<Flower>



「ガイ」
ただ押し付けられたのは花だった。
そこらに生えていそうな黄色の野花。たった今摘んだのだろう、青臭い臭いばかりが鼻につく。
「……は?」
眉をひそめると、ルークは口早に弁解をする。
「咲いてたから!」
「咲いてた、って……」

旅の途中だ。
こんな荷物になるものを渡されても困る。
女じゃないんだから、花なんてもらっても嬉しくない。

特に薬になるものでも食用になるものでもない(そもそもルークが野草を食べはしないだろう)。
ガイはもう一度花を見下ろして、それから目を細めると、無表情のままばさりとそれを道の影に投げ捨てた。










昼食を摂り出発するため、火を消そうとしていた時だった。
背後に気配があったので振り返ると、そこにはルークが立ってた。
手には、また花を握りしめている。
「これ……」
朝ほどの元気はなく差し出された青い花を見て、ガイは眉をひそめた。
「ルーク、花をつんだらかわいそうだろう、せっかく咲いていたのに……」
「ガイにやる!!」
ぎゅうと手に押し付けると、それ以上何も言わずにルークは走って行ってしまう。

朝とは違う花だ。
だが野草は野草で、花も別に珍しいものではない。
この辺りでこの季節なら当然咲いていそうな――道の途中でよく見る花だ。
「……何なんだ一体」
やる、と言われても面倒なだけだった。
周囲にはたまたま誰もいなかったので、ガイは特に何も考えず消える前の火の中に花を投げ込んだ。








朝と昼。
二回ルークが渡した花。
たぶん彼が摘んだものだろう。特に花に意味があったとも思えない。
何気なく摘んでめんどくさくなって従者にでも渡したのだろうか。

考えてもらちが明かないので、ガイは溜息を吐いてベッドの上に起き上がった。
夕方に到着した町で一晩過ごす事になっている。そろそろ夕食の時間だろう。
相部屋のルークはどこかへ行っているが、食堂に行けば会えるかもしれないと思いながらブーツの中に足をねじ込む。
「ガイ……」
ノックもせず顔をのぞかせたのは案の定ルークだった。
「どこに行ってた? そろそろ飯だぞ」
立ちあがりながらそう声をかけると、入りにくそうに入口でもぞもぞとしている。
何をやっているんだろうと思って眉を寄せると、意を決めたようにきっと今度は見つめて来た。

「あ、あのさ……ガイ、赤は好きか?」
「……は?」
「そ、それとも白か? 紫とか……ピンクとか、オレンジ?」
「何の話だ?」
「これ!」

ばさり、とルークが背後から取り出したのは花束だった。
赤、白、紫、ピンクに――オレンジ。
数本ずつの花が束ねられ、それは「花束」と言うにしてはまとまりのないものだった。
「なんだそれは――」
「ガイにやる!」
ちゃんと紙で巻かれてリボンまで付けられたそれは花屋で買ったものだろう。
花は安くはないというのに、と思いながら溜息を吐く。
「朝から何なんだお前は……花なんか旅には邪魔だぞ」
それを押し付けられても困るというものだ。
「どうせ押し付けるなら俺じゃなくてティアとかナタリアにしろよ」
アニスはまあ喜ばないだろうが、残りの二人なら喜んでくれるだろう。
特にナタリアは、ルークが花を贈るという行為だけで大喜びするに違いない。

やんわりと花束をつっかえそうとすると、ルークの手から抵抗が消える。
「……っ!」
さっと振り向いて、その場から走って行ってしまったルークの顔は。
「………………なんで、泣く?」
意味が分からない主の行動に、ガイは短く舌打ちをしてからその場に落ちている花束を拾い上げる。
花を売る商売をしている花屋がこんなごてごてした色の花束を作るとは思えない。
ということは――これはルークの注文だろう。

