視界が暗転したと思ったら、すぐに降り注いできた眩い光にキッシュは瞼を覆った。
ゆっくりと瞼を押し上げれば、その光は太陽の光だと知れる。
今まで薄明かりしかない遺跡の中にいたから、目がついていかなかったのだ……外!?
「……どこだここ」
「さぁ……」
幸い誰もはぐれてはいないが、場所は遺跡の中ではなく、太陽が燦々と降り注ぐ野外だ。
周りには木々が群生しているが、土地柄か植物の種類かそれほど葉が茂っていないせいで、頭上からの日光はあまり遮られていない。
そのおかげで明るい印象を受ける森だが、あいにくとキッシュ達にこんな森に見覚えはなかった。
石球に吸い込まれたと思ったらこんなところに出てきたという事は、あの石は違う場所につながる入り口のようなものだったのだろう。
エルフの樹やビッキーのテレポートも経験済みなので、急に違う場所に飛ばされたところでそこまでの驚きはない。
問題はどうやって元の場所に戻るかだ。
近くに同じような石がないから、どうやら一方通行らしい。
「どうするよ」
「まぁ、とりあえずここがどのあたりかを確認して、島に戻るしかねぇな」
「アルテナとヘルが島に残ってるもんねー。あたし達がいないってわかったら心配しちゃうよ」
まずは進むしかないよね、とミンスが生い茂る茂みに適当に突っ込もうとした時、スティラがその腕を思い切り引っ張った。
その直後、ミンスが行こうとしていた茂みから剣が突き出される。
一気に全員の間に緊張が走った。
各々武器を構え、臨戦態勢を取って視線を剣が突き出された茂みへと一斉に向ける。
五人の視線が集まる中、茂みから現れたのは三十前後の男だった。
恰幅のいい肉体に茶色の皮鎧を身につけ、額には緑色の布を当てている。
男は剣をキッシュ達に向けながら鋭く叫んだ。
「お前達は誰だ! 王国軍の手先か!!」
「はぁっ!?」
凄い剣幕の男に、キッシュ達は思わず気圧される。
こんな子供ばかりの集団に何を言っているのか。というか。
「王国軍て何……?」
「……お前達、何を言っているんだ……?」
スティラの問いかけに、男は怪訝そうな顔をした。
***
「はははっ、すまなかったな、いきなり剣を向けたりして」
「まったくだ」
すまんすまん、と男は頭を掻く。
ここでアレストとかザハをパーティに入れていたらもっとややこしくなっていただろうが、今回のメンバーは全体的に若いし、戦闘に向いているとは思えないメレやスティラやミンス(ミンスは本当にみかけだけ)がいてくれたおかげで、軍属でないとすぐに信じてもらう事ができた。
迷子だと言ったキッシュ達に、男はそれならば侘びとして自分の家で休んでいくといいと申し出てくれた。
キッシュ達としても現在地を把握するためには願ってもない事だったし、メレは体質から直射日光に弱いので、休ませてもらえるならありがたい。
「最近ちょっとこのあたりも物騒でな……つい気が立ってたんだ」
「さっき王国軍って言ってたよな。このあたりに王国なんてあったっけ?」
アシュレが首を捻る。
今の西大陸は小さな集団こそあれ国家と呼ばれるほどの統制された集団はなかったはずだ。
男は何を馬鹿な事をと言いかけて、アシュレの格好を見て納得したように頷く。
「その格好はこのあたりの人間じゃないな。半島から出てきたのか?」
「ああ」
「なら疎くても仕方ねぇよな。このあたりで王国っていったらエルベ王国だろうよ」
「……エルベ王国!?」
思わず声をあげたキッシュに、おいおいと男は呆れ顔だ。
「いくらなんでも名前くらいは知ってるだろ? エルベ王国っつったら、このあたり全部を統一してる大国だぞ」
「…………」
