ここが二十年前の世界だとして、このまま二十年過ごすわけにもいかないので、どうにかして元に戻る方法を探さなければならない。
一番の手がかりが南へ向かう事なので、次の日にでも出発しようと思っていたその日の夜に事態が動いた。



一晩エズメの家に厄介になる事になって、夕食後にキッシュ達は奥の部屋でのんびりしていた。
昼間ぶっ倒れていたメレは日が落ちたら回復したようで、昼間行けなかったからと今散策に出ている。
一人でぶらぶらしていたら怪しい事この上ないので、動き足りないらしいミンスを同行させておいた。

「ところでキッシュ」
「んー?」
「どうやって南の島まで行くんだ?」
「…………」
「あれって、たぶん半島出身者がいないと海流に飲まれるんだと思うんだよな。どうすんの?」
「……アシュレ、半島出身のお前ならなんとかできる!」
「いや無理だろ!?」
「まぁ……行ってから考えるしかねぇだろうなぁ……」

その時家の入り口ですごい音がして、キッシュ達は何事かと部屋を飛び出した。
メレが息を切らしてドアに凭れ掛るように立っている。
エズメがどうしたんだと駆け寄り、ラミは驚いてエズメの腕の中で怯えたように縮こまっていた。
「おい、どうした」
「……村の外に甲冑を着た奴らがいる。今はミンスがくいとめてるけど……っ」
「なんだとっ……!?」
エズメの顔色が変わり、ぐっと表情に力が入った。
「メレ、人数は」
「数えてねぇ」
「アバウトな報告どうも! 行くぞ!」
「おい! お前らっ!?」
家の外へ走り出すキッシュ達の背中にエズメの声が聞こえたが、キッシュ達はおかまいなしに村の中を突っ切って入り口へと向かう。
方向は諍いの声が聞こえたからすぐに分かった。

夜の闇の中、村の入り口にともされた松明の火に照らされて金属の甲冑が鈍く光っている。
ミンスが一人で相対しており、その足元には二人の兵が倒れていた。
他の兵達はどう攻めあぐねたものかと距離を置いて、作戦を考えているようだ。

「ミンス!」
「ああ、きたの」
「相変わらずだなお前……」
「二人のしたらビビったみたい」
あっけらかんと言ったミンスに、兵達が殺気立つ。
「……舐められたものだ」
「挑発に乗るな」
一人が低く唸って切り込もうとするのを別の兵が止めた。 どうやら統率は取れているらしい。

頭に血が上った兵を止めた一人が、キッシュ達に視線を投げる。
「お前達はこの村の者ではないな」
「ただの迷子だよ」
「飯代としては妥当な値段じゃね?」
「はぁ……どこに行ってもトラブル続き……誰かがトラブルメーカーなんじゃねぇ?」
「だとしたら確実にスティラよねー」
「「いや、ミンスだと思う」」
ぽんぽんと飛び交う言葉の応酬に焦れたのか、とうとう別の一人が剣を持って切り込んできた。
このまま膠着状態では埒が明かないと思ったのか、他の連中もやってくる。

一番の脅威はミンスだと思ったのだろう。まぁ、正しい判断だ。
切りかかった三人の攻撃を軽い身のこなしで避けるミンスにキッシュは一応声をかける。
「ミンス、大丈夫か?」
「ま、三人くらいならー。鎧が固いからあんまり殴りたくないんだけど、ねっ!」
相手の顔面に一発お見舞いした後、他の剣をしゃがんで避け、そのまま足払いをかけて喉元を踏みつけるミンスは容赦がない。
これは大丈夫だとミンスは放っておくことにして、キッシュは自分達の方へやってくる連中に意識を集中させた。

兵の数は全部で十人。こちらは五人。
こちらとしては戦い慣れているから大丈夫だろう。
踏み込んできた相手の剣をかわして槍の柄で後頭部の付け根を強く打つ。
倒れ込んだ相手の鎧の隙間に刃を突き刺せば、そのまま動かなくなった。

あっさりと(約半分をミンス一人で倒してしまったが)終わった戦闘にキッシュ達はやれやれと息を吐く。
その時遅れてエズメがやってきた。
「お前ら大丈夫かっ!」
「エズメ」
「……これをお前達がやったのか?」
「まぁね」
「随分と戦い慣れているんだな……」
「こっちも色々あってね。ラミは?」
「ああ。隣の家に預けてきた。すまない、遅くなって」
「いーよ、もう終わったし」

それにしても、とキッシュは倒れている兵士達を見下ろして考える。
一体何のためにこの村を襲ったのだろうか。
今まで人攫いをしてきた連中が、今回に限って村を襲った理由が分からない。

面を外して兵士の顔を晒しながら、スティラが尋ねた。
「エズメ、こいつらに見覚えとかあるかな」
「いや……特にないな。こいつらが人攫いの主犯だろうか」
「だろうな。甲冑着てるし」
「この紋章……エルベ王国ので間違いないと思うけど」
王国兵がどうしてそんな事をする必要があったのか。

騒ぎを聞きつけたのか、家からも人が出てきて、倒れている男達を見て騒ぎ出した。
その中からエズメを呼ぶ声がして、老婆に抱かれたラミがやってきた。
「おとーさーん!!」
「ラミ!?」
「ごめんなさいね、外が騒がしくて、ラミちゃんがお父さんがお父さんが、って泣いてしまって」
「おとーさん、だいじょうぶ? こわいひといなくなったの?」
「ああ、大丈夫だ。お兄ちゃんたちがやっつけてくれたよ」
「悪いおじちゃんはぜーんぶミンスおねえちゃんがやっつけてあげたから、もう怖くないよ!」
「おねぇちゃん、すごーい!!」
笑いかけるミンスに、ラミの顔が輝く。
さっきまで泣いていたのにもう涙はすっかり止まって、エズメの腕の中ですごいすごいと手を叩いている。
「まぁ、実際ほとんどミンスが倒したようなもんだしねー……」
「ああ……」
訂正はないのでいいのだが、すべてミンスの手柄であるようにラミが言うのでちょっと寂しい。

