<守るよ>
「ガイ! ガイ、今日は稽古しよーぜ!」
数日ぶりに晴れると見るや、子供は満面の笑みを浮かべてガイにそう言った。
ここ数日、じとじとと続いた雨の中、彼はきちんと勉強をしていたのを知っているのでガイも断るつもりはない。
「そうだな、昼の前に腹ごなしとでもいくか」
あくまで練習用の模造剣を手にして、ガイは中庭にでた。
「ガイもちゃんと剣使えよ」
ルークの握る剣は一応本物の剣である。もっともその刃はなまくらに等しいが。
「俺の剣はお前を守る以外に抜く気はないね」
冗談めかしてそう言うと、ルークは唇をとがらせる。
「んなのずりー。んじゃあ俺もガイを守る時だけ剣抜く!」
子供らしいむちゃくちゃな言葉に、ガイは柔らかく笑った。
「お前の剣はお前を守るためだよルーク」
「じゃあガイは誰が守るんだよ!」
「俺は自分で自分を守れるさ」
「俺も守れる!」
とりあえず一緒でないと気が済まないのだろう、ルークは頬を膨らませながら手の中の剣を握りしめる。
そのまだ育ちきっていない手に剣を握る意味を、この子供はまだ知らない。
「なあルーク」
「何だよ?」
そっと赤い頭に手をおいた。
「約束してくれないか」
「いいぜ」
あっさり許可をもらってガイは吹き出し、先に内容を聞いてからにしようなと言い聞かせると、ルークは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「だってガイの約束だろ。なら絶対守る」
「そっか、ありがとな」
無償の信頼に頬がゆるむのを自覚したが止められなくて、ガイはにやけきった顔のままルークの頭をなでた。
「お前は自分を守ってくれ」
「……でも」
「俺を守ったりしないでくれ。俺が一番痛いのは怪我じゃない。お前が傷つくことだ」
「…………」
ルークの視線は逸らされ、彼がなっとくしていないことをガイは知る。
嘘のつけない子供の前に座り込んで、ガイは卑怯な大人の都合を押しつけた。
「俺はお前の護衛だ。俺は傷ついてでもお前を守るのが役目なんだ」
「ガイと俺は親友なのに……?」
こぼれそうなほどめいっぱいの涙をためたルークのくぐもった声に尋ねられ、ガイはあっさりと折れた。
「お前が傷つくと、俺が痛いんだ。苦しい、悲しいんだよルーク。だからお願いだ、お前は自分を守ってくれ。俺は大丈夫だから」
しばらくルークは黙っていたが、ゆっくりと頷いた。
***
「イオンは下がってろ、戦闘は……任せろ」
「大丈夫ですか」
「だ、大丈夫だっつーの! 倒れるなよ!」
わいわいとやりとりをしている二人はほほえましい図だ。
それにアニスがつっこんでいっているが、まあいいだろう。
「意外でしたねえ」
「なにが」
最高尾を歩いているジェイドがぽつりともらし、ガイは振り返らずに尋ねる。
「あなたがルークに戦わせることです。てっきり完全に前線からはずすかと」
「……はずせるものなら、はずすさ」
ルークの旅はここで終わるわけではない。まだ多くの迷宮をくぐり抜け、町を渡り、大陸を横断しなければいけない。
永遠にガイはルークを守っているわけにはいかなくなるし、彼は元々守られていることを良しとできない気性なのだ。
「まあ箱入りお坊っちゃんの割にはましな剣の腕ですし、自分の身は自分で守れるようです」
「いっておくが本来ルークは護衛されるべきであって、剣を持って戦う側じゃないからな」
「そんなことはわかっていますよ」
「戦力に数えておいてよくもそんなこと言えるな」
口調がやや冷たくなったことをガイは自覚したが、ジェイド相手に取り繕うのも今更だ。
「怖いですねえ。あなたの大事なルークを傷つけるリスクを犯してすみませんでした」
「お前わかって言ってるんだろうが。心底人でなしだな」
我慢できず振り返って睨みつけると、ジェイドはいつものようなちゃかした笑みを浮かべてはいなかった。
「……ええ、彼がレプリカなのは理解しました。それでも彼が戦力なのは事実です。あなたの育て方のおかげですかね」
「そうだ」
戦えるように育てた。一人でも旅ができるように教育した。
本当ならずっと箱入りのままいてほしかった。
世界はあの屋敷と――ガイだけであってほしかった。
だがそれはガイのエゴでしかなく、ルークの幸せではない。
「ガイ、ジェイド、なにしてんだよおっせーぞ!」
先頭を行っていたルークが振り返って怒鳴ったので、ガイは笑って手を挙げると歩みを早める。
「悪いな」
「あんま遅れるなっつーの」
「隊列乱れちまったもんな、悪い悪い」
「そうじゃねーよっ!」
わかってねーなと言う顔のルークに下から見上げられて、ガイは瞬きをする。
「あんま離れると、心配だからさ」
「俺は大丈夫だぞ?」
「でも心配なんだ! 俺はガイがすげーの知ってっけど、でも心配なんだよ!」
だからあんま遅れるな、といってルークはガイの手を握る。
されるがままに握り込まれた手は、そのままぐいっと引っ張られた。
「ガイ、ちゃんと俺の横歩いてろよ!」
その横顔に思わず問いかけた。
「けがはないか」
「ねーよ」
「気をつけろよ」
「つけてるっつーの! だからちゃんと俺の横で見てろよ!」
目の前に現れたチュチュンの姿に、ルークは剣を抜く。
左右ではティアとアニスも戦闘態勢をとった。
「あのなっ、ガイ」
「なんだ、ルーク」
ガイも剣を抜いて構える。
二人でそろって前に飛び出していく直前に、ルークはこう言った。
「俺だってガイを守れるくらいいつか強くなるからな!」
屋敷にいたときとは見違えるほど鮮やかな軌跡を描きながら剣を振るうルークの姿に、ガイの口元がゆるんだ。
「……楽しみにしてるよ、俺のかわいいルーク」
***
二週目ガイルクはガイ様がレベル150付近から開始なので、一周目よりさらにルークとの間に差があります。
でもルークはガイを守りたい。ガイに守られてるみたいにしてみたい。