『薬草が採れなくなったのには、きっとなにかしらの原因があるんです。』

イグラの持病の薬をリオ経由で北大陸から取り寄せてもらうようになったおかげで、薬が切れる心配はなくなった。
けれど、リオがいずれ北大陸へと戻れば入手自体はできるとしても、かなり値段が張る(現在は身内価格でかなり値引きしてもらっている)ため、根本的な解決を見出す必要がある。

そう思ったのは、コットのところで引き受けた依頼のせいだった。
薬を届けてほしいという依頼自体は簡単に完遂できたが、似たような境遇の人は他にもいるようで、以前イグラの薬を作ってくれていた薬師に尋ねても原料が減ってしまったのだと分かるだけである。

あの人なら何か知っているかもしれないね、と紹介してもらったのは、薬師であると同時に植物の研究をしているルボロンという男だった。
彼を訪れ話をすれば、言われたのは原因を突き止める必要があるということ。

茶黄の線の入ったバンダナと揃い模様のエプロンで手を拭い、栽培している薬草の採取を終えたルボロンはキッシュにそれを手渡す。
「これがイグラさんの薬の原料の薬草です。他の病の薬としても重宝される草のひとつなので、困っている人は多いのです。自分のところで栽培できる量にも限りがありますので。
そうですね、ひとつ依頼をさせていただいてもよろしいでしょうか。あなた方の評判は聞き及んでおりますよ」

青紫の目を細めてルボロンが申し込んだ依頼は、薬草が採れなくなった原因を突き止めてほしいというものだ。
キッシュ達としても村長の体にも関わる事だし、依頼されなくても調べるつもりだったので是非もない。


薬草は主に大陸南部を走る大河沿い、湖の周辺に多かったというが。
「とても原因がこれにあるような気がしてなりませんキッシュさん」
「奇遇ですね俺もですよスティラさん」
前回は留守番だったスティラがどんよりした湖を前に同じくらい目を濁らせている。

できればきたくなかった二度目の湖(?)の遺跡である。
相変わらず滞る水の流れに浮かぶ藻と腐臭……うん、改めて嗅ぐと腐臭だ。

「それで、心当たりっていうのは?」
「前にフォリアとモンスターの巣を叩きにこの遺跡に入った時、途中で分岐があったんだけどさ。フローとジェラが止めたんだよ、行くのを」

フローの札を目印に、入り組んだ水路を歩きながら思い出す。
あの時は目的も無事に達成したり、少し不気味さを感じたあの場所に立ち入ろうとは思わなかったが。

やがて辿り着いた分岐点は何もない左と。
「なんだこれ……」
左右の壁と床に張られた三枚の札はフローが以前貼ったものだ。
そのうちの床の三枚が真っ黒に焦げている。
壁の二枚もよく見れば端の方が黒く変色していた。

「……この先に行くのか?」
「原因があるとしたらこの先が一番濃いんだよ」
数の減少がゆるやかだったため最近まで気付かれなかったが、この周辺を群生地としていた薬草がその地域を減らし始めた時期と、水が枯れ淀み始めた時期はちょうど一致する。
だとすれば要因のひとつとして考えられるのはこの先なのだが。

「とりあえずフローから預かってきたこれを貼っておくか」
リーヤが焦げた札の隣に新しい札を貼る。
あの場所に行くと行った時にフローはこの分岐点の札の交換用と、全員分の札を渡してきた。
キッシュとスティラ用のがやけに多かった理由は聞かない事にした。それから。
『行くなら……リーヤさんを……あと…小さい女の子……が……いい』
という助言をいただき、今回のメンバーはキッシュ、スティラ(危険感知)、サン(地質調査)、リーヤ(推薦)、アレスト(肉体労働)、クラン(研究採取)、フィン(自薦)である。

時間を置いたからだろうか。あの時ジェラが言っていた意味が分かる。
「すげぇ行きたくねぇ……」
「推薦された俺の身にもなってみろ」
「これをものともしねぇサンとフィンがすげぇよ」
怖いねーときゃっきゃとはしゃぐ二人は何も感じていないのだろうか。女の子すげぇ。

とはいえ中に入らなければ事態は動かない。
フローの札を各自懐にしっかりとしまいこんで、足を踏み入れる。
中は途中までは水路と同じく入り組んだ回廊状になっていたが、やがて岩と土が混じった地面へと変化してきた。

