<風邪の治し方>



真っ赤な顔をしてはふはふと息をついている子供の額に濡れタオルを乗せて、ガイはゆっくりと赤い髪を梳く。
汗をびっしょりかいているのでそろそろ寝まきをかえようと思いつつ、うっすらと開かれた緑の目を覗き込んだ。
熱のせいか潤んでいる瞳は舐めてやりたいほど愛らしいが、さすがにそんなことまではしない。
「ルーク、汗かいてるし寝まきかえような」
「……ガイ……」
きゅうと眉を寄せた子供はガイの方へ手を伸ばしてきたので、空中でそれを捕まえる。
「どうした? 腹が減ったか? 喉が渇いたか?」
「はやく、なおしたい……」

枯れた声でルークが呟いたのは紛れもなく彼の本心だろう。
もう三日も子供はこの部屋で寝込んでいる。
「ゆっくり寝れば治るよ」
「だ、て、ナタリア、にも、あえなかった、し……かあさん、も」
ルークが寝込んだと聞いてナタリアは見舞いに来てくれたが、もちろん王女の彼女に風邪をひかせるわけにもいかないので、面談は不可能だった。
ルークの母親も体が弱いために風邪をひいたらおおごとになるからと、会えていない。
「さびし、い」
つうっと頬を滑った水滴を素早く拭って、ガイは優しくルークの頭をなでた。

「ルーク、知ってるか?」
「なに……?」
「風邪って人にうつすと早くよくなるんだぜ。だから俺にうつそうな」
きょとんとした顔をしてから、ルークはゆっくりと首を左右に振る。
「ガイ、が、風邪ひく、の、ヤだ……」

ああなんてこの子は可愛いことを言ってくれるのか。
たかが使用人のガイが風邪をひくのを嫌がってくれるのだ、それで自分が治るとしても。
胸にこみ上げる感情をゆっくりとかみしめながら、ガイはとろけるような笑顔をルークに向けた。
「俺は大人だから大丈夫だ」
「……ほんとか?」
「本当だ。だから俺にうつして早くよくなろうな」
俺もルークに早くよくなってほしいよ、と一言付け加えると、子供は今度は首を縦に振った。
「わかった」
「いい子だ」
「でも、どや、って……?」

不思議そうな顔をしたルークの頬をゆっくりとなでながら、汗ではりついた横髪を丁寧にはがす。
赤い唇を親指でゆっくりなぞって、少しだけあごを持ち上げた。

「ルーク、一つ約束な」
「なんだ?」
「これからも、俺以外に風邪をうつすなよ」
「わかった」
何一つガイを疑わない目を覗き込んで小さく笑うと、ガイはルークの唇に自分の唇を重ねる。
そこまではスキンシップで何度もしたことがあったけれど、今日はここで止めるつもりはなかった。
というか、止まれなかった。

「む……う!」
ルークが小さく身をよじったが、ガイは気にせず舌をルークの口の中に押し込む。
熱のせいか熱い腔内をなぞると、小さな声を喉の奥からあげながら首を振る。
う、う、と聞こえてはいたがガイはそのまま思う存分にルークの中を堪能した。


そのくぐもった声も、頬の感触も、薄眼を開けば見える赤も――
「ルーク」
やっと唇を離すとルークは荒く息をしながら酸素を貪っていた。
ハァハァと繰り返される吐息が漏らされる唇をもう一度なぞると、びくりと肩が震える。
「俺の可愛いルーク」
「な、なんだ、よ」
「今のが風邪のうつし方だ。覚えたか?」
しれっとそんなことを言うと、ルークはこくりと頷いた。
それから何か言いたげにじっと見つめてきたのでもう一度ひっかきまわしたい気分だったけれど、さすがにこらえてどうしたんだと聞いてみる。
「いまの、ほんとに……?」
「ああ。俺以外にうつすなよ」
「だって……いつものキスじゃ、なかった」
「そうだな」
「だって……なんか、ヘンだ」
ヘンだ、と繰り返したルークの額に軽く口づけて、ガイは彼の背中にさっと手を差し入れると、上半身を起こした。

「じゃあ、着替えるぞ」
「ガイ、今の」
「着替え終わったらもう一度うつそうな」
「何度もするのか!?」
「そっちの方が確実だろ?」
「……それは……そーかもな」

納得していなさそうな表情だったが大人しく着替え始めたルークを手伝いながら、拙い手つきでボタンをはずす彼の手の甲に、しっかりとした形になりだした鎖骨に、上気している頬に口づけながら、ガイは囁いた。
「早くよくなれよ、俺の可愛いルーク」
呪文のように繰り返されるそれが紡がれなかったのは、着替え終わったルークか二度目に「風邪をうつして」もらう時だけだった。










This is the way to cure the cold!
(お前に触れていられるのならどんな言い訳だって構わないさ)





***
甘ったるい犯罪者ガイルク。
追記で七年後のお話。



宿でのんびりおやつをつまんでいると、いつもよりだいぶ言葉少なだったルークが席を立たずに呟いた。
「風邪ひいた、かも」
「本当!?」
素早く反応したのは前に座っていたティアで、心配そうな顔でルークを気遣う。
「なら早く寝なきゃ。治癒術で風邪は治せないもの」
「だよな、旅に支障が出たら困るし」
「数日ならかまいませんけどね、野宿もはさみますし早く治すに越したことはないでしょう」
ジェイドが冷静に言うと、はわ〜とアニスが立ち上がる。
「じゃああたしが看病しますよお、ルーク様ぁ」
「何か温まる飲み物を用意してもらった方がいいですね」
イオンも心配そうな顔でいったが、ルークは大丈夫だってと手を振って笑った。

「風邪なんてすぐ治るって」
「風邪を甘く見たらいけませんの!」
ルークのひざの上にいたミュウが叫んだが、大げさだってと横に置く。
「ガイにキスしてもらうからすぐ治るっつーの」
「「はい!?」」
一同の素っ頓狂な声を受け、ルークはきょとんとした顔で繰り返した。
「だから、ガイにうつせばよくなるって」
「それとキスの関係はなに!?」
「ルーク、あなただまされてない!?」
女性陣二名に詰め寄られ、ルークは不思議そうな顔をジェイドに向けた。
「だって風邪はうつすと治るっていうよな?」
「……まあ言わなくはないですね」
「だからガイにキスしてもらうんだけど」
「まあキスでうつることもあるでしょうけどね」
「だろ? おかしくねぇって。ちっさい時から俺はそうやって風邪なおしてんだからさ」

皆もそうだろ、とさも当然のように言われて一同は絶叫した。

「「いいから寝て!!」」

買い出し行っていてたまたまこの場にいなかった爽やか使用人が、ルークに関しては本当に全力で変態だと一同が胸に刻んだ記念すべき日になった。