<あなたの未来 私の過去>



胸が痛くて苦しくて、呼吸ができないまま闇の中で目をあける。
息を吐く事も吸う事もわからなくなって、混乱しながら胸をかきむしった。
「ガイ、どうしました!?」
切羽詰まった声は誰のものだろう、よくわからない。
ただ胸が――心が苦しい。

「ガイ、ガイ――ガイラルディア!」
耳に音は入ってきているものの、それはガイの心には届かない。
ただ苦しくて――そして悲しいばかりだ。
思い出すのは、愛しい焔。
最期に見せたのは笑顔だけだった。
泣き顔なんて、見なかった。

本当は泣きたかっただろう。
悔しかっただろう、悲しかっただろう、辛かっただろう。
死ぬしかないと知って、皆に死ねと言われて、あの子はどんなに傷ついただろう。
なのに俺は何もしなかった――いや、もっとひどく傷つけた。
一番彼の味方でいるべきだったのに、何があっても裏切ってはいけないはずの立場だったのに!

誰を憎んだ? ヴァンか、公爵か、ユリアか、世界か?
(違うだろう! ガイラルディア! 彼を一番追い詰めたのはお前だ!)
何も知らない無垢な子供でしかなかった彼に、責任を押しつけた。
そして使命と偽って世界のために死ぬ未来を押しつけた。
さらに本人は何も知らない敵役まで押しつけた。
(本当はお前が! お前こそ父にも師にも仲間にも見捨てられた彼のそばにいるべきだったのに!)
離れるべきじゃなかった、ずっと守っているべきだった。
何が護衛剣士だ、何が親友だ。
俺はお前を愛す権利すらなかったというのに――


胸の痛みが激しくなり、いよいよ呼吸がままならない。
このまま死ぬのだろうかと頭の片隅で冷静な自分が呟く。
ああ――それでもいいだろう、としか思えない。
これはあの焔を殺してしまった罪なのだ。
いっそその罪を背負って死ねるのなら甘美な眠りだろう。
むしろ誰にも咎められないことが、一番辛い。

……ああ、そんなことよりも。
お前に近づけるかもしれないのなら、死が怖いわけもない。
俺も音素に溶けることができるだろうか、時間をかけて、少しずつでも。


「ガイっ、しっかりして!」
「ガイ、手を離すんだ、呼吸をして!」
周りの音が白い闇に溶けていくようにおぼろにしか聞こえない。
もういいんだ、もういい。

(このまま闇に沈んでいきたい、お前のそばに、行かせてほしい……)



「ガイ、どうしたんだよガイっ!」
響いた声は知っている。
聞き逃すわけもない。だってその声は大事な――

「ルーク様! いけません、お部屋にお戻りください」
「ガイ、ガイ、どうしたんだよっ、ガイ!」
「誰か、ルーク様を部屋にお戻しして――」
「ガイ、どうしたんだよ、ガイぃ……」

薄目をあけると、明かりのついた部屋の中で抱きついている焔があって。
大きな目から涙を流しながら、懸命にすがりついてくる手があって。
どうして泣いてるんだ。
(どうしてだ、ルーク……)

「……っ、は、はあっ、はあ、はあっ……」
とたんに体は呼吸を思い出して、ガイは荒く息を吐いた。
ベッドに深く身を沈め、大きく息を繰り返す。
「ガイ、大丈夫ですかガイ」
「……ペール、か……?」
声にそう答えると、ええそうですよとほっとしたような言葉が返ってくる。
「突然胸をかきむしって……どうかしましたか」
「…………」

息ができなくなった、と言えばいいのだろうか。
答えに窮したガイの手を、温かいものがぎゅうっと掴む。
「ガイ、大丈夫か」
「るー、く? あ、ああ……だいじょ、うぶ、だ」
なんとか笑顔のようなものを作って見せると、また涙が落ちてくる。
今度はどうしてなんだ。

「ガイ、やな夢見たんだな」
「え? いや――」
(夢……夢じゃ、ない、あれは――現実の)
「だって、泣いてる。だから俺が一緒に寝てやる」
「……え? な、なにを言って」
「ペール、いいよな? みんなも、父上と母上には内緒な」

ごそごそと子供に布団にもぐりこまれてから、ようやっとガイの頭が動き出す。
何をしているんだ、とか。そんなことしちゃいけない、とか。
「俺が抱きしめて寝てやるからなっ、安心しろよガイ」
涙の跡のついた笑顔でそう言われて、腰にぎゅうっと抱きつかれて。
その温かさに心が揺らぐ。

「ルーク……」
「おやすみ、ガイ」
「……ああ、おやすみ」
少しためらってから、その髪に指を入れる。
手触りも色も、あの時とちっとも変らない。
「なあ、ルーク」
「なんだよ」

……彼に何を伝えればいいのだろうか。
このルークはまだ子供で、本当にまだ幼子で。
やっと普通にしゃべれるようになって、文字が読めるようになって。
やっと剣が握れて稽古ができるようになった、「昔の」ルークなのだ。
まだ世界を知らない。予言を、死を、運命を知らない。

「……ルーク」
「なんだよ?」
「「俺の可愛いルーク」。お前を愛しているよ、ずっと……愛している」
こめられた感情が多すぎてくぐもったけれど、ルークはちゃんと聞きとったようで、まだ小さい手をガイの体にまわして嬉しそうに笑った。





I lost you once, and given you once again.
(今度こそ、今度こそ曇りなくお前を慈しもう、真っ直ぐに愛そう)





***
ちょっと付け足すつもりが連作になったようです。
ガイはたまに悪夢を見てうなされてルークが添い寝してくれるといいね。

…………はっ、ガイが一人で美味しいパターン!