スティラは思った。
今窓から飛び降りたら死ねるかな。
あ、でもそしたら裸死体を皆に見られるのか。それは遠慮したい。謹んで全力で遠慮したい。
けど、他に逃げ場がありません。

「……あなたは……」

引き攣った顔で固まるスティラの前には、呆然とした面持ちでイシルがいた。
ちなみにイシルは今風呂場に入ってきたばかりなので、入り口――二つある逃げ口の内のひとつを完全にふさいでいる。
もうひとつは窓だが、これはさっきあげた理由で却下。
というか考えてみたらここ平屋だから、すぐ地面だった。





ここは風呂場である。
時刻は深夜なので、ここにいるのはスティラとイシルだけである。
もちろん風呂場なので二人とも裸である。
大事なところはタオルで隠しているけれども!

そして入っていたばかりのイシルとは逆に、もうあがろうとしていたスティラは頭からつま先まで濡れていて、つまりは普段はあげている髪も水気を含んでへたりと垂れて首筋にはりついているわけで。

――かつてスティラは、致し方ない理由から女装をして敵地に潜入させられたことがあった。
その時、その姿をイシルに見られた事があった。
そしてイシルはその時の「金髪の女性」に一目ぼれをして、仲間になって以来その女性をそれとなく捜している。
キッシュが首謀者となって、軍の誰もイシルにその正体は教えられていない。


というわけで復唱。
ここは風呂場で。
スティラは普段と違って髪を下ろしている――つまりは「金髪の女性」とほぼ同じ髪型。

さすがにバレたよな、とスティラは覚悟を決めた。
別に騙していたわけではない。騙すつもりもなかった。
ただ言い出すタイミングがなかったというか、あれだけ夢見る瞳で「あの人にもう一度お会いしたい」というイシルを見て、その夢を壊すのが偲びなかったというか。
あとキッシュに絶対言うなと口止めされていたというのもある。

しかしイシルからしてみれば、騙されていたと思われても仕方がない。
もう殴られるのは覚悟するしかないか、と覚悟を決めて顔をあげたスティラの目に入ったのは、両手で顔を覆って慌てているイシルの姿だった。

「……っし、失礼しました!」
「……は、い?」
「てっきり男湯だと思ってもので……っ!!」
すぐに出ていきます! と視界を塞いだまま出て行ったイシルに、スティラはぽかんとしてその場に突っ立っていた。

しばらくして壁の向こうから再びイシルの悲鳴があがった。
今度はなにやら女性の声もする。

「……あ、あれ……?」

スティラが全ての事態を正しく把握するより先に、青筋を立てたキッシュが男湯の扉を勢いよく開け放った。





***





「なんで俺が正座させられてんの!?」
「お前があんな時間に風呂に入ってたのが悪い」
「理不尽すぎる!!」
キッシュの部屋で正座させられた状態でスティラは己の無実を訴えた。
ちなみに一応服は着させてもらえた。

「ったく……まさか風呂場でイシルとかち合うとは」
女装時そっくりの状態になっていたスティラを見て、イシルは自分が風呂場を間違えたと思ったらしい。
慌てて外に出て女湯に入り……まぁ、時間が時間で中にいたのが話のわかるジーンとメルディだったので、大事にならずに済んだが。
イシルはある意味大事になったのだが。

「湯気があったとはいえ、スティラをそこで男って気付かないあたり、イシルもしかして目が悪いのかね」
「……上半身は丸出しだったはずなんだがな」
「今度視力検査させてみっか」
「そうだねー……っていうか全部イシルさんの自業自得であって、俺は悪くないよね……?」
「あやうくバレそうになっただろうが」
「この期に及んでまだバラさないの!?」
「バラすなよ?」
大事なのは時期だ、と笑顔で言ったキッシュに、スティラはもういや、とうなだれた。





***
最初はバレて「それでも君のことが……」というスティラ本気で貞操の危機(in風呂場)だったんですが、そんなR指定は嫌だったので変更しました。
イシルには眼鏡が必要そうです。