<はたけしごと>



「ごちそうさまでした」
両手を合わせていつもの食後の挨拶をしてから、そばに控えていたメイドを見上げる。
「うまかった!」
「ありがとうございます、ルーク様」
「俺、ちゃんとニンジンも食べたよな?」

ふふ、と笑った彼女は、そうですわねと言って腰をルークの視線に合わせて落とす。
「えらいですよ、ルーク様」
ささやくほめ言葉にへへと笑って、ルークは膝にかけていたナプキンをテーブルの上に置くと席を立つ。
「ブレマンいる?」
「こちらに」
キッチンへと続いている扉の前にいた料理長へ向かって、ルークは胸をはってピースサインを作った。
「全部食べたぜ!」
「また負けてしまいましたな」
笑った彼に、ルークは得意げに言う。
「今度からは甘くなくていいからな!」
「よろしいのですか」
「うんっ、大丈夫!」
「では明日の朝さっそく」

翌朝の朝食に苦手なニンジンを出される予告をされたが、甘く煮たのなら大丈夫になったという自信をつけたルークに怖いものはない。
ちゃんと食べられたという達成感を胸に抱いて、見かけよりずっと幼い少年はすぐに探していた金髪を見つけて中庭に飛び出した。
「ガイ!!」
「ルーク」
何かを運んでいた手を休めて、ガイがこちらを振り返る。
「ガイ、俺ちゃんとニンジン食えたぜ!」
「おお、すごいな。頑張ったなルーク、えらいぞ」

にこり、とルークの大好きな笑顔を浮かべてガイはくしゃくしゃとルークの髪をなでてくる。
それが嬉しくて、褒めてもらえたことが誇らしくて、ルークは満面の笑みを浮かべた。
「あのなっ、明日からは甘くないのも食べるんだ!」
「おっ、やる気だな。本当に食べれるか?」
「まあ見てろって!」
胸を張ったルークは、楽しみにしているよと上から声が降ってきた瞬間ふわりと浮かぶ感覚を感じた。

「じゃあ頑張ったご褒美にルークは何がほしいかな」
軽々とルークを抱き上げているガイの肩にしがみつきながら、ルークは数秒考えた。
ガイのくれるご褒美はいくつか種類があるけど、こうやって聞いてくるということは「何でもいい」ということなのだ。
それならとびきり贅沢なものでも、きっと大丈夫なのだろう。
「じゃ、じゃあなガイ」
ダメと言われること覚悟で(結構ある)ルークはガイの顔を見上げながら「ご褒美」を口にした。

「午後……俺との時間とってくれるか、なるべくたくさん」
「ん」
ルークの言葉にきょとんとした顔をしてから、ガイはくしゃりと笑顔になる。
その顔が好きで、せっかく今は近いから、ルークは頬をすりよせる。
「……ダメ?」
「ルークの頼みならもちろん。何をするんだ?」
即答された返事が嬉しくて、ルークの声のトーンが跳ねあがった。
「あのなガイっ、あのなっ」










気になっていたのだ。
ルークの部屋の窓からのぞくと、真下に生えている小さな葉。
「ここは木があるから、太陽あたらねーんだろ。そしたら育たねーんだろ」
「よく覚えてたな、その通り」
ガイに抱かれて、二人はルークの部屋の真下に来ていた。
片腕でルークを支えているガイは、反対側の手にスコップと軍手をいれたバケツを持っている。

「日のあたるとこに植えてあげたいんだ」
「ルークは優しいな」
目を細めたガイがちゅっと髪に口づけて、それがくすぐったくてルークはちょっと身じろぎする。
「だって、いっしょうけんめい種を飛ばしてるなら、大きくなりたいんだろ」
「そうだな。どこに植え替えようか」
「んー」

ガイに抱かれたままなので視線が高い。
きょろきょろと左右を見回して、少し開けている場所を指さした。
「あそこ、あそこがいい」
「じゃあ植え替えるからルークは」
「俺もする」
「言うと思ったよ。はい」
ルークを下ろしてから、ガイがバケツから出したのは少し小さい軍手と小ぶりのスコップだ。
子供の使用人はいないはずのファブレ公爵家だが(ガイが最年少の一人である)子供用の軍手やスコップがあるのは、親の目を盗んでペールの仕事を手伝うルークのためだ。

