<連れ出してあげる>
重苦しい空気に全員が顔をゆがめる。
真っ先に動き出したのはナタリアだった。
「大丈夫ですか!?」
「ナタリア、待て」
「なにをしますのガイ!」
彼女の腕を引いたガイは首を横に振る。
「瘴気のせいかはわからない。ティア、病気か? それとも瘴気か?」
「……病気には見えないわ」
「そうか。じゃあ感染ることはないな」
ぱっとガイが離した手はナタリアだけではなく、ルークもだった。
黙って腕を捕まれるに任せていたルークは、少し髪を揺らす。
「うつる、って」
「衛生状況がわからない現場では軽率な動きは慎むべきですからね。いやぁさすがです」
「わかってるなら言えよ……」
ジェイドの適当な茶々に嫌な顔をして、ガイはルークの頭をなでる。
「悪かったな。痛かったか」
「だいじょーぶだっつーの! よし、一人でも治療しねーと!」
「状況を把握してからの方がいいのでは? バラバラになるのも問題です」
「しかし! 早く動けばそれだけ助けられる人も増えるのですよ!?」
ジェイドの言葉にナタリアが突っかかる。
このままどうせルークに回されるのだろう。みんな親善大使をいいように使っていないか。
「ん……じゃあこうする。俺とアニスとミュウが情報を集める。あとは治療に回ってくれ」
「はわ〜、ご指名ですかぁ?」
「行くぞ」
高い声を上げたアニスを手招きして、ルークは瘴気のたまっている町の中へ消えていく。
「おやおやぁ、離ればなれになってしまいましたねぇ」
そしてめんどくさいことになりましたねえと笑うジェイドに、ガイは溜息を吐いた。
「ルークの精一杯なんだよ、勘弁してあげてくれ」
「二分にするのは感心しませんけどねえ」
「負傷者を運ぶのはちゃんと手伝えよジェイド」
なおも言葉を続けようとしていたジェイドに笑顔で念を押しておいて、ガイはとりあえずナタリアとティアとイオンが近寄った最初の患者を動かすために袖をまくった。
「みゅ、ご主人さま、だいじょうぶですの?」
「力なら俺よりガイのがあるし。ジェイドがいればナタリアの無茶も止めてくれるだろ。大丈夫だ」
「みゅう……ご主人様が大丈夫か聞いたですの」
ぱたぱたと足下を歩いているミュウをつまみ上げると、ルークは肩を竦めてチーグルを小脇に抱える。
「俺ができることなんかほとんどねーからさ。アニスだけに情報集めろってのも危ないし」
「ルーク様やっさしぃ☆」
「違うって。正直……ちょっとためらいもあったし」
「またまたぁ、ルーク様ってば♪」
「ほんとなんだよ! 怖いって……思った。んなわけねーのに、なにもわかってなかった!」
「ルーク様……」
「俺はナタリアみたいにためらいなく触れなかった。俺の治癒術なんてたいしたことねーし、変なことしちまったら困るし……それに……」
「ルーク」
目の前に回り込んだアニスは、両手を腰に当ててルークを下から見上げる。
黒い目が強い意志を宿していて、ルークは瞬きするといつもと様子の違う彼女を見つめ返した。
「なん……」
「あのねルーク。ルークがずぅーっと箱入りなの知ってる。あたしやティアや大佐みたいに軍人でもないし、ナタリアやガイみたいに外を見る機会もなかった。だからルークが戸惑ったり、こういう緊急事態の時にうまくできないからってそれは当たり前のことなの。こういう時にすぐに動けるように軍人は訓練してるの。それは民間人が動けないからなの」
ミュウを抱えたまま動かないルークに、アニスはなるべく安心させるように笑った。
いつものかわいく見えそうな笑顔ではなくて、ガイが浮かべているような笑顔で。
「ルークはがんばってるよ」
「……俺……おれ、だって、なにも」
「イオン様をバチカルに連れてきてくれた。アクゼリュスまでがんばったし、さっきだってちゃんと割り振ったよ。ルークはすっごくがんばってる」
うつむいていたルークの肩が震える。
ぽたりと落ちてきた水滴に、ミュウは上を見上げた。
「ご主人様」
「うるせー、ブタザル……」
弱々しい語気で呟いてから、ルークはその場にしゃがみ込む。
「……師匠が、俺の力で瘴気が消せるっていったんだ」
「ヴァン謡将が?」
「でも、俺は超振動をコントロールできない。万が一何かがあったら、この町はどうなる……?」
「……壊れちゃうかもね」
「だから、そんなことできない。そういったのに師匠は聞いてくれなかった。師匠は好きだけど、外には出たいけど、俺っ……」
知ってるんだ、とかすれた声でルークは呟く。
ますます聞き取りにくくなる声に、アニスはもう少し近づいた。
「師匠は、俺が英雄になるって言った。英雄になれば自由になれるって」
「……」
たしかに瘴気を消せればルークは英雄になるかもしれない。
英雄になれば彼の軟禁もなくなるかもしれない――だが。
「ほんとにそう思うの」
「俺、知ってるんだ。英雄って言うのは「たくさん人を殺した人」への称号、だろう……?」
殺さないと英雄になれないなら、いらない。自由になんてならなくてもいい。
すすり泣きながら言うルークの肩をアニスは思わず抱きしめる。
「大丈夫だよルーク。連れ出してあげる」
「……え?」
「アニス様に任せなさい! また軟禁されたらあんな屋敷の門なんてぶち破って連れ出してあげる」
「ば、ばか! 処罰されちまう!」
「平気だよ! だからね、ルーク。これが終わったらまたマルクトに行こうよ。ちゃんと案内してあげる」
うん、とアニスの腕の中でルークは小さく頷いた。
絶対だよ、と念を押したらもう一度今度は答えも返ってきた。
***
二週目だとアニスがルークの味方にさっさとなります。ミラクル。
嫁になろうではなく、姉というか幼なじみみたいな。
どっちもメンタリティ十代前半〜半ばできゃっきゃしてる感じ。かわいい。和む。
もちろんガイがお父さんでお母さんでお兄さんです。
ナタリアとティアはお姉さん。ジェイドは……親戚のおっさん……。