「そんじゃサン、よろしくな」
「まっかせてー」
その場で両手をあげるサンは、思う存分あっちこっち探っていいとお墨付きをもらったので、酷く上機嫌だ。
温泉を掘り当てて以来、本拠地内ではやたらめったら探ってはいけないと言われて何かと手もちぶさただったらしい。
「サン張り切ってんなー」
「解禁だもんな」
「サンの言葉に乗っかってほいほい掘る連中がいなけりゃ別にいいんだよ探すだけなら……」
カヌレドが温泉を掘り当てた時もだが、掘って何かをぶち当てた時が怖いのだ。
温泉の時でも実はあの周囲の店の商品とかがダメになっている。
「最初の頃ならなんにも気にしなくてよかったんだけどなぁ」
それだけ色々変わってきたということだろうか。

楽しげに道に飛び出ている岩の上へと登ったり、穴の中を覗き込んでいるサンはぱっと見遊んでいるようにしか見えない。
それと一緒になってきゃいきゃい遊んでいるフィンは、ここに遊びにきていると勘違いしてないか。
「歩き疲れた。帰りたい」
「帰ったらスティラよりもやし認定するからそのつもりでな」
「あっちでサンが呼んでる。行こう」
一瞬で切り替わったクランにどういう事だとスティラが突っ込む前に、サンが岩の上で両手を振ってこちらを呼んでいた。

「何か見つかったのか?」
「んーん、なーんにも」
「そうか」
「っていうかね、おかしいんだよねこのへん」
首を傾げるサンはなんだかクッキーに卵の殻が入っていた時のような顔をしている。

「なんかね、気持ち悪いの」
片足をあげた状態で、ぐるりと両手を広げてその場で一回転して見せる。
なかなかのバランス感覚だ。

「見つかったと思ったらすぐに移動しちゃうの。ぐるぐるぐるーってしてる」
「キッシュ、言ってることわかるか?」
「理論派の俺に感覚派の言葉はわからん」
「……お前いつから理論派になったっけ」
「クラン、お前はどうだ?」
「特に何も。というか魔石で散ってて分かりにくすぎる。何かがありそうだとは思うんだが……」
「魔力じゃねーのか……サンが何を頼りに動いてるかいまいちわかんねーなー相変わらず」
その場で考え込んでみるが、原因には思い当たれない。

「サン、気持ち悪いって、近づくとなるの?」
「もやもやもやーってするけど平気。ううんと、強いのはこっちかな」
岩から飛び降りて駆け出したサンの後を追って、キッシュ達は更に奥へと進む。

じめりとした水が壁から滲んでいる。染みこんだ雨水なのだろうか。それとも川が近いのか。
「薄気味悪ぃな」
「スティラ、お前先頭な。サンだと危ない」
「言うと思った……!!」
「スティラさん、あっちねあっち」
「はいはい……ってうわっ!」
いきなり踏み出した足が地面を突き抜けて、スティラが体勢を崩す。
その手がキッシュの服を掴んで、なんとかキッシュが踏みとどまったので、下へと落ちる事にはならずに済んだ。
ぽっかりと人が落ちそうな穴のできあがりだ。

「お前落ちるなら一人で落ちろよ!」
「色々と酷いがまず落ちないように助けてください!」
「遊んでないで進んでよー」
「…………」
ぺしぺしとフィンに叩かれた。お前には言われたくなかったぞ。

改めて注意しながら進めば、 人が優に落ちれるだけの穴がそこかしこに空いている。随分と地盤が緩いらしい。
天井にも気をつけろよアレストの言葉に頷きながら歩き続ける。
……歩き続けるのだが。
「なぁ、ここまでモンスターと一回も遭遇してないんだが」
「そうだな」
「おかしくない、か……?」
なにせ反対側にはモンスターの巣があったような場所だ。
それがここに至るまで一匹の気配もない。
「モンスターは本能に忠実だからなぁ」
リーヤの言葉に全員が黙る。
つまりはモンスターが避ける何かがここには、ある、のか。


サンは時々きょろきょろとあたりを見回しながら、何か目印でもあるかのように方向を指示してる。
その声がやがて、「ここ」と告げたのは、かなり下までありそうな穴の中だった。
「……ここ?」
「うん、ここの下の方がぐるぐるするの」
ぐるぐるー、と回るサンは脇に置いておいて、穴の下を覗き込む。
……底が見えない。

「底まで行くのに時間かっかりそうだなーこれ」
「……あれ」
クランが指で示したのは、穴の縁に打たれた楔だった。
まるで以前誰かがこれに梯子をかけて行き来していたかのような。
フィンとサンを除く全員で顔を見合わせて、気合を入れ直して荷物から縄を取り出した。





***





梯子を伝い降りた下は変化のない土道だったが、先程までのような穴はない。
「サン、どっちだ?」
「ここまでくるとぜーんぶぐるぐるってしてて全然わかんない」
「おお、魔石発見」
「意外とあるなぁ、このあたり」
「採掘場じゃないしな」
「……だんだん目的がすれ違ってきてねぇ?」
「見つけたら拾わないともったいないだろ」
村の頃から染み付いた精神なのでそこは大目に見てもらいたい。

