「いつ来てもシャシャはにぎやかだなー」
「そりゃ交易してる港が賑やかじゃなかったらおしまいだよ」
リオが笑って言いながら、人ごみの中をするりと抜けていく。
そのあとを追いかけながら、キッシュはつんつんとスティラをつっついた。

「きょろきょろしてさらわれるなよスティラ」
「なんでさらわれるんだよ」
「だってお前前髪下ろしたらおん」
「言うなよ!?」
スティラが悲鳴っぽい声を上げたが、他のメンバーもシャシャのにぎやかさに夢中で気付いていないようだった。

「本当に……にぎやかですね。内陸とはまるで違う」
感心した様子のイシルが左右を見回し、ザハも隣で頷く。
「俺も滅多にここまではこなかったが、いつ見てもここは活気がある」

「はいはい、それじゃあ僕は買い付けに行ってくるからここで解散。八つ時にこの広場のこの場所で合流ね。観光なんでもご自由に☆」
そう言って去って行ったリオに手を振っておいて、キッシュは残りの面子に向き直った。

本日のパーティはキッシュにスティラ、リオに加えてイシルとザハとアルテナである。
シャシャに来たことがないというイシルとアルテナをつれての観光兼買出しである。 男共はもちろん荷物持ちだ。
「じゃあ適当に飯でも食うか」
「はいはーい! 屋台で買い食いしたいー!」
威勢良く手を上げたスティラに皆が同意したのでキッシュは頷いて、一同は屋台の並ぶ通りへと足を向ける事になった。





屋台は昼時というのもあって盛況だった。
互いに手分けして好きなものを買ってきて、一通り満喫する。
「んーっ、豆のてんぷら美味かった……」
「ミルク粥も美味しかったですね。あと木の実揚げとか」
「パリパリした揚げ物も美味かったな」
「北大陸との国交も盛んだからな、あちら風のものも多いんだろう」

男四人でしゃべりながら残った料理を片付けようとして、何かにかじりついているアルテナに気付く。
「アルテナ、それ美味いのか?」
キッシュが声をかけると、彼女は顔を上げてこくりと頷いた。
それから今まで食べていた白くてほかほか湯気の出ているそれを割って差し出した。
「くれるのか?」
聞いてみると頷きが帰ってきたので、キッシュはそれを手にする。

「なんだそれ?」
「さあ……なんかパンみたいにふかふかするが」
白いパンのようなものの中には餡が入っている。
はくり、とかぶりつくとじゅわりとした肉のうまみが染み出した。
「ん、美味い」
「えーっ、アルテナ俺にも頂戴!」
「意地汚いぞスティラ……お前豆のてんぷらほとんど自分で食っただろ」
手を伸ばしたスティラの頭を軽くたたくと、アルテナはことりと首を傾げる。

「ああ、気にするなアルテナ。スティラは食い意地があるのにもやしなんだ」
スティラが抗議の声を上げるより早く、前に座っていた男二人が(どちらも悪気なく)同意した。
「キッシュ殿と食べる量はそういえばあまり変わらないですよね」
「それなのにもやしなのか……がんばれよスティラ」
「みんなして俺をもやし扱いがデフォにしないでくれないかな!?」

どうせ食ったって身につかないんだよ諦めてるよコンチクショーと叫んだスティラを一通り弄り倒していると、す、と目の前に紙袋が差し出される。
「ん?」
無言で袋を差し出しているのはアルテナで、四人が「??」となっていると、袋を開けて中から先ほどの白くて丸いものを取り出した。
「買って来てくれたんですか?」
イシルの言葉に頷き、アルテナは一人ずつ手の中に落としていく。
結局四人全員に配ると、再び座っていた椅子に戻った。

「やったぜ! ありがとなアルテナ!」
「俺も食べてみたかったんだ。ありがとう」
喜び勇んでかぶりつく彼らをアルテナはきらきら光の入る金目で見ている。
その横顔は無表情だったが、見える感情が明らかに呆れ気味だったので気になって視線を送っていると、ふっとこちらへ視線が向けられた。
「……いや、すまん」
食べ物一つでぎゃあぎゃあもめていた男性陣を情けなく思ってのお恵みだったらしい。

そんなにお腹が空いてたんだと思われていたようで、美少女に明らかな哀れみを向けられて情けないような恥ずかしいような気分になりながらとりあえず元凶のスティラを蹴り飛ばしておいた。


あらかた満腹になったものの、まだ待ち合わせには時間がある。
キッシュとしてはあまり人ごみの多いところに突っ込みたくないのが本音だったが、イシルとザハは知り合いに頼まれていたものを買ってくると露店に行ってしまったし、こちらも土産でも物色するかとぶらつく事にした。
「そういや土産頼まれてたんだった」
「何だ?」
「んー、なんかミンスとノエルとロールとフィンに」
指折り数えたスティラがかわいそうになる。
「……パシられてんな……」
「うるさい! 頼られやすいといえ!」
「アルテナも全力で同意してるぞ」
「嘘だって言って!」