どういうことだ、とキッシュ達は顔を見合わせる。
エルベ王国はもう十年以上前に消えた国だ。
その名残はあるが、王国そのものは解体されて、国としての形はない。
しかし男は今も尚エルベ王国がその栄華を極めているかのような口ぶりでその王国を語っている。
「……キッシュ、この人が勘違いしてるとか、嘘吐いてるとかない?」
「いや、いたってまともな人だぞ」
嘘を吐いていないとしたら、一体この齟齬はどうなっているのだろうか。
考えている内にそう広くない森を抜け、キッシュ達は男の住む村へ着いた。
リロと同じくらいの小さな村で、畑では若い人だけではなく老人も一緒に作業をしている。
「あっ! おかえりなさいおとーさん!!」
「おお、ただいまラミ!」
畑の隅で遊んでいた五歳くらいの女の子が、男を見つけて駆け寄ってきた。
男も満面の笑みでそれを出迎え、両手でその体を掬い上げる。
頬擦りすれば、短めのヒゲが当たってくすぐったいのか、女の子はきゃっきゃと声をあげながら笑った。
「おとーさん、そのひとたちだぁれ?」
「ああ、紹介するな。森の中で会った……そういえば名前をまだ聞いてなかったな」
「キッシュだ。あとはミンスとメレとアシュレとスティラ」
「俺はエズメ。この子は娘のラミだ」
「かわいい〜! ラミちゃん、いくつ?」
「よんさい!!」
指で四を作ろうとしてうまく親指を曲げられずに五になっている。
それがまたツボだったらしく、ミンスがかわいいとしきりに連呼している。
「まぁ、とりあえず俺の家に来い。そっちの兄ちゃんがそろそろぶっ倒れそうだしな」
「あ! そうだメレ!!」
「…………」
無言で突っ立っているメレの足取りが覚束ない。
慌ててメレを担いでキッシュ達は男の家へと案内される。
家人は外に出ているのか、誰もいなかった。
「そっちの兄ちゃんは寝かせておいてやれ。奥のベッド使ってかまわねぇから」
「すいません……」
「おにいちゃんだいじょうぶ?」
「この兄ちゃんな、太陽の光に弱いんだ。暗いとこで休めばすぐよくなるよ」
「そうなの? なんだかお話に出てくるきゅうけつきみたいね」
「……よく言われる」
空色の目を丸くしたまま首を傾げるラミに力なく返して、メレはふらふらと奥の部屋へと入っていく。
メレをベッドに押し込んでラミと一緒に戻ると、エズメが人数分のお茶を用意しておいてくれていた。
その膝によじ登ろうとするラミをエズメが苦笑して膝の上へと引き上げてやれば、嬉しそうにしながら小さなカップを両手で抱える様子がほほえましい。
「ラミ、お父さんがいない間いい子にしてたか?」
「してたよー! あのね、でぃあおねえちゃんがあそんでくれたの!」
「そうかそうか」
「あしたもあそんでくれるってー」
嬉しそうに話すラミに、エズメは優しい眼差しでその話を聞いている。
「ラミちゃんはお父さんのこと大好きなんだねぇ」
「うん! 大好き!!」
満面の笑みで答えるラミの頭を撫でながらエズメが言う。
「女房はラミを生んですぐ死んじまってな。俺は村の警護のためにしょっちゅう村を空けるから、ラミには随分と寂しい思いをさせてるんだが……」
「おとーさんはむらでいちばんつよいの! だからみんなをまもるためにそとでわるいやつとたたかってるんだよ!!」
「まぁ、悪い奴と言ってもモンスターだけどな」
「……けど、俺達と会った時、エズメは「王国軍か」って言ったよな」
「…………」
キッシュの言葉にエズメが言葉に詰まる。
それからラミを床に降ろすと、にっこりと笑って言った。
「ラミ、このお茶を隣の寝てる兄ちゃんに持っていってくれるか? ちゃんと飲ませてあげてな」
「はぁい!」
