<アルバイト禁止令>
「ごちそうさまー」
「今日も美味しかったわね」
「自炊もいいけどぉー、やっぱ店の料理は格別だよねえ」
「おっさんほとんど料理しないじゃないの」
「みんなで食べる料理はいつでも美味しいです♪」
「んじゃ俺支払ってくるわ」
「うん、よろしくユーリ」
「あ、ちょっ……」
夕食の時に全員分をユーリがさっさと支払いに行ってしまい、自分の財布を出し損ねたフレンはすとんと腰をおろしてからカロルに何気なく尋ねる。
「前々から思っていたのだけど……お金の管理はユーリなのかい?」
「んー、そうなってるかも。最初は僕がしてたんだけど、合成とか増えてきて把握できなくなっちゃって」
あはは、と苦笑するカロルと、支払いをしながら店の看板娘と談笑しているユーリを交互にみやって、ふうんとフレンは呟いた。
小さい欠伸をしながら、ユーリは髪をまとめて台所に立っていた。
なんでかと聞かれると簡単だ、今朝の朝食当番だ。
「ふぁあ……やっぱ眠ぃな」
「夜にバイトしてたら眠くもなるよ」
「っ!?」
振りむいたそこにはにっこり笑顔のフレンが立っていた。
笑顔の意味をうすうす悟り、ユーリは苦い顔になる。
「ごまかせるとか思ってないよね?」
「なんでよりによってお前が気付くんだよ……」
ごまかすのは諦めて肩を落としたユーリに、それは僕のセリフだと思うけどとフレンは目を細める。
「みんなには言うなよ」
「どうしようかな」
「……お前のベーコン増やしてやるから」
そういうことじゃないんだけど、と言葉に険をにじませてフレンはユーリに近づく。
「見たよ」
「何をだ」
「バイトしてるユーリ」
「……!? お前昨日いたのか!?」
たまにはアタッチメントも役に立つよね、と言ってフレンはこちらを振り向いたユーリの髪をまとめている髪飾りを引っ張った。
するりと流れ落ちる髪をひと房とって、するするとなでる。
「だから昼間のウェイターしなかったんだね」
「わかってるなら言うなよ?」
「どうしようかな」
昨晩、夜中になって部屋をこっそり抜け出したユーリの後をつけたフレンがたどりついたのは、「天を射る重星」だった。
厳密に言えば――そこの隠された地下。
お忍びの社交場であり、有体に言えば……
「ホストのバイトなんて、エステリーゼ様が知ったらうるさいだろうね」
「だから言うなよって。外にふらふら出て行ってモンスター狩るよりましだろ?」
困ったような顔をしたユーリにもう半歩近づいて、体がふれあうくらいの位置でフレンは同じ高さの目を覗き込む。
「前はそうしてたんだね」
「……今はしてねーぞ」
視線をそらして呟いたユーリは、本当に以前はそうしていたとわかって、フレンは溜息を吐いた。
「なんだよ……いいだろ別に」
「よくない」
昨日のユーリはよく笑っていた。
楽しそうに話をしていたし、相手の人もとても綺麗で、その人達も楽しそうだった。
帰る時に彼女達が何か言うと、ユーリは笑いながらキスをしていた。
「ぜんぜん、よくない」
「フレン、どうした?」
「ユーリがあんなことしてるの、嫌だ」
いつものはきはき落ち着いた口調はどこへやら、子供のようにふてくされた顔をしたフレンを見て、ユーリはちょっと笑いたくなる。
珍しいこの様子は、フレンが気に入らないことがあると時々みられるものだ。
「でも割がいいバイトなんだよ」
「……いやだ」
こうなればもう「いやだ」しか言わなくなるフレン相手に懐柔も妥協も意味がないのは経験則でわかっていたので、ユーリはしょうがないなあと言うにとどめる。
どうせ聞いたって理由を言いやしないのだ。
おおかた彼の「騎士道精神」に反した行為なのだろう。
作りかけの朝食を優先させようとキッチンに向き直ると、ぎゅうと後ろから抱きつかれる。
「……フレン、どうした?」
「次は一緒に行く」
「お前にホストはさすがに無理じゃね?」
「じゃあモンスター退治」
「まあ体動かすの好きだし素材も集めないといけないし、そっちのが俺もいいけど」
そう返しながらリンゴを剥いていた手が止まったのは、肩に押しつけられていたフレンの口から予想外なことを言われたせいだろう。
「僕と一緒だからってのは理由じゃないんだ」
「は……、え?」
思わず体を斜めに曲げて彼の顔を見ようとしたけど、するりとユーリから離れたフレンはもういつもの彼の表情で彼の口調で、皿の一つを指さしてこう言った。
「これ、できたならもう運んでしまうよ」
「ん、ああ、頼むわ」
意味不明なことをフレンが口走るのには慣れていたので、ユーリは残りのリンゴを剥く作業に戻る。
だからそれから先、みんなが起きてくるまでのフレンの表情は見なかった。
***
旅の途中。くっつく以前。
フレンは嫉妬したりするとちょっと子供返りしますみたいな。
この頃のユーリ君は来るもの拒まず浅く広くお付き合いします。