<最後の一歩1>
真面目に素っ頓狂なことを言われるのは慣れている、と思っていた。
あの天然お姫様も、ツンデレ少女も、胡散臭いおっさんも。
ドSなクリティア娘も、不思議海賊娘も、一直線青春少年も。
真顔で素っ頓狂なことをよく言ったものだったから、慣れっこのはずだった。
慣れっこだったのだが、これはいかんせん方向性が違う。
まずセリフを発したのはユーリの知り合いの中でも五指に入る天然であるから、これは驚くべきことではない。
そしてユーリに言った理由もわかる、これは彼の上司や旅の仲間や部下には言いづらかろう。
だが問題は――
「ユーリ……だめ、かい?」
「…………フレン、悪いけどもう一回言ってもらっていいか?」
ぶっ倒れたくなるのをこらえつつユーリが聞き返すと、フレンはこくりと頷いて先ほどの言葉を繰り返した。
曰く。
「僕を抱いてくれるかな」
ユーリ=ローウェル二十二歳。
そろそろ腹をくくれとこれは神の御言葉だろうか。
だましだましで来ていた自覚はある。
そもそもユーリは人の心の機微に疎い方ではなく、残念ながら「自分のことについては鈍い」という特殊スキルも持っていなかった。
なのでフレンから「そういう意味」で好かれているという自覚はあった。
友愛でも家族愛でもなく、明らかに行き過ぎた愛情を向けられている自覚はあっても、見ないふりをした。
フレンがそれを望んでいると理解していたし、男でどうこうなっても不毛なだけだ。
フレンは女性経験が乏しかった(皆無と言ってもいい)わけで、ユーリへの親愛を別のものと勘違いしてしまっているか代替にしてしまっているだけで。
いつかきちんと女性に目覚めて、ユーリへの想いは幻になるのだろう、と。
「信じ続けて八年間……」
「まず、八年間放置してたことに驚くわ」
並んでグラスを傾けていたジュディスに揶揄するような視線を向けられ、ユーリは溜息を吐いた。
先日の出来事を洗いざらい話した末のコメントがこれである。
「エステルへの態度を見てても思ったけど、あなた結構残酷よね」
「かも、な」
「気持ちに応えられないならそう言えばいいのに、どうして知らないふりしてごまかすの? そのくせ優しくするのよね」
残酷な人、と言われてユーリは半目になってジュディスを見やる。
「そりゃあジュディもだろ」
「私はちゃんとお断りするわ。なのにあなたは断りもしないで」
「……俺だって」
断われるものなら断っている。
だがそれで壊れてしまうのが怖い。
エステルとは壊れない自信がある。自分も彼女も頑丈だ。
きっとちょっと気まずくて、でもそのうち徐々に元に戻るだろう。
だからユーリはもしエステルから告白をされたとしても、ちゃんと返事を返すことを決めている。
けれども、彼は違うのだ。
「フレンじゃなきゃ、断わってる」
「彼がそんなに弱い人だとは思わないけど」
「弱いわけじゃないけど……脆いんだあいつは」
違うか、と呟いてユーリは言い直す。
日頃あまり飲まない酒の性で顔が熱いけれど、舌はよく回る。
「俺のこととなると、脆いんだ」
「そうなの? 私にはそうは見えなかったわ」
「虚勢張るのは俺以上にうまいからな……俺がザウデで行方不明になっただろ」
「ええ。あの時もフレンはちゃんと騎士団を指揮してあなたを探して、帝都に戻ってみんなを指揮してたわよ」
戻ってそれを聞いたユーリは驚いた。
けれども会いに行ってみれば――
「泣いたんだよあいつ、ぼっろぼろ。ひっでー顔して、それから気絶した。マジで寝てなかったとか。馬鹿だろ、ホントに……」
呟いてくしゃりと自分の髪を乱す。
あの時のフレンは壊れる寸前だった、それがよくわかったからユーリは焦った。
死んだかもしれない、という考えを数日抱いているだけでフレンはああまで壊れてしまうのだ。
八年以上抱いている想いをユーリに拒絶された場合、彼はどうなってしまうのか。
「それで、あなたはどうするの?」
「どう、するかな」
「フレンのために、は本末転倒よ? わかってるわよね」
「それは、わかってる」
フレンのために八年間見ないふりをしていた。
だがこれ以上「フレンのために」を振りかざすのは残酷だし、フレンにも失礼でしかない。
「――俺は、「俺のために」見ないふりをしてたんだな」
「そうね」
涼しい顔でさらりと肯定されて、ユーリは苦く笑う。
「ちょっとは慰めてくれよジュディ」
「いやよ、私は自分を振った男には優しくしないの」
悪かったよと言ったユーリの横で微笑んだジュディスは、よくできましたと冗談めかして口にする。
「あなたはちゃんと心の整理をするべきよ」
「心の整理……か」
「フレンのことをどう思っているのか、どうしたいのか。即答できなかったのには理由があるはず、でしょう?」
考えればわかることよ、と言われてユーリは氷が溶けて水っぽくなった酒を口に運んだ。
少し辛いそれはユーリの好みではなくジュディスの好きなものだったけど、なんとなく今の気分には合っている気がした。
***
冒頭のフレンは酔っていたのでそのまま眠って夢だと思っています。
ていうかユーリが夢だと思わせた。