お手伝いを頼まれて嬉しいのか、ラミは両手でしっかりとカップを持って隣の部屋へと向かう。
両手が塞がっているラミのためにアシュレがドアを開けてやった。
ドアを閉じると、エズメの顔つきが急に厳しくなる。
「お前達、本当に随分遠くからきたんだな……知らないのか? 最近このあたりで人攫いが横行していてな。この村でも何人か被害が出ている」
「物騒だな」
「数少ない目撃証言によれば、人攫いをしてる奴らは甲冑をつけていたっていうんだ」
「……それが、エルベ王国のものだと?」
「こんな小さな村じゃ、王国の騎士サマなんて見たことないからな。確かかはわからんが、まぁ、俺も気が立っててな……」
「甲冑も着ていなければ年齢も若すぎる俺達を見ても、うっかり人攫いの手先だと思ったと」
「いやぁ……面目ない」
「結果として休ませてもらったからいいけどねー」
最初に不意打ちをくらいかけたミンスが能天気に笑う。
まぁ本人がいいと言っているならいいかと結論付けて、キッシュは尋ねた。
「ところで俺達迷ってたんで、いまいち現在地がわかってないんだ。ここってどのあたりなんだ? 俺達南に行きたいんだが……」
「ああ……ここはエルベ王国のちょうど中央部だ。南に向かうなら、一番近いのはジョアだな。そこから国境を通ればゼスタ帝国のあった中央部に出る」
エズメが紙を持ち出してきて、簡単な地図を書いてくれた。
「…………」
「……ここ、って」
スティラが引き攣った声を出す。だんだん話が見えてきた。
「あの、今のエルベ王国の王様って誰でしたっけ」
「ん? あー……確か先代が病気で亡くなって、後継者争いが激しくってな。名前は忘れたが、弟になったんじゃなかったか?」
「…………」
「おとうさーん! ちゃんとのんでもらったよー!!」
ラミがそこで空になったカップを持って戻ってきて、話は打ち切られた。
しばらくはラミの相手をすることになりそうなエズメに断って、キッシュ達は村の中を散策させてもらうと言って外に出る。
人気のない村はずれに出たところで立ち止まった。
「スティラ、なんか気付いてたみたいだったけど、ここがどこかわかったのか?」
「たぶん……」
「この村って……あれだろ、前に大火事でなくなったって村だろ。地図上だとその位置だ」
「え、けどこの村普通にあるじゃない」
「俺達の時にはもうないけど、今はまだあるんだよ」
ミンスに答えて、スティラは半信半疑だという表情のまま続ける。
「先代の王が病死して、その後の後継者争いで長兄じゃなくて次兄が跡目を継いだのは、約二十年前。それがエルベ王国最後の王だ」
「……二十年前?」
「エルベ王国の歴史上で長兄以外が跡目を継いだのは三回しかないけど、内二回はまだゼスタ帝国があった時代だから、たぶん間違いない、と思う」
「……つーことは、俺達が今いるここは、二十年前の世界ってことか?」
アシュレの言葉に、スティラはたぶん、と自信なさげに言った。
「俺の記憶も結構あやふやだから。たしかこの間ロアンさんとやった内容だからあってるとは思うんだけどー」
「スティラにしては上出来だ」
「褒めてるのそれ!?」
「てことは、俺達時間移動したってことか」
「どうやったら戻れるんだろう……」
「島にあったあの石に戻ってみたらどうだ?」
「……それくらいしか方法はなさそうだよな」
この時代、あの島に渡れる手段があるかは分からないが、今の時点で他に思いつかないから仕方がない。
メレの回復を待って南へ向かおうとその結論に落ち着いて、短い作戦会議は終了した。
***
ぶっ飛ばした先は20年前の失われた村でした。
ちなみに別件で北大陸にもぜひ飛ばしてみたい。
|