「…………」
ふと、魔石拾いに夢中になっていたかと思われたクランが足を止めた。
壁際に半分埋まっている大岩を見つめながら、きな臭い、と呟く。
「どうした」
「アレスト、この岩ぶっ壊せるか」
「何かあるのか」
「……この距離だとな。ああ、なるほど。気持ち悪いな、これ」
「この先が当たりか。アレスト頼む」
「魔石使っていいならこの岩爆破するけど」
「……ここで爆破させたら洞窟崩れて俺達まとめてサヨナラなんてことになんないかなーって俺は思うわけです」
「というわけでアレスト任せた」
「女の子は見学してるねー」
「ねー」
手伝う気が一切ないフィンとサンは……まぁ実際作業の助けにはならないので、主にアレストとキッシュとリーヤの三人で岩を削る羽目になった。
そうしてようやく開いた先は、明らかに歩きやすいよう踏み固められた道だった。

「さーて何が出てくるのかね」
明かりを手に先へと進むと、長い一本道の先に辿り着いたのは。
「……なんだぁ? ここ」
ごみ捨て場か、と思うような場所だった。

加工されたと分かる石材や木材だけでなく、金属片までがいくつも山と積まれている。
山を足で軽く崩してみると、 ガラガラと金属や木材やらが崩れた。
明かりで照らし見たそれらに錆びや腐食はそれほど見られないから、そう古いものでもないようだ。

「……っ!?」
ぞわりと流れ込んできた真っ黒な感情に、キッシュは背筋を粟立てた。
振り向けば、山のひとつを崩していたアレストの背中がある。
ただ立っているように見えたが、屑山に向けているのは――憎悪?

声をかけるのも一瞬躊躇い、しかし強い感情にこちらの息が詰まりそうだった。
振り切るように声をかける。
「おい、アレスト。何か見つけたのか」
「……いや。悪い。少し通路の外を見てくる」
振り向いたアレストの表情は、明かりの影になっていて見えない。

キッシュの能力を思い出したのか一言言い置いて、穴を戻っていってしまうアレストを引きとめ損ねた。
モンスターを警戒する必要などここにはない。ここから離れるための口実なのは明らかだったが。
「アレストどうしたんだ?」
「……あいつが見てたのはこれか?」
クランが足でつついたのは、直径十五センチほどの球体だった。
黒っぽい球を金属が全体の八割ほどを覆っている。
その一部はすでに錆びて剥げているが、元々は何かが接続されていたような出っ張りもあった。

「なんだこれ?」
「わからない。が、『気持ち悪い何か』の原因はこれだ」
触れても大丈夫なものなのか問えば、問題はないだろうとクランとスティラ双方から頷かれる。
「それならこっちにも似たのがあるよー」
「もっとちっさかったり、割れてたりするけど」
ほら、とフィンとサンが持ってきたのは、確かに転がっているものよりも小さかった。
割れている断面は乾いていたが、元々はもっと水気があったように思える。

「僅かなりにも魔力を感じるから、これが周りの地質に干渉していたのかもしれないな」
「てことは、この不法投棄を片付ければいいってことか」
「たぶんな」
「結構な量あるよな。さすがに俺達だけでやるのは骨が折れるぞ」
「力仕事担当は外行っちゃったしな」
「……しかたねぇ、一旦戻ろうぜ」
アレストがこれにどうして過剰な反応を見せたのかは分からなかったが、見たくもないのであれば片付け要員は別にした方がいいだろう。

「おーい、キッシュ。こっちに出口あるぞ」
「まじか!!」
どうやら別に外への出口が作られていたらしい。
アレストを呼び戻そうとしたが、部屋に入るのを拒んだため結局は元のルートで戻ることになる。
どうにもざわついたままのアレストの心中が気になったが、どうにも聞き出しにくい。

湖の上まで戻ったところで、手鏡を使い砦へと戻る。
片付けのメンバーは再考するとして、一旦その場で解散とした。
クランは持ち帰った一部をさっそく研究するのだと足取り軽く立ち去っている。

さてと誰にするか、と力の強いメンバーを指折り数えていたキッシュに、リーヤが声をかけた。
そういえばアレストについてもリーヤは何も言わなかった。
あの場所でも、一言も喋っていなかったと、今更ながらに思い出す。

「キッシュ、話があるんだが」
「…………は?」
その内容に、キッシュは眉を寄せた。





***





「あれ、キッシュ片付けは?」
翌日。片付け班が出立したと聞いてから食堂へと入ったスティラが見つけたのは、冷やし飴をつつきながら足をぶらつかせているキッシュだった。
力仕事から真っ先に外された自分はともかく、キッシュは一緒に行きそうなものだったが。
さりげない仕草で飴を取ろうとするればスプーンの柄を手の甲に突き刺された。
返す手で飴をすくって口に入れるキッシュはちっとも甘そうではない。
「リーヤが、俺達に任せておけって」
「……リーヤが? 面倒事は嫌がるのに」
そうでなくとも干渉は避けると明言して、自分からは動きたがらないリーヤが、だ。

