<かつての主従>



「うー?」
小さく唸ったルークはまだまだ言葉が不自由だったが、驚くべき速さで習得しつつある。
少なくとも耳から入る言葉はかなり理解していると知っていたので、ガイは腰をかがめて視線を合わせると、ルークの目を覗き込みながら柔らかく伝えた。
「ルーク様、ヴァン謡将ですよ」
「本当に覚えていらっしゃらないとは」
眉を寄せたヴァンに白々しいと悪態をつきたくなったが、公爵の手前もあり必死にこらえる。

誘拐して作ったレプリカ。
予言の目を欺くためにだけにもてあそばれた子供。
この子をこんなにしているのはお前だろう、と怒鳴りたかったのだけど。

「ルーク様はこの方に剣を教わっていたのです」
「……?」
きょとんとした顔のルークの前で、ガイは自分の腰に帯びている剣を叩いて見せた。
「これですよ。ルーク様も剣術を学んで――」
「いっしょ?」
発声した言葉は少し発音が怪しかったが、誰の耳にもそうと聞こえた。
「はい、いっしょです。やってみますか?」
「うん」
こくりと頷いたルークに公爵とヴァンの気配が少し柔らかくなった。

完全にヴァンを立ち入り禁止にするわけにもいかない。
屋敷への立ち入りとルークへの接触はぜひとも最小限にしたいところだが――どこまでおとなしくしていてくれるやら。
憂鬱になりながらも、ガイはルークの背中を押す。
「では剣を持ってきましょう」
頷いたルークと共に外へ出ると、するりと背後にヴァンがついてきている。
せっかくルークと二人なのにと思いつつ、近くの廊下で足を止めた。
「では取ってこれますね、ルーク様」
「うん」
自分で部屋に入って行ったルークの小さな背中を見送る。
自分のことは自分で、を躾け中のガイは本当は何もかも手助けしてやりたい気持ちをこらえつつ、そこでのんびりと待つことにした。


「――ガイラルディア様」
いきなり背後からかけられた声に、ルークを部屋へ促したばかりのガイは静かに固まった。
忘れていないわけではなかった――のだけど。
「……ここでそう呼ぶな」
「計画に変更はありません」
「………………」
その「計画」は。
あの子供をずたずたにして、ぼろぼろにして。
その心も体も存在も痛めつけて、挙句に粒子の粒にするものだったのか、と。

「……ヴァンデスデルカ」
「はい」
どこまでも冷えていたであろうガイの声色にヴァンが気付いていないようだった。
そんな声、ずっと出していなかったのに。
「指示は、俺が出す。勝手に動くな」
「もちろんです。承知しました」


ああ、そうだろう。
お前の目的は半ば達せられた。
焔を奪い、レプリカを作った。
本物はお前の手の元に、偽物は偽られて屋敷に閉じ込められた。
「ヴァンデスデルカ」
(お前は俺にとって一言で言い表せられる存在ではない、だが――)
「……勝手な行動はくれぐれも控えろ。今はまだ時ではない」
「ええ、ガイラルディア様」
主と思っていない相手へ愛想を返す剣士の気配を背後に感じながら、ガイは小さく息を吸う。
それは溜息になるわけではなくて、カチャリと開いた扉の向こうからひょこりと出て来た赤髪への優しい言葉になった。

「…………」
「どうしましたルーク様、見つかりませんか?」
眉を寄せながら小さく頷いたルークに微笑んで、ガイはヴァンを振り返る。
「失礼します、主を手伝ってきますので」
「ああ、どうぞ」

扉の向こうに身体を滑り込ませて、ガイは小さな主を見下ろした。
きょろきょろと部屋を見回しているルークはどこかにしまってある自分の剣を見つけられていないのだろう。
「ガイ、どこ?」
つんつんとズボンを引っ張りながら見上げてきたルークの体を抱きしめた。
まだ華奢な体と、薄い肩に顔を埋める。

「ルーク」
「ガイ?」
「必ず守ってやる。だから、あいつより俺を信じてくれ。頼むぞ、ルーク……」
目に不思議そうな色を宿したルークは、ぽんぽんとガイの背中をたたく。
「ガイ」
「あいつを今どうする事もできないけど、必ずお前を守る。できるだけお前の痛みを軽くできるように――頑張るから」
「がんばる?」
「ごめんなルーク、ごめん」

必ずお前を――


何度もそう繰り返したガイをルークは不思議そうに見つめていた。





I do whatever, and kill whoever if that's for your happiness.
(今度は間違えない、大切なものを絶対に間違えないよ)





***
一週目でも複雑だったけど二週目の感情はもっと複雑。
姉とのこともルークとのことも、自分とのことも。
ガイにとってヴァンは師匠でもあったけど、姉を愛していたことも知っているけど。

だが簡単に言うと「お前ルーク泣かせたから許さない」で終了ではある黒ガイ様。