涙目になったスティラだったが、きょろきょろ見回して目的の店を見つけたらしい。
キッシュも来て! といわれて(金がない時の財布らしい)勝手にしろと言いたかったが、物がミンスの頼まれものなら買っておかないと戻ってから大変な事になりそうなのでおとなしく従っておく。

「はいよいらっしゃーい」
「おっちゃん、つけると幸せになれるってアレどれ?」
「おっ、坊主恋人へのプレゼントか?」
うわさの商品らしいものを笑顔で出してきた店のおっちゃんに言われ、スティラは苦笑いのまま溜息を吐く。
「……いえただのパシリデス」
「がっはっは。ほうら、好きなの選びな!」

ざらっと目の前に広げられた白い布の上に散らばったのは、色とりどりの髪飾りだった。
色や形はそれぞれ違っているが、どれも綺麗なつくりできらきらしている。
「へえ〜、聞いてた通りいろいろだなー」
「何色がいいとか聞いてるかい?」
「えーっと、ミンスは黄色と緑で、フィンは橙でロールは青でノエルは赤かな」
「ならこの辺だな。好きなのを選べよ!」
「……俺にデザインとか要求されてもなあー」

ぶつぶつ言いながらもしゃがみこんでまじめに選んでいるスティラの背中を蹴りたいなあと思いながら、キッシュは横でじっと髪飾りをみているアルテナに気付く。
「ほしいのか?」
「…………」
答えずアルテナは視線を逸らしたが、普段見えない感情が少しだけ浮かんでいた。
やはり彼女も女の子だ、こういうきらきらした飾り物は好きなんだろう。
「これとか似合うと思うけど。髪の色にも合うし」
並べてあった飾りの一つを取ってアルテナの赤みのかかった銀髪につける。
黒っぽい台座ときらきら光る赤がよくなじんだ。

「うん、似合うな」
髪飾りをつけているのは見た事がないが、繊細な飾りはよく似合っている。
似合うといわれたアルテナは困ったように視線を滑らせたままだ。
「持ち合わせがあまりない?」
「…………」
「んなこと気にするな。おっちゃん、これくれ」
「あいよ、まいどあり!」
さくっと代金を払うと、キッシュは困った顔をしたアルテナに大丈夫だってと笑いかけた。
「さっき俺たちに飯買ってくれただろ。アレのお返し」
「…………」
「いいって。アルテナも人ごみ苦手だろ、ここまで連れまわしてごめんな」
首を振ったアルテナがまだ申し訳なさそうな困ったような顔だったので、キッシュは笑ってアルテナの額をつついた。
「お礼なら笑顔で。珍しいから」
顔を上げたアルテナの心を読み取って、キッシュは思わず口を押さえて溜息を吐いた。
「…………誰かの軽口が移ったな」
こくり。
首肯されてさっきまでの言動がだんだん恥ずかしくなってくる。
「うわあ、ごめん。いやでも、お礼はあれでいい」
顔を伏せたアルテナの肩は震えている。
どう見てもこれは感動で泣いているとかではなく――笑われている。いやいいけど。

「キッシュ俺にも金貸して!」
唐突に腕にしがみつかれて、キッシュは真顔で蹴り飛ばした。
「お前に貸す金はない」
「ひでー!? だって思ったより高いんだもん!」
「人気商品だからなあ」
「おっちゃんこんだけ買うんだからまけて! パシリな俺に同情してまけて!」
情けなさ過ぎる値切り交渉を行っているスティラの交渉金額はかなり安い。
さすがにそこまではまけてもらえないだろう、という事は不足分はキッシュが貸すしかあるまい。
「まあスティラ本人に貸すわけじゃないから戻ってはくるか……」
冷静にそろばんを弾いて、キッシュは懐に手を突っ込む。
面白いからもうちょっと見ていてもいいが、そろそろ周囲の好奇の視線が痛い。

一歩を踏み出したところで、つんっと上着の裾を引っ張られる。
「なんだアルテナ?」
振り返ると、キッシュの真後ろで。
アルテナはとても綺麗な笑みを浮かべていた。

「……おいスティラ、情けないことしてないで買って帰るぞ」
「キッシュ様財布様お願いします!」
「土下座したらな」
「余計に情けないことさせるなよ!?」
悲鳴を上げたスティラの代わりに差額の支払いをしながら、感情があまり顔に出ない性質である事を深く感謝した。

それでも少し、首が熱い。





***
食ったのはもちろん群島名物饅頭です。

男の子は美人の子が好きですからね。
笑顔ともなればなおさらです。

ちなみに石の意味。あとでからかわれるといいよ>キッシュ

青:安定
黄色:元気
橙:幸せ
赤:恋愛成就
緑:健康

ミンスの緑はおねーちゃん(ル・パシャ)用。