「なーんか裏があるっぽいんだけどな」
「ああもうっ!」
その時鼻息荒く食堂に入ってきたクランが、キッシュとスティラを見つけてずかずかと寄ってくる。
「聞いてくれキッシュ! トビアスさんってば酷いんだ!」
「どーした」
「昨日はあんなにご機嫌だったのに」
「持ち帰った破片、あっただろ」
「ああ、あの割れてたやつ」
「……トビアスさんに見せたら、取り上げられた」
「「は??」」
「理由を聞いても「危ないものだからだめ」の一点張りで詳しくは教えてくれないし。どこにあったのか聞かれて答えたら、エリカに何か耳打ちしたと思えばどっか行っちゃうし!」
「…………」
ああ、これは。なんとなく予想がついた。
「アレストと、トビアスと、リーヤが反応するような何かってことか」
「北大陸絡み?」
「ヒーアスいないかなそのへんに」
「ヒーアスさんならリーヤさんに引きずられてどっか行ったよ?」
通りがかったノエルの言葉に三人は顔を見合わせてた。



――夕暮れ時に戻ってきたリーヤ達は、 どこに捨ててきたのか全員手ぶらだった。

「なあ、あれなんだったんだ?」
「秘密」
「…………」
機嫌取りなのか、それとも機会を与えてくれたのか。
「奢りだ」と夕食を誘ってきたリーヤに尋ねれば、ざっくり切り捨てられた。
あれが何なのか 最初から教えるつもりはなかったらしい。

「なぁ、リーヤ」
「なんだ」
「あれを見つけたのは俺達だし、ここは俺達の大陸だ。何か問題があるなら知っとかねぇとだめだと思うんだ」
「…………」
「…………」
料理を挟んでの無言の攻防はどれくらい続いただろう。
やがて折れたのか、リーヤが溜息を吐いて口を開く。

「北大陸にあったちょっと面倒なモノに似てるんだよな、あれ。
アレストが一番嫌な思い出があるから反応は顕著だったけどさ、俺達もあんまり話すのは気乗りしなくてさ」
「……おう」
「扱いも結構神経使うもんだから、俺達が引き受けとこうって思ってさー。たしかにまったく何も知らないままってにはいかねぇよな、キッシュは」
悪かったな、と謝られてしまえば、善意からきたものと知っているから何も言えない。

そのまま食事を続けるリーヤに追求できずに、この話題は終わったと思っていたが。
単に人目を避けたのだと分かったのは、キッシュの自室までリーヤがついてきてからだった。

「あれな。使われると人がモンスターに変わるんだ」
だから触れるな。研究するな。

そう真剣に告げてきたリーヤ達は、北大陸でその威力を目にしたのだろうか。
海向こうの大陸で起こった戦乱にも関わったらしいそれを、キッシュ達に関わらせないようにする意図は彼らの記憶の中にあるのだろう。
「わかった。じゃあ、リーヤに一任する」
「悪ぃな」
「ただ、俺達にも関係ありそうなことなら教えろよ」
「わかった」

――ただ、なぜ北大陸にあるものと同じものがこの地にあるのかは、謎のまま。










後日談。
片付けもすっかり終えたと、最終的にフローを連れて確認したらしいリーヤの宣言を受けて後。
また行きたいと強請るサンを連れていけば、あのぐるぐるした気配がなくなったとはしゃいだ彼女は絶好調にアイテムだの魔石だのを見つけてくれた。

そして、 ついでとばかりにでかい水脈も。

ごぽごぽと湧き出る水量に、やばいと駆け出し地上に出るのがあと少し遅かったらどうなっていたことか。
水の勢いに周りの土が負けたのだろう。水流は遺跡の中を駆け巡り、淀んでいた水を押し流すように湖はひとまわり大きくなって息を吹き返した。

陽光に光る水面を前に、ルボロンは満足そうに頷いて言う。
「ああ、これなら直に薬草もまた生えてくれるでしょう。依頼を完遂していただきありがとうございました。このお礼は何かしらしないといけませんね」
「それなら育てた植物いくらか分けてくんないかな。ついでにうちの敷地の中で栽培方法教えてくれっと嬉しい」
「おや、栽培に興味がおありで?」
興味深そうに、やや長い前髪の向こう側の目が細められ。
砦の一部に温室と栽培小屋が家主と共にやってくるまで、そう時間はかからなかった。




***
湖の遺跡を片付けつつ。
ここで見つかったあれは、あれです。