仕方がないので気絶した連中の手足をとりあえず縄で縛って転がしながら呟く。
「で、どうするよこいつら」
「そうだな……またこの村を襲っても困るしな」
今回はキッシュ達がいたが、この村でまともに戦えるのはエズメだけらしいし、一人きりの時にこの人数でまた襲われたらさすがに厳しいだろう。

軽く尋問してみるかと腰を落としたキッシュは、急に襲った肩の痛みに体勢を崩した。
「キッシュ!」
地面に腰を落としたキッシュ目掛けて飛んできた何かをアシュレが剣で弾く。
少し離れた地面に落ちたのは弓矢だった。
集まっていた住民の中から悲鳴が上がる。
「気配なんてしなかったぞ……!?」
人が近くにこれば能力で分かるはずだ。
そこでキッシュは、これだけ人が集まっているのに何一つ伝わってこない事に目を見開いた。

闇の中から甲冑をつけた男達が現れる。今度は二十人以上。しかもそれぞれが持っているのは弓や剣だ。
「……随分とバラエティに富んでますことー」
「ちっ。めんどくせぇな」
アシュレが手を前に掲げて、念動力で吹き飛ばそうと試みて、驚愕に瞠目する。
「どうした?」
「……発動しねぇ」
「はぁっ!?」
あるのかそんなこと、スティラが叫ぶが、キッシュの能力とアシュレの能力が両方とも使えないという事は、たまたま不調というわけではなさそうだ。
「能力は使えないか……」
肩から矢を引き抜いて放り投げると、キッシュは槍を構えなおす。
「キッシュ大丈夫かよ」
「これくらい別によくあることだろ」

「ラミ、お前はあっちに行ってろ」
「やだー! おとーさんといるのー!!」
「ラミ!!」
「大丈夫だよラミちゃん。おねえちゃんが全部やっつけるからね」
泣きながらエズメに抱きつくラミに、ミンスが言う。
その声がやけに冷たくて、キッシュ達は顔を引き攣らせた。

「さて……っと。ラミちゃんを怖がらせてキッシュに怪我させたのはどこのバカよ」
手甲をつけた手を振り振り前に出てきたミンスの目が完全に据わっている。
「……ミンスがぶち切れてる」
「近づくなよ。ああなったミンスは手当たり次第だからな……」


「全部まとめてかかってらっしゃい!」

ミンスの咆哮に、あ、これは相手の兵士死んだとこの数の差でもキッシュ達は思った。





***





ミンスの活躍で全員綺麗にのした後、能力が使えないためにいたってまっとうに尋問した結果、彼らは王国兵ではなく元王国兵だった。
なんでも後継者争いの結果軍部でも大規模な異動があって、解雇された連中らしい。
甲冑をそのまま身に着けていたのは、腹いせとして王国軍の仕業と思わせたいという魂胆があったようだ。
「なんつーくだらない……」
「まったくだ……」
本物の王国軍に引き渡し、一息吐く。
今後はこの地域の見回りも強化してくれるという事だから、もう大丈夫だろう。

「能力使わない尋問って初めてだったな……」
「いや……尋問っつってもミンスが拳ちらつかせただけですんなり全部吐いてくれたけどね……」
能力がどうして使えなくなったかは分からないが、まぁ全て終わったからよしとしよう。

あれから寝こけて昼過ぎになってしまったが、今日中には出発したいとキッシュ達はエズメとラミに見送られて村を出た。
ミンスにすっかり懐いてしまったらしく、ラミがややぐずっていたが、また遊びにくると約束すれば、最後は笑顔で送ってくれた。

「つっても、俺達の時代にあの村はないんだよな……」
「約束破ることになっちゃうのが辛いとこよねー……」
どこか寂しげにミンスが呟く。

と、道のど真ん中に立つ影に、キッシュ達は目を丸くした。
「…………」
「「アルテナァ!!」」
「…………」
「どうしてここに!?」
「アルテナが来たってことは、俺達帰れる!?」
溜息を吐いてアルテナはキッシュの正面に立つ。
「…………」
「……えーと、遺跡の奥の石に触ったかって……触った、けど」
「…………」
「……ごめん」
溜息を再び吐かれて思わず謝る。
そこで能力が戻っている事に気付いた。
「あれ……?」
「…………」
「いや……さっきまで俺、能力使えなかった……」
「…………」
「どこも調子悪いわけじゃねぇけど……まあいいか。で、アルテナ。俺達はどうやったら元の場所に戻れるんだ?」
アルテナは小さく頷くと、歩き始めた。
「キッシュ、なんだって?」
「ついてこいってさ」
どうやら古の島まで行かなくともなんとかなりそうだ、と帰りの目処が立って、ほっと安堵の息を吐く。

キッシュ達が最初にこの時代に来た場所で、アルテナが何か呟くと、一気に世界が反転して、気付けばあの暗い遺跡の中、腕組みをして立っているヘルの前へと戻っていた。










「いやー……一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなるもんだなー」
「全部終わったから言えるセリフだぞそれ……」
本拠地に戻って一通りの事情を話したら、リオが思い切り呆れた顔をしてくれた。