何を思ってあの子供は花束なんかを買ったのか。
ガイの好きな色? それがどう関係するのか。
思えば黄色と青はない。朝と昼の花の色だったからだろうか。

「「花束」を……「やる」……?」
ルークの放った言葉を考える。
花を渡すという行為には意味がありすぎて絞れないが、たぶん花は何でもいいのだろう。
それをガイに押し付ける――渡そうとしていたのか。
しかし朝も昼も、ガイは花を受け取ってはいる。
それなのにさらにどうして渡してくるのか。
「花束……花……渡す……待てよ」

記憶をさらっていると、前にもルークが花を渡した光景を思い出した。
その時は一輪の、確かピンクの花だった。
ペールが育てていた花を一本ほしいとねだったルークに、彼が笑顔で切ってやったのだった。

彼が花を差し出していた相手は――そう、彼の母親だ。
病弱な彼女は笑顔でそれを受け取り、頬を染めていた。
そんな光景をばかげていると思いながらも、ガイは眺めていたのだった。
「あの時ルークは……」

そうだ。
彼はガイにこう言ったのではなかったか。
『母上がサーカスをこのあいだよんでくれた。俺は何ができる?』
そうだ、ルークは母親が用意してくれたイベントをとても楽しんだ。
そしてガイに尋ねたのだ、同じくらい母を喜ばせることはできるのか、と。
「お礼を言う」という概念が薄い子供が考えた精一杯の感情なのだろう。

何をすればいいか分からない、と言っていた。
だからガイは教えたのだ、何も知らない子供に――ガキに、あまりに陳腐すぎる方法を。
そんなことはすっかり忘れ去っていて、だって何年も前のことだったから。



「ルーク!」
花束を握り締めて部屋を出る。
廊下が長い、足が思うように動かなくて苛立った。
「ルークっ!」
下には食堂があり仲間がいる。
行くとすれば――上!

「ルーク!」
踊り場に立ち尽くしていた彼がびくりと身体を震わせた。
それ以上逃げる前に手首を掴んでその場にとどまらせる。
「ルーク」
名前を呼んでも彼は顔を上げなかったので、ガイはしゃがみこんで下からのぞきこむ。
「ありがとな」
「……きいろは、やだったか……?」
くぐもった声で聞かれて、ガイは首を横に振る。
「あおも……やだった?」
「いや。嫌じゃない」
「かったほうが、きれいだった。かったのなら、もらってくれるって……」
「そんなことはないさ」

たぶん、彼は見ていたのだろう。
見ていなくても、後で見つけたのかもしれない。

渡した花をガイが捨てた。
それは色が嫌だったのかもしれないとそう思って、新しい色を、違う色を。
摘んだ花がダメなら、今度は花屋で買った花を――思いつく色を、全部……
「……ありがとうな、ルーク」
お礼を言えない不器用な子供の精一杯は、摘んだ花を差し出すことだった。
小さい頃にガイが教えた事をそのまま実行しただけだった。

「気がつかなくてごめんなルーク」
「……きいろ、は」
俯いたままルークは呟く。
「がいのいろ、だとおもって。あおも、がいのいろ、だから……」
「そうだな。ありがとう」
「きいろは……いや、だった……?」
「いや――」

その時、大きく開かれた緑の目と視線があった。
涙にぬれているその緑はきらきらとしていて――

「一番好きなのは、赤だな」
「あか……」
「ルークの髪の色だ」
掴んでいた手首を離して、眼の前に流れている髪をすくう。
先だけ少し色の抜けているその髪は、ガイの指をすりぬけた。
「今度は、赤い花がいい」
「わかった」
頷いたルークの顔を見て、ガイは思わずもう一言付け足した。

「……大事にするよ」





I'll take care, just like I do it to you.
(今度は迷わず笑顔で受け取って、枯れ落ちるまで胸に飾ろう)






***
捨てられても「違う色なら」と必死に探してくるルーク萌え な話でした。

これは一週目長髪ルークだけど甘いというまさかの展開。
でも二週目のガイがルークの花を捨てるわけもないので。

一週目でもちょいちょいこういうことはありました。たぶん……たぶんね。