しにフレンのことを並べてみる。
フレンは幼馴染で親友で、頼りになる戦友だ。
戦いの場でユーリが背中を預けて戦えるのはフレンとラピードとジュディスしかいない。(おっさんは何かとあれなので除外)
平和な国にすると、みんなが幸せになる道を探そうと、荒唐無稽にも見える青臭い大きな目標を共有し合っている仲間でもあるし、同士でもある。
だからフレンは大切だ。
自分にはできないことをするフレンは誇りで、親友だ。
――それで?
そこから先が上手くつながらない。
今まで意図的に真面目な恋愛を避けてきたユーリには、「愛する人」がどこに位置しているのかがわからない。
(今思えば……俺が恋愛感情を排するようになった原因もアイツな気がする……)
初めてフレンからの好意に気付いた時、ユーリはまず驚いた。
一番近くにいたとはいえ、自分がそんな対象になるとは思えなかったからだ。
最初の頃はいつかフレンが告白してくるのだろうと漫然と思っていた。
隠し事は嫌いな性質のフレンだ、同性の幼馴染に申し訳ない気分が先だって、告白してくるだろうと。
だから彼が覚悟を決められるまで黙って待って、告白してきたらそんなことで俺たちの友情は変わらないのだと伝えてやろうと――思っていた。
しかし一年待っても、二年待っても。
フレンは告白してこなかった。
その理由が覚悟が決められないからではなくて、フレンが恐怖しているのだと気付いたのはいつのことだったか。
彼は腹芸が不得手で、とりわけユーリに対して隠し事をするのが下手だ。
叫ぶような激情を何度感じたことだろう。
『好きだユーリ、好きだよ、好きだ! だから気付かないで、僕の元から去らないで!!』
ユーリがフレンの愛を受け入れるかどうかと、二人の関係性が変わるかどうかは別物なのだと。
そんなこともわかっていないフレンに腹が立ったし、フレンがそんなことすらわからなくなる「恋愛」にも腹が立った。
それなら好きにしてやろうと言わんばかりに、ユーリはだんだんと派手に遊ぶようになる。
時折肌を貫くようなピリピリとした空気なんて一人からでよかったし、実際フレンがユーリを愛しているほどユーリが別の人に夢中になったらフレンは壊れてしまうだろうと察して、本気の恋愛なんてなかったけれど。
女性の寝床を梯子して朝方に部屋に戻った時、そこにいたフレンの顔と言ったら。
いよいよ幻滅してくれるんじゃないかと、夢から覚めて親友に戻るんじゃないかとちょっと思っていたのに、彼は友として一通りの説教をしただけにとどまった。
それがいよいよ苛立った。
フレンがユーリのことを好きなのは知っている。
うるさいくらい聞こえる。その眼が、声が、表情が語っている。
なのにフレンはユーリに隠しているつもりでいるし、隠し通すつもりでもいるのだ。
あんなに苦しい癖に、声を殺して泣くほどきつい癖に。
そんな思いをもう八年以上もしているのに、フレンはユーリに何も言わない。
(ああ、何も言わない、は間違いか)
あの日、フレンは言った。
酒に酔っただけなのかもしれないけれど、フレンなりの本気だっただろう。
『僕を抱いてくれるかな』
それはきっと、ユーリに感情を隠して行こうと誓っていたであろうフレンからのギリギリの言葉だった。
これ以上彼が何か言うことはないだろう。
だからこれは最後の通告。
ラストチャンスだ。
ユーリが聞かなかったふりをすればフレンはユーリへの感情をひた隠しにして――そのままだろう。
現に朝起きたフレンの前でしらを切り通せば(酔っていつも以上に酷い寝相だったのは事実だったが)彼はそれを信じて安堵していたし。
今まで通り彼からの好意に知らない振りをして、「親友」のユーリで居続けるべきか。
それともその好意に向き合って、親友の枠を超えていくべきか?
ぐるぐる考えてどちらがフレンにとっていいのかユーリの答えは出なかった。
親友でいるのは確かに辛いだろうが、ユーリがフレンの手をとるという選択肢はどうなのだろうか。
ユーリはフレンの親友だと思っているし、これからもずっとそうでありたいと思っている。
だがフレンの隣にいるべきは自分ではないとも思っている。
いつか彼にふさわしい右腕が、そしてパートナーが現れるだろうと、祈るような気持ちで今まで剣をふるってきた。
騎士団を抜ける前のユーリなら、フレンの隣に立つことにこれほど戸惑いはなかっただろう。
騎士団を抜けた後だって、あの旅に出る前なら――この手を汚す前、なら。
「わかんねぇよフレンっ……」
ユーリはフレンに少しでも理想を達成し、少しでも多くの幸せを掴んでほしいだけだ。
そのためにできる手助けなら自分のできる限り行おうと思っている。
なぜならそれはユーリの幸せでもあるからだ――俺達は同じ目的地を目指しているから。
だがここでフレンの手を取ることに意味はあるのか?
それは長い目で見て、彼の未来を曇らせることにならないか?
いつかフレンがユーリへの気持ちをふっ切ってくれればそれでよかったのだ。
なのに彼はそうしなかった、どうしてだかはわからない。
だがここまできた以上、おそらく「自然にユーリをふっきる」可能性は低いと見ざるをえない。
そして徐々に政治が落ち着いてきた今、上層部がフレンの取り込みについてきな臭い動きをしていると、エステル、レイヴンの両名から聞いている。
ごまかしもここまでだ、とユーリが感じたのは間違いないだろう。
フレンは今ギリギリの立場に追いやられていて、酒のせいで一瞬それが噴き出したのだ。
ここで自分の立場をはっきりさせないと、泥沼だ。
「俺は、」
フレンのことは好きだ、でも愛しているとは言い難い。
友愛と恋愛は違うのだ。それを混ぜてフレンを受け入れられるほどユーリは子供ではなかった。
「……俺はどうすればいいんだよ、ラピード」
たまらなくなって足元で蹲っていたラピードをベッドの上に引っ張り上げる。
くうんと小さく唸った彼は、冷たい鼻先をユーリに押し当てる。
「なあ、どうしたらフレンに一番いいんだよ?」
「ワンッ」
「心の整理って言われても、俺はあいつに恋愛感情なんてないんだぜ」
「クウーン」
「……そんなはっきり言うのが本当に一番いいのか? あいつは……壊れたりしないのか」
「ワンワンッ」
いきなり強く鳴かれて、ユーリは目を見開く。
「な、なんだラピード。言うなってか」
「ウーワウッ!」
「何怒ってんだよお前……」
「ワウッ!」
目の前でグワッと開かれたラピードの口がバタンッと閉じる。
ギリギリの位置に犬歯を見せつけられて、ユーリは目をぱちくりさせた。
「フレンは、壊れたりしないってか……?」
「ワンッ」
ぶん、とラピードの尻尾がふられる。
「そういや……ジュディも言ってたな。「俺のために」考えろって……フレンのためにじゃないって」
「ワンッ」
満足げに頷いたラピードの頭をわしゃわしゃなでて、ユーリは微笑んだ。
「サンキュなラピード」
「クゥーン」
「大丈夫だ。ちゃんと考える。「俺のために」な」
ベッドの上にひっくり返ると、ふさふさとした温かさが隣に寄り添ってきたので、ユーリはゆっくりと相棒を撫でながら眠りに落ちる。
俺はどうしたい?
俺はあいつと――どういう関係でいたいのだろう?
***
ユーリは戦闘でもメンタルでもジュディスとラピード頼りにしすぎ。
その子2つも下でその犬4歳くらいでお前飼い主なんだぜ……!