<彼にできる事>



「正直言って、びっくりしたわ」
「何が?」
ミュウとアニスに追い回されて、ぎゃあぎゃあ言いながら走っているルークを見守りつつ、剣をといでいたガイの隣に腰をおろしていた彼女はそう呟いた。
何の事だかよく分からなかったので手を止めて聞き返すと、長い髪をかき上げつつ視線を向けられる。
「ルークよ」
「ルークがどうかしたのか」
「……ずっと、屋敷に閉じ込められていたのよね。なのに彼は買い物の仕方も、労働の仕方もわかっていたわ。もちろん軍についても、譜術についても、普通の人よりよく知っていたけど。でもルークはサンドイッチの作り方まで知っていたのよ?」
「そっか」

素っ気なく答えつつも、ガイの口元は緩む。
あからさますぎるその表情の変化はさすがに気付かれたようで、くすりと笑われた。
「教えたのはあなたね、ガイ」
「ご想像にお任せするよ」
「ファブレ家の嫡男に、どうしてそんなことまで教えたの?」
「それもご想像にお任せするさ」
「……買い物も料理も、ルークには一生いらなかったはずの知識、よね」

買い物や料理だけじゃないさ、と返したかったけどガイは微笑むだけにした。
あいつはヴァンに教えられなかった技をいくつも知っているし、キャベツの育て方だって知っている。
一人でボタンを縫うこともできるし、各国の要人の顔も覚えている。

「ティア」
「な、なに?」
「パスタはもう食べたか?」
「え?」
「あいつのカルボナーラ、美味いぜ」
「え……え?」
「よしっ、終わり」

研ぎ終えた剣をしまってガイは立ちあがる。
「ちょ――待ってよガイ、質問に答えてもらってないわ」
「答え……ねえ」
教えてやる義理なんかないんだけどなぁと内心思っていることはおくびにも出さずに、ガイラルディアは綺麗に笑った。
それこそ、ティアが思わず赤面して視線を落とす程度には。

「俺の可愛いルークは勤勉なんだよ」
七年間、ガイもルークも持て余す時間なんかなかった。
覚える事はたくさんあったし、学ぶ事もたくさんあった。
退屈に沈んでいたあの頃のルークが嘘のように、今のルークは充実した屋敷での生活を送っていた。
気付いてやればよかった。同じ事をさせてやればよかった。
自分が一人変わるだけでこんなにもルークの世界を開いてやれたのだと、後悔している。
後悔しているし――今の結果が嬉しくもある。

「あなたは、ルークがこうやって外に出ることを予期していたの?」
核心をついてきた言葉にもガイは軽く笑って、ご想像にお任せしますよとだけ返した。