<そばにいて>
「……ごめん、ごめんな。ちゃんと全部返す、かえすから」
父上も母上も、ぜんぶぜんぶかえすから。
そう言ったルークにアッシュは言葉を詰まらせた。
庇護されてしかいないお前に何がわかる、と怒鳴り散らしたかった。
お前のせいで俺はこんなに、と言いたかったのに。
「おれ、出ていくから。戻らないから――だから」
声を詰まらせたルークは、一度うつむいて、そしてもう一度顔を上げた。
「だから、お前は、あそこに戻って――みんな、よろこぶ、から」
父も母も、伯父上も。
ナタリアも、ティアも、ジェイドも、アニスも。
それにきっと――
返すことにしたんだ。
そう呟いた愛しい焔を、ガイは思わず見つめ返した。
このルークは確かにルークだけど、ガイの記憶にあったあのルークとは違う行動をする。
けれども表に出てくる言動は違えど、その根底にあるものはいつも同じだった。
同じなのだから、つまりあの時のルークは――
「アッシュに、全部返すことにした」
俺が余分な方だったんだ、と呟いた彼にガイは何も言えない。
そんなことを、思っていたのか。
こんな時期から、ずっと――ずっと。
「ほんとうか」
動揺したガイからはそんなばかばかしい言葉しか出てこなくて、ルークはこくりと頭を縦に振る。
「さびしい、けど」
寂しいよ、ともう一度繰り返して、子供は顔をくしゃりと歪めた。
「父上にも、母上にも会えない。ナタリアにも、ティアにも、ジェイドにもアニスにも――っ」
ぼろりと涙をこぼして、ルークは手の甲で必死にぬぐったけど追いつかなくて。
頭で何かを考える前にガイはハンカチで優しくその頬をぬぐっていた。
「ルーク」
「……イ、は」
「ルーク、泣くな」
お前を泣かせたくなかった。
お前が泣くなら世界なんてなくなればいいと、本気で思っているのに。
「ガイはっ! でもガイだけは嫌だっ!!」
叫んだルークは、真っ直ぐにガイの胸に飛び込んでくる。
強いタックルを受け止めたガイが見たのは、涙で顔を汚しながらこちらを見上げてくる愛しい子だった。
「ガイだけは……ガイだけは渡せねぇ。お願いだ、俺と一緒に、いてくれ。ガイがいるなら、頑張れる。ガイだけは、ガイは、アッシュに渡せない……」
「…………!」
その言葉に、どれだけガイが歓喜したのか。
ルークはきっと永遠に知ることはできないだろう。
一度は全部失った。
生きる意味すらなくした男は、希望を再び見ることができただけで僥倖だったのに。
この喜びを言い表す方法など、このあふれる感情を誰かに伝えることなどできやしない。
「……ごめん」
ふいっと顔を曇らせたルークが離れそうになりかけて、ガイは慌てて腕に力を込めた。
「るー、く」
「ご、ごめんっガイ! ちゃ、ちゃんとガイも、アッシュのところに」
「馬鹿言うな。俺はルークのそば以外にいたい場所なんてない」
「でも、ルークはアッシュで、お前が仕えるのは」
「俺が大事なのは、お前だよルーク。七年前からの記憶しかない、「お前」だ」
唯一絶対の君主で、友で、愛する人。
お前しかいらない、お前だけでいいんだ。
「嫌だって言っても、ずっと隣にいる」
「……ほん、と、に?」
「本当だ。俺のすべてを、お前にささげる。俺の可愛いルーク」
ガイの肩に顔をうずめていたルークがそこで視線を上げて、その翠が何より綺麗で――もちろん愛おしくて。
まだ不安に揺れている目を覗き込みながら、ガイはゆっくりとルークの頭をなでる。
「世界のどこでも、ついて行くよ。もう二度と離れない……離して、たまるか」
All you need to say is "stay with me".
俺の焔、俺の愛し子、俺はお前を愛し守る世界にしか生きられない。