<beside me>


 
手を伸ばしたユーリにの手を取ったエステルを止めることもできず、フレンはそこに立ちつくした。
頼むと言ったのは自分だったけど。
彼女が自由になるのは、嬉しいのだけど。

目の前で崩れていく橋を見ながら、フレンは拳を硬くする。
やっぱり帝都には戻れないといった彼女の後ろにはユーリがいて、彼女のその後の言葉が頭に入ってこない。

「帝都にはしばらく戻れねえ、俺、ギルド始めるわ」
投げられたコアとともに言われた言葉は、フレンの予測のはるかに斜め上だった。
「それが、君が言っていた君のやり方か」
「ああ、腹は決めた」
ユーリが望むなら、フレンは反対したくない。
けれど。

「……それはかまわないが、エステリーゼ様は……」
彼女はユーリのそばに置いておけないという思いだけで紡いだ言葉だったけど、ユーリは「頼んだぜ」と一言かけて背を向けただけだった。

カロルという少年とハイタッチをして、ユーリは仲間と共に去っていく。
ラピードが最後にゆっくりと尻尾を振りながらついて行くのを見て、フレンは唇をかみしめた。



「ユーリ……」
彼が下町にいた時は気付かなかった、いや、知らないふりをしていたけれど。
「君の周りは、いつも人が集まって」
そうだ、いつだってユーリは人を引きつける。
はっきりした性格だから嫌う人だってたくさんいるだろうけど、ユーリの周囲に誰もいなかったことなんてない。
今だって彼には仲間がいる。エステリーゼもついて行った。
「……だけど、僕は」
ぼくには。
「僕には、君しかいないんだ、ユーリ……」


部下はいるけど。
守るべき人もいる、何をするべきかもわかっているけど。
「……ぼく、の」
その先はさすがに情けなくて言えなくて、フレンはもう一度だけ拳を握りしめてから、踵を返した。
「みんな、無事かい」
部下たちを気遣いながら、フレンは胸の内のどろどろとしたものを抑えきれなくて、瓦礫をどけるふりをして思い切り一つを粉砕した。










久しぶりに再会したユーリは、相変わらず彼の「仲間」に囲まれていた。
その中央で笑顔でいるユーリの隣には、エステリーゼがいる。
幸せそうに笑っている、城の中にいた時より、ずっと。
もしもフレンが彼女のように捕らわれの身だったら、ユーリは手を差し伸べてくれたのだろうか。
否、きっとそうはしてくれなかった。
だって、騎士団から抜ける時だって一人で、勝手に――

「なんだよフレン」
すっと輪から外れて、ユーリの黒髪がフレンの前に下りてきた。
「んな怖い顔しなくてもエステルに手ぇ出してないぜ?」
「……どうだろうね、君は手が早いから」
視線を上げて答えると、彼はくっくと笑う。
「世間知らずなお姫様にどうこうするほど鬼畜じゃねぇよ」
「世間知らずのお姫様じゃなかったら手を出すのかい、ジュディスとか」
「ジュディはどっちかっていうと類友だなあ」
「じゃあリタ? それともパティ? もしかしてカロル? それとも……」
「おいフレン、どうした」

今日のお前おかしいぞ、と眉をしかめたユーリに言われてフレンは震える左手でユーリの袖を掴んだ。
それはほんのわずかな動作だったけど、ユーリが気付かないほどじゃない。

「ユーリ」
君は僕にも、
「エステリーゼ様に変なことしたら許さないからね」
ああやって優しく手を、

「わかってるよんなこと」
差し伸べて引っ張って、
「エステルは大事な仲間なんだから」

「……ぼく、も」
「ん?」
「僕も、仲間?」
そう尋ねると、ユーリは目を丸くして首を傾げた。
「お前は騎士団だろ」
――彼女は仲間なのに、僕は違う?
「……一緒に旅してる、のに」
「お前は俺達が仲間でいいのか?」

すぐに返された質問に、頷いた。
「うん」
「そっか、じゃあお前は――」
笑ったユーリの顔に見惚れた。
ああ、そうやって僕の前でずっと笑ってくれればいい。


「ユーリ! こっち来て早くー!」
「ユーリ、早く来てください!」
響いた声にユーリの黒髪が翻る。
「なんだお前ら? おいおい、何やって……」

一瞬で消えたユーリの笑顔があったところを見つめて、フレンは目の青を濃くした。
ユーリは仲間みんなに必要とされていて、仲間みんなの助けになっていて。
胸の内の感情が荒れすぎていて整理がちっともつかないのだけど、「フレンが特別」ではないのだという意味であることは、今はっきりとわかった。



ユーリはフレンの「特別」だけど。
フレンはユーリの「特別」ではない。





(ユーリ、ユーリ、そばにいてよ)
――僕の隣にいてくれるのは、君だけでいいのに。



君のそばには、いつも人が多すぎる。