さっそくしゃがみこもうとしたルークを、ちょっと待てとガイが引きとめる。
「髪が汚れるからくくっちまおうな」
「自分でする」
ガイがとりだしたヒモでなんとか髪をくくると、よくできましたとまた頭をなでてもらえて、ルークは得した気分になった。
「いいかルーク、根っこを傷つけると枯れるから気をつけろよ」
「わかってるつーの」
「じゃあ軍手して」
頷いてルークは軍手をはめて、土の上にしゃがみこむ。
服はガイが着せてくれたもので、汚れてもいいので平気だ。

「こんな小さいの、よく気がついたな」
「外見てて、気付いた」
「……ルーク、こっちおいで」
そっと呼ばれて、ルークは振り返る。
すぐ近くで手を動かしていたはずのガイはスコップを地面に置いていて、不思議に思いながら立ち上がると近づいた。
「ガイ?」
しゃがみこんだままのガイの顔がうつむいているせいでよく見えなくて、ルークは覗きこもうとしゃがみかけたところ、腰を引き寄せられる。
「ガイ、どーした?」
ルークの腹に額を押し付けたガイは、いつもの彼より低い声で尋ねる。

「ルーク、ごめんな、ルーク」
「なんでガイがあやまるんだ?」
「俺がもっと……そうしたらお前を、外に出してやれるのに。俺は」
ルークが外に出られないのは、誘拐されたことがあるからだ。
親に心配されるのは嫌ではないけど、屋敷の中だけの生活はどうしても息が詰まる。
だから外に憧れて、外を眺めている時もある、けど。
「ガイ、泣くなよ」
「っ……ごめんな、ルーク。俺がお前と一緒にいなければ、もしかしたら、なのに俺は」
何を言っているのかとルークは眉をひそめて、いつもよりすごく低い位置にあるガイの金髪をそっとなでる。
「ガイが一緒じゃないのはやだぜ」
「……っ」
「外に出れても、ガイが一緒じゃないなら、やだ」
「ルーク」

約束する、とガイはルークを見上げて言った。
それはいつものように笑っている顔ではなくて、滅多に見ない真面目な顔だった。
「俺はずっとお前と一緒にいるよ」
「ずっと?」
「ああ、何があっても――一緒にいる」
大好きだよ。
そう言ったガイはルークが好きな笑顔になったので、少し安心してルークはガイに抱きついた。










植え替えた葉の様子を見に行こうと思っていたのに、翌朝起きたら雨だった。
流されていないだろうか、とか折れていないだろうか、とか心配になって勉強にもろくに身が入っていなかったルークは、何も見えない窓から外を眺めていた。
昨日までのように真下にあれば見えたのだけど、日のあたる場所へ植え替えてしまったからここからは見えない。

「心配なのか?」
「……だって」
こんなことなら植え替えなければよかった、とちょっと思っていたルークの頭をガイが柔らかくなでる。
「大丈夫だ」
「でも、雨が降ったら流されんじゃねーの?」
「植物はそんなにやわじゃないって。ずっと外に生えてるだろ」
ガイにそう言われて、先の冬の記憶がよみがえる。
「そーいや、雪降っても平気なんだよな」
「植物によるだろ。秋はどうだった?」
「あ、枯れてた」
「種類によるんだって。いろいろあるんだ」

あの小さなのは大丈夫だろうか、と心配になってルークは本棚に入っていた植物図鑑を引っ張り出した。
どれがあの葉なのかわからないけれど、大丈夫なものがどのくらいあるのだろう。
「興味持ったか?」
「うん」
じゃあ、とガイはいつものように穏やかな笑みを浮かべてルークの前に立つ。
頭を優しい手がなでる。
「何か育ててみるか。鉢植えなら部屋でも大丈夫だし」
彼の言うことはいつだって間違わないので、ルークは頷いて新しい「勉強」をすることにした。





***
ちなみに最初に育てたのはプチトマト。
可愛くてたくさんできて美味しくてルークご満悦。
(デメリット=冬は枯れたので大泣き)


撒き戻ったガイが本気出してマルクトとかで出世街道上ったら今頃かなり偉くなっていて。
そうしたほうがルークを殺さない方法見つけるとか、外に出す方法とか考える上ではすごく楽だったのはわかっていて。
でもルークのそばにいるってことを放棄できなかった自分がいて、ガイは申し訳なく思っていると思う。
もちろん後悔はしていないのだが。

ってマイソロでガイがジェイド部下って聞いた時から考えてた。