<にゃんにゃんにゃにゃん>
失敗しました。
真顔で言い放ったジェイドにアニスは寒い目を向けた。
「いやあ、まいりました。上手くいかないものですね?」
「大佐……なにやらかしたんですか?」
「ええ。ルークの治療をしようとしたら何かを間違えたようでして」
「何をどう間違えるとこんなことに……?」
もはや疲れ果てたアニスのツッコミは届いているのかいないのか。
話題の中心人物は今、二人の女性に囲まれている。
「まあルーク、かわいらしいですわー」
「ルーク……かわいい……もっといい?」
「ちょ、ナタリアもティアも顔がマジでこえーっつーか……」
女性二名にはさまれて行き場をなくしあわあわしているルークは、突き飛ばしたりして強行突破という概念はないらしい。
あのフェミニスト従者に教育されてきたのだから当たり前かもしれないが、今回ばかりはその選択は間違いだ。
「この状況でガイがいないのは幸か不幸か、どっちでしょーね」
「アニスも加わってぺたぺたしてこなくていいのですか?」
「だってータイミング悪くあの腹黒従者が戻ってきたらめんどく……ほーら、噂をすればですよーぅ」
アニスがわざとらしく肩をすくめると、閉じていた扉が開いた。
二人に囲まれて困った顔をしていたルークは、入ってきた人物を見て目を輝かせると、助けを求めるように軽くはねて手を振った。
「ガイー」
「どうしたルーク、モテモテだ……な……?」
必要品を買いだしてきた従者が笑顔で返しつつ固まる。
どさどさと荷物が床に落ちた。ボトル系や卵の買い出しがなかったのが幸いか。
……もっともガイは責められない。
「ガイー、耳生えたー」
赤毛の子供は自分の頭に生えたおそろいの色の猫耳を引っ張って、保護者に無邪気に報告した。
「待て待て待てちょっと待て!」
瞬間移動したガイにはかまわず、ティアはルークの耳を先ほどからふにふにと触っている。
「猫耳……ルーク……かわいい……♪」
「いいいつからだ!?」
「さっき生えた」
「か、体の調子は悪くないか!? 痛いとか、そういうのは!?」
「痛くはねーけど……ふにゃ、ティア……耳もうやだ……」
顔をゆがめて呟いたルークに、ティアは残念そうな顔をしつつも手は離す。
ようやく解放され、ルークはふらっと数歩進んでからガイにしがみついた。
「ガイー」
「な……なんだ?」
ぐりぐりと顔をガイにこすりつけてから、ルークは顔を上げる。
「耳生えたー」
「………………そうだな」
「どーすん……にゃあ! さわんなナタリア!」
後ろからふに、と耳をつままれてルークは声をあげてから後ろを振り返り頬を膨らませる。
「…………………………そうだな……とりあえず………………座らせてくれ」
真顔というかすべての感情が抜け落ちたような顔で呟いたガイは、ルークから数歩離れてからソファーにドスンと腰を落とす。
「ガイ、どうした? 具合悪いのか?」
「いやそんなことはない」
口早に心配そうな顔をしたルークにそう答えてから、ガイは両手で顔を覆った。
泣いている――わけではなさそうだ。
「ガイー?」
どうしたんだよーと口をとがらせたルークの前でガイは動くそぶりすら見せない。
いつもはルーク至上主義で動いている彼が珍しい。
「ルーク、ガイは疲れているのよ。そっとしておいてあげましょう」
「や、やだからな! もうティアでも耳は触らせねーからな!」
ぺたりと猫耳を伏せたルークは警戒するようにティアから距離をとる。
そんなことしないのに……と呟いたティアは残念そうに手を下げる。
警戒している動物のようなルークは、俯いたまま動かないガイの後ろに回り込むと、ぎゅうと彼の肩を握りしめた。
「ガ、ガイ!」
「……とりあえずなんでそうなったんだルーク」
「ジェイドが怪我を治してくれるっていうから頼んだ」
「いやあ、実際ルークの音素がどうなっているか知りたくて☆」
「なるほど。短いようで長い付き合いだったな旦那」
呟いたガイのセリフが絶好調に不穏だったので、ジェイドは笑顔のまま慎重に距離をとる。
「おそらく治せるとは思いますが、このまま放っておいても治ると思いますよ☆」
「根拠はなんだネクロマンサー」
「そもそも治療目的でしたので、体が治ればたぶん消えます」
たぶん、とか微妙な単語が混じっていたものの、ガイはそれで納得したらしい。
「ルーク、今晩は様子を見ような」
「治んねーの?」
「大丈夫だ。明日の昼までに治ってなかったら代わりにジェイドが猫に転生するから」
笑顔で言い放っているガイが言っているのは事実上の殺害予告だったりする。
さっさと輪廻転生にぶち込むと言われたジェイドは、笑顔を浮かべたままさりげなく距離をとり、そして部屋を出ていく。
「じゃあ今夜はこのまま……?」
へにゃりと耳を倒したルークは後ろから座ったままのガイにしがみつく。
「大丈夫ですわルーク、出発は明後日にいたしましょう」
「たまには休憩もいいものだしね」
「ゆっくり怪我治すといいとおもいまーす」
女性陣の了解を得たものの、ルークの顔色は優れない。
「ずっと耳あったらどうしよう……」
「耳があってもなくても、ルークはルークだろ?」
いつものルーク専用の笑みを浮かべたガイだったが、ちらりと後ろに視線を送ってから速攻で前に戻す。
「よ、よし。とりあえず休むかルーク。今日は全員個室だし」
久しぶりにゆっくりできるぞよかったなあ。
笑顔のガイの金髪に顔を埋めて、ルークは呟く。
「ガイと一緒がいい……」
「ほら、せっかく一人でベッド使えるし」
「ガイとがいい」
「いやでもシングルだから狭いし」
「……」
答えずにぎゅうぎゅうと抱きつかれて、ガイは深く深く溜息を吐いた。
***
耳生えたー っていうルークが書きたかっただけ。
がいはこのあととてもたいへんだったとはおもいますがてはだしてないとおもいます。
二周目のガイはルークに手を出さない事を己に誓っているため、必死です。
だからヘタレってわけじゃないよ!
↓ガイが暴走しそうになったのでぶったぎった続き
ごろごろとベッドの上で転がっていたルークがむくりと起き上る。
離れた位置にある椅子に腰かけてなるべく冷静になろうと努めていたガイは、気分が変わったのかと思いながら声をかけた。
「どうしたルーク、気分悪いのか?」
「むずむずする」
「は?」
尻のあたりをひっかいていたルークは、何を思ったのかズボンに手をかけた。
真っ青になったガイが止めるより早く、ずるりとひざ下までズボンは引きずり降ろされる。
そしてふわり、とそれは揺らめいた。
「……ガイ、しっぽも生えたー」
ちょん、と尻尾をつついたルークの言葉に、ガイはその場に突っ伏していた。