<正しい知識(R-15)>



「やっぱりガイがいい、だから見せてくれよ」
当然の要求をしていると言わんばかりの顔で言い放ったルークの前で、ガイは真っ青になった。


……話は数か月前まで遡る。










先日めでたく十四の誕生日を迎えたルークは、精神的にはせいぜい7、8だろうけどもとりあえずつつがなく過ごしていた。
とりあえずつつがなくというのは、半年ほど前からちょくちょくとある問題があったからなのだが、ガイは見ない振りをしてきた、というか直視してどうすればいいかわからなかったのだ。

今度こそきちんとルークの教育をやりぬくと決めたガイラルディアが逃避してきた問題。
それはルーク坊っちゃんの性教育だった。


精神的にはやんちゃ盛りの子供だが、肉体年齢はそろそろ大人になりかけている。
背も伸びてきたし、声変わりもした。
半年ほど前におきた夢精については教科書的なことを伝え、それっぽい教育用の本も読ませてあったが、精神的に幼いルークとしてはたいして興味もないらしく、庭いじりだの料理だの訓練だのに明け暮れる毎日だった。
なので時折下着が汚れる程度で留まっており、ガイはこれ幸いとそれ以上その件について触れなかった。


以前のルークに対してはそんな悩みなどなかった。
それはもちろんガイの教育がよかったというわけではなく、今となっては考えたくもない行為を物心つく前というか記憶を失ってからの彼に強要していたせいである。
そのおかげというよりはそのせいで、性教育に関してだけは同世代をぶっちぎって潤沢だった。
もちろん褒められたことではない。

問題はこの手塩にかけて蝶よ花よと育てた純粋培養のルークである。
精通はしている、たぶん性欲もそこそこはあるのだろう。
ただガイがスルーし続けていたせいで、あとその手の話題に触れてくる人間が他にいなかったせいで――


ついにルークが不調を訴えた、というか癇癪を起した。
おそらく心が体の変化に対応できなくて、悶々としたいら立ちが鬱積したせいだ。
そこまで汲めていたのだがガイは見て見ぬふりをしていた。
「俺おかしいよ、なんでだよ!」と悲鳴じみた声を上げたルークの前で、いい年をして固まった。

そしてそこから話がややこしくなってくる。
最初はガイが口頭で説明し、それ系統の本を押し付けるつもりだった。
他人に譲れる仕事ではないし(男性使用人は皆無だし、年が一番近いのはもちろんガイだ)本を渡すだけでは理解できまい。
そう思ってガイはルークに説明した。
男性は年頃になると興味が出てくること、それはごく普通で誰にでもあるということ、発散の仕方や対応の仕方。
やっていいことややってはいけないこと、我慢できなくなったらきちんと発散させること、など。
中味は子供でも体は大人になりかけている、うっかり身近な女性相手に発散などさせてしまったら大変だ。

もちろん照れはあったものの、ガイラルディアは頑張った。
愛しい子供の未来のためを思い、精一杯丁寧に説明し優しく教えた。

「……ってわけで自分でやるんだ。できるな?」
一仕事を終えた充実感と共に念を押すと、ルークは唸る。
「わかったよな? じゃあ俺は出てるから……」
そう言って立ち上がろうとすると、床に座り込んでいたルークがガイの服を引く。
「どうしたルーク」
まだわからないのかと腰をおろしかけると、ルークは、まっすぐガイを見上げて言った。

「ガイやって見せて」
「………………いや、いやいやいや」
予想外のセリフに愕然とし、ガイは首を横に振る。
やって見せてってどういう意味だというかそれは無理。
それなのに子供は不満げな顔をする。
「だってガイが「聞いて学ぶより見て学んだ方がいい」つってたじゃねーか」
「……いや、あのな、これは今までとは違って……」
これまでの勉強とは違う。
というかこれは一人でやるものでけして誰かのを見て学ぶものではない……はずだ。

「聞いてもよくわかんねーし、ガイが見せて教えてくれた方がいい」
きっぱりと言い切った子供の前で、ガイは項垂れた。
ここで断ってもいつか絶対に押し切られる、間違いない。
そもそも「見て学べ、わからないことは俺に聞け」は今までガイがルークに対して徹底的に行ってきた教育の成果であり結果である、喜ばしいこと……なのだろうか……いや、そのはずだ……
「ガーイー」
教えてーと言わんばかりの眼で見つめられ、ガイラルディアは腹をくくった。
ここで足掻いてもまったく意味はないし、一度だけだと思えばなんとか耐えられる。

「……じゃあ俺が自分でやって見せるから……ちゃんと覚えろよ」
「わかった!」
敗北者の言葉にルークは満足げに頷き、興味津々といった様子で目を輝かせてくる。
その様子に眩暈すら覚えながら、ガイは溜息を吐くとカーテンを閉め、部屋の鍵をかけた……自己防御である。


前をくつろげながらだんだん憂鬱になる。
ルークの前で自慰のレクチャーとは誰のいじめだ。運命か。
「ここを……こうして……こう……」
なるべく直接的な言葉を避けて説明しつつ、ガイは一心に見つめてくるルークの視線に眩暈がした。
なるべく意識しないようにと思えば思うほど、意識がそちらへ向いてしまう。
「くっ……」
呻いて眉を寄せ――それは間違いなく快感だった。

四つ年下で精神年齢はもっと幼い少年に見られて感じるとは、人として最低だ。
泣きたくなりながらガイはなるべく無心で行為を続ける。
「ここを……こうする。あとはまあ……やればわかる」
これでもういいだろと投げやりな気分になりつつ終了させようとすると、子供は非常に残酷なことを言い放った。
「えー、最後まで見せろって」
勘弁してくれ。
これ以上精神が持たないことが分かりきっていたので、ガイは手を止めて真面目な顔を作る、というか真面目にならざるを得ない。

「ルーク、こういうのは人に見せるものじゃないって言っただろう。自分ひとりの時にやるものだ」
「そうなのか」
「だから俺も一人の時しかしない。お前もそうしろ」
ガイのその無理矢理だが的確な渾身の説得に、ルークは眉をひそめる。
何が不満だ。
「……でも、俺よくわかんねーし、最後まで見ないと不安っつーか……」
ぼそぼそとこぼされた言葉はルークの本音だろう、腹芸など絶対にできない子供だ。
その不安そうな表情と、すがるような言葉に、ガイはうっかりその気……ってどんな気だ、いや違う、それは違うんだけど。

しかたない、と溜息を吐いて。
ガイは離した手を再び動かすことにした。
もうなるようになれだ、一度だけだ、一度だけでいいんだから。
「一度だけだぞルーク」
しつこいほど念を押して、ガイは